第10話 整腸剤を作ろう〜現証拠

 幸せな夢を見た。


 アメリアたんに、ぎゅーされる夢だ。


 天に召される想いだった。まさに天使。


 あれ? いつの間にベッドで寝たんだ?


 んんん? なんだか目がおかしい。


 俺は右を向いて天蓋付きベッドで寝ていたのだが、目を擦り、もう一度開ける。


 隣でアメリアたんが寝ている。


 これは夢に違いない。


 俺は冷静に判断するために反対側を向いた。


 そこには美の女神ヴィーナス――あ、違う、クララが眠っていた。


 どうして?


 俺に考える暇を与えるつもりがないこの世界は、盛大に朝鐘を鳴らしてくださった。


 ムクッと体を起こすアメリアとクララ。


「あああ頭がだ……いだぁああい……」

「ナディはおりませんの? ……もう少し寝るとしましょうか」


 そして二度寝する2人……。


 今の内に脱出せねば。


 俺は2人に指一本触れぬよう足方向から抜け出す。


「危うく異世界社会的に抹殺されるところだった……いや、娼婦の連れ込みくらいやってるか? でもコレはアウトだろ……そんな直感がする……」


 俺が抜け出したせいで乱雑になってしまった布団を整え、2人に掛け直しながら敢えて言葉にする。


 言葉にせねば理性が保てぬのだよ。


 もっとも、こんな風に石橋を叩きまくってきた結果が、三十路にして独身な男をここに生み出している訳なのだが。


「なで、なでてて……ソウヤ様」


 ベッドを離れようとしたところでアメリアたんの苦しむ声が聞こえた。


 撫でてやるとも。それでマイエンジェルアメリアたんの二日酔いが緩和されるなら。


 二日酔いの緩和? あ、そうだ。


 思い立った俺はアメリアたんの頭を優しくしっかり撫で回し、内庭へ出る。


 月桂樹があるなら、他にも薬草が生えている可能性がある。


 今こそ【翻訳鑑定】様の出番だろう。


 その辺に生えている草や花をジッと見つめる。


 小さな白い花に目が止まった。5枚の花弁が可愛らしい。


 ザンベルギーと俺の目に名前が浮かび、その後翻訳される。

 現証拠と。


「来たぜゲンノショウコ。医者殺しのその異名、存分に発揮してもらおうか。アメリアたんのためにな」


 ありがたいことにそこら中に咲いている。


 ドクダミやセンブリもあるにはあるが、少ないな。


 とりあえずゲンノショウコを中心に集めておこう。


 ドクダミやセンブリは……アメリアたんのために全投入だ。

 日本三大民間薬の2つは犠牲になってもらおう。


 とりあえず地上茎を全部使う。


 本当は3日くらい乾燥させてから使いたいが、時間がない。


 厨房で、フライパン的な器具を用意し、魔法の祝詞を口にして火にかけ、水分を飛ばす。

 その後細かく刻み、鍋に水を入れて煮詰める。

 水量が半分になったところで、火を止めた。


 そこにミーナがやってくる。


「ぁれっ!? ソーヤ!? おはよ――ございますソーヤ様! アメリアは? どこ? 朝ご飯は?」


 厨房に俺が居たことで大混乱しているミーナ。


 俺に朝飯を用意する前に、ミーナやアメリアは朝食を摂っていたようだな。


「おはよう、ミーナ。すまないが、アメリアは二日酔いで臥せっている。あとなんでクララもいるんだ? 驚いたぞマジで」


「ふーん。昨日クラーラとアメリアと、ついでにソーヤ様も介抱して片付けもやったのにそんなこと言うんだ、ふーん」


「申し訳ございませんでしたぁ」


 俺は姿勢を正して深く頭を下げる。

 あれくらいで潰れる予定は無かったんだがな。久々の酒とは言え、他にも何かあったと思うんだよなぁ……。


「ふふーん、分かったならよろしい――です」

「外ならまだしも俺の部屋とかいつもの面子とかしかいない時は好きに喋って良いぞ? どうせ俺が雇い直したら喋り方もテキトーになるんだろうし」


 何か俺に言いたそうな顔をしたが、それを飲み込んで少し考えるミーナ。


「うん、じゃあそうさせてもらうわ」

「そうしてくれ。朝飯の段取り、俺知らないんたけど。このままだと朝飯抜き?」


「昨日早々にお開きになったから、残り物があるわよ。ダメになりそうなヤツは昨日の内に食べたもん。ソフィーとナディアの3人で」


 さすがに料理を運ぶくらいはできるミーナが、ベッドの傍の室内テーブルに昨日の残り物を持って行く。


 結構な量があるけれど、食べるのは俺だけではない。

 俺、ミーナ、アメリア、クララの4人だ。


 俺は少しだけ冷めた特製整腸煎じ茶の鍋を持ってテーブルに向かう。


