第9.5話 乙女と勇者の親睦会
私の名前はミーナ・シュティーア。
今日は人生で一番働いた記念すべき日ね。
食事の前に手を洗い、完成した消毒液を手に馴染ませる。
「手の酒臭さが嫌ならもう一回水で手洗いして良いぞ」
良い匂いだから洗わなくても良いけど、ちょっと顔を洗いに行きたいの。
思い出したらまた火照って来ちゃったじゃない。
「ミーナ? どうしたの? 耳も頬も赤いわよ?」
心臓が跳ねる。
ソフィーも手を洗いに来たようね。
どう言い訳しようかしら……。
「……どれだけお酒を飲んだのよ。抜け駆けはズルいわ」
良かった……。勝手に勘違いしてくれた。
「ちょっとだけだもん。それに3番のお酒だし。アメリアが美味しいって言うから、悔しくて……ちょびっと」
「はぇ〜、あんなドキツイのよく飲めるわね。まぁ3番なら良いか。それに早く潰れてくれた方が私もしっかり飲めるし」
ソフィーは意地悪に笑う。
ソーヤには見せないくせに私には見せるんだ、その笑顔。ふーん。
「じゃ、先に戻るわ。これからもヨロシクね、ミーナ」
何よ。仕事中より今の方が取っつきやすいじゃない。
懇親会。
上級騎士2人に、中級文官、下級側仕え2人がどう仲良くできるのかって思ったけど、ソーヤに助けを求めなくても楽しく過ごせそうね。
「いや、今はこの顔を何とかしないと……アメリアに殺される……」
私はさっき、アメリアにソーヤの着替えとタオルを持っていくように頼まれたのよ。
持って行くだけで良かったの。
だって、下級側仕えは着替えの手伝いなんかしないもん。
そもそも着替えの手伝いが必要なのって王様とその家族だけだし。
ソーヤも分かってなさそうだったけどさ。
何も私が着いた瞬間に出てこなくても良いでしょ?
包丁を持ったアメリアに「ソウヤ様のこと、覗いたりしないでくださいね?」って言われた直後にコレよ?
私の命、終わった……って思ったもん。
「笑顔、そして思い出すな、私。ヨシ、美味しいお酒が待ってるんだもの! デキる、私ならデキる!」
頬を軽くパンパンと両手で叩き、満を持して私の戦場に戻るわ。
食事時こそ側仕えの華。
特にお茶淹れは私の十八番。お酌だって誰にも負けない。
ん?
あれ?
なんで?
どうして?
アメリアも席に着いてるのよ?
当のアメリアは私に助けての視線を向けている。
ソーヤは信じられないことを口にした。
「おかえり、ミーナ。さぁ席に着け。みんなで乾杯するぞ」
「は? 私もアメリアも側仕えよ? ダメに決まってるじゃない!」
思わず敬語じゃない方で文句を言ってしまうけど、アメリアの目はさらに輝いている。
多分、アメリアは言い包められたわね。
「みんなとの懇親会なんだからアメリアもミーナも座らなくてどうする。それともナニか? 1番の蒸留酒はいらないのかね?」
くっ! 人質ならぬ酒質とは卑怯なっ!
アメリアは首を横に振る。
ナディアとクラーラは我関せず。
ソフィーは諦めの溜め息。
どうする? どうすればこの場を切り抜けられるの!?
「それとも俺が命令しなきゃダメなのか? ミーナ、座って一緒に飯を食い、酒を飲め。懇親会に参加せよ。これは命令だ」
…………。
「め、命令ならしょうがないわね。そう、これはしょうがないことよ」
やっぱソーヤよ。さすがソーヤよ。
分かってる。ちゃんとコッチの事情を汲んでくれる。
もう今日付で王宮退職してソーヤの側仕えになっても良いでしょ。
「それでは、酒の入ったコップを持ってぇ〜。1日遅くなったが、みんなで仲良くこの苦境を乗り越えるため、今日は俺の権限で無礼講とする。好き放題言うが良い。今日だけはどんな文句も聞き流してやる。荒唐無稽な願いも聞くだけなら聞いてやる。酒の力で言ってみろ。明日からまたバリバリに働いてもらうからな。それじゃ、乾杯!」
そして私達はグラスを軽く打ち鳴らす。
私は割ったらいけないので、直前で止め、鳴らしてもらうのを待つだけだ。
みんなで一気に一斉に煽る。
「あ゛あ゛ぁぁ〜、最高」
酒精が喉奥から一気に鼻まで駆けて抜ける。
この安酒でこんな気分になれるんだから、もっと良い酒なら最上でしょうね。
みんなお腹が減っているのか、会話の前にガツガツ食べる。
お酒も2杯、3杯と飲んで空き瓶が出てくる程よ。