 ミーナがベッドの前で固まっていた。


「ソーヤ……アメリアとクラーラ、なんでベッドにいるの? 一緒に寝たの? お楽しみ……だったのね……」


「布団を捲ってチェックしてみろ。命令だ」


「シーツに乱れ争った形跡は無い……匂いも……すんすん……あ、お酒の良い匂い……。疑って悪かったわね」


「介抱してたんだろ? ベッドの上に乗せたのミーナかナディじゃないのか?」


「アメリアもクラーラもその辺に転がしてただけよ。夜もそんなに冷えないから床で寝てても大丈夫だし」


「自力でベッドに上がってきたんかぃ……」


 どうやって登って来たのだろう?

 ゾンビ的なビジュアルだったのだろうか?

 いや、俺のアメリアたんやクララお姉様がそんなはしたないことする訳ない。


「でもいい加減起きなさいと、働鐘が鳴っちゃうわよ。食事もちゃんと摂らせないと」


 ミーナがちゃんと側仕えをやっている。

 一人の方が仕事できるタイプなのかもしれない。


「アメリアは一瞬起きたんだが、頭が痛いって。だからこうして薬を作ってたんだ。クララにも飲ませてみるか」


 そうして俺は4つのコップに特製煎茶を淹れる。


「え゛? その泥水、薬なの? 臭いが明らかに無理なんだけど」

「地球では、良薬口に苦しって言うんだ。ゴクッ……ぷはっ! 不味い! もう1杯飲むか」

「不味いのにもう1杯とか意味分かんない……」


 ミーナは不味いと言いながらゴクゴクと飲む俺を見て、覚悟を決めたようにイッキ飲みする。


「無理しなくても良いぞ、ミーナ」

「うげぇ……ぁー、でもマズイけどお腹に癒しが広がる感じがあるわね……。もうちょっと飲んどかないとヤバいかも。ソーヤ、全員にコレ2杯以上は飲ませときなさい」


 どういうことだろうか?

 まぁ苦いけれど健康に良いと理解してもらえただけ良いか。


 その時、再びムクッとアメリアとクララが起き上がる。

 2人は顔を見合わせている。

 そして2人は下を見る。ベッドの状態を確認しているようだ。

 さらに2人は俺とミーナを見る。


 俺もミーナも輝くような笑顔を見せる。


 2人はスッとベッドから下り、無駄のない美しい所作で土下座した。


「な……に……が……おおき……起きたのか……はっ、聞きません! 罰をっ! とぶいつくりどごもだぎだぐを!」

「昨日のナディなどカワイイものでしたわ! 性奴隷なんなり御命令くださいまし! 主のベッドを占拠するなど騎士の風上……いえ、肥溜めの中にも置けぬ存在ですわ!」


 アメリアもクララも血の気が引いてガタガタに震えている。アメリアの最後の言葉も何となくだが分かる。とびっきりの重い罰を、だろうな。


 でも、寝起きでそこまで頭が回るのかな?


「俺が2人をベッドに運んでその体を堪能させてもらったとは考えないのか?」


 むしろこう考える方が普通だろう。


「ててて手を……付けら、れ、……ていない、こと。くらいわがりまずっ!」

「こう見えて純潔ですわ……シーツが何もなっていないなら、そういうことですわよ……」


 2人揃って涙目で俺に訴えてくる。

 そうか。2人はベッドで寝ていた俺を追い出して寝かせていたと思われているのか。


「いや、ちが――」

「その通りよ。そんなふしだらな側仕えと護衛騎士、抱くにも値しないとソーヤ様はご判断されたのよ」


 何言ってんだコイツ。

 ただ、ミーナはチラチラと俺を見てアイコンタクトを飛ばしてくる。


 なんだ? 黙ってろと?


 こんな棚からぼた餅的なご褒美が目の前に2つもあるのに?


 しょうがない。俺もそこまで鬼畜ではない。


 ミーナの好きにさせてやるとしよう。


 アメリアとクララは、まるで捨てられた犬のように、潤んで光の失った目をしていた。


「でも安心なさい。そんな2人をソーヤ様は捨てないわ。コッチの価値があるもの」


 ミーナはそう言って、特製煎茶を2人に差し出す。


 コップを持った2人は、少し臭いを嗅いで、ウッと顔をコップから遠ざけた。


「ソーヤ様が作った特製のクスリよ。罰として、実験台になりなさい。そうね、最低2杯は飲んでもらうのはどうでしょう? ソーヤ様」


「うむ、そうだなー。2杯飲めば不問としよー」


 棒読み過ぎてミーナに目で怒られる。


 普通に頼めば飲んでくれそうだけどな。

 アメリアはともかくクララは知らんけど。


 2人はお茶を口に近付け、意を決したように一気に飲んだのだった。

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