というか、アメリアの料理本当に美味しいわね。
少しお腹が満たされたのか、ウマい美味しい以外の言葉が出てきたわ。
「さぁナディ、飲め飲め。1杯じゃ足りんだろ」
「ごくっ……ぷはぁ、ソウヤ様の寛大な御心のおかげでこうして飲めます。いや、最高だぜマジで!」
「こらナディ! 素の口調に戻っておりますわよ! 申し訳ございませんソウヤ様。如何に無礼講と言えども護衛騎士がコレでは――」
「いや、無礼講なんだから良いよ、それで。俺はナディの普段の姿が見れて嬉しいぞ。普段もカッコ良いんだな、ナディは」
「ソウヤ様……オレ、ソウヤ様となら――」
「わたくしは普段も仕事も一緒ですわよ!」
「いや、違うな」
「どこがですの!?」
「鎧やヘルムが無い。顔が見えてる分、今の方がカッコ良いだろ。なぁクララ」
クラーラはソーヤにそう言われ、緩みそうな頬を無理矢理固める。
でも、今のは突っ張ったなー。古傷に来そう。
ソフィーも気付いた。
「こら! ソウヤ! 無礼講なら言ってやるけど、ナディもクララも未だに顔の傷が痛むのよ! 時々汁が出るくらいに! あ、ほら出てきてるじゃないのよ!」
「ソフィー、いくら貴女でもソウヤ様に言って良いことと悪いことが……つっ……」
「いや、よく教えてくれたソフィー。クララ、座ったまま顔を上げろ」
顔を顰めて座るクラーラの後ろにソーヤは立つ。
そしてクラーラの顔を上げさせ、清潔な布で液を拭き取る。
「少し滲みるけど、すぐ良くなる」
消毒液を布に少し含ませ、クラーラの傷痕を優しく撫でていた。
「美しい顔、綺麗な皮膚、カッコ良い傷……なんだ? 目は宝石か? 一生見ていて飽きないぞ?」
「ふぁのっ! もうっ、良くなりまひてよっ!」
「顔が赤いけれど、消毒液には血管拡張作用……つまり皮膚を赤くする効果があるから、そんなに気にしなくても――」
「ソウヤ様、ソレ以上はいけねぇぜ」
「そうよ。クララがもっとおかしくなるわ」
ナディアとソフィーがソーヤを止めた。
止めたけど、クラーラはもう手遅れじゃない?
どう考えても顔が赤いのって消毒液のせいじゃないじゃん。
初めて見たわ。人が……いや、エルフが恋に落ちる瞬間を。
私もソーヤの裸見たくらいでワタワタしてる場合じゃないわね。
アメリアも、ずっとチビチビお酒飲んでる場合じゃないわよ?
「おいちぃ、3番、いくられも飲めるぉ〜」
ちょっと呂律が回ってないけど、3番一瓶空けたら普通に話せるじゃん。
「お〜、さすがラブリーエンジェルアメリアたん。良い飲みっぷりだ。でも、明日に残すなよ〜?」
「潰れたら〜ソウヤ様が面倒見てれ〜? ぎゅー」
「ふぁっ!?」
アメリアがソウヤにぎゅーしてる……。
ソーヤ、固まったまま動かないわよ?
アメリアは……そのまま寝たわね。
もうだいぶ飲み食いしたから、しょうがないわね。
「収集が付かなくなる前に、さっさとご飯食べて片付けた方が良さそうね」
「だな。クララもまだ動けねぇみたいだ……し? いや、飛んでるわ。マジカヨ」
「アメリアは引っ剝がしてその辺に転がしとけば良いわ。この子、見掛けはか弱いけど、生命力は私以上だもん。魔力もとんでもなく多いし」
ソフィーの言葉にナディアと私は頷く。
でも、その後アメリアのことを話したら2人は「え?」という顔をしている。
「だって、最低5人は必要な側仕え仕事を1人でやっちゃうのよ? お風呂とかトイレとか、食器洗いの水だって、全部アメリアだけの魔力で足りちゃうんだもん」
私は美味しい食事をいただき、余った物は明日の朝に食べられるよう細心の注意を払って保管用の大皿に乗せていく。
先に食べ終えたナディアがアメリアを引き剥がして部屋の中にそっと転がす。そして固まったまま動かないソーヤを担ごうとしているところで、ソフィーが空いた皿を厨房へ持って行ってくれる。
私もソフィーについて行った。
「そこまでしなくても大丈夫よ、ソフィー」
「最後までやらせてよ。なんだかんだ楽しかったし。片付けくらいしないと、なんだか気まずくなるって言うか――」
「言うか?」
「私に片付けさせたってソウヤが知ったらどういう顔するのかなって」
「ソフィーって結構イタズラ好きなのね」
「ソウヤにだけよ。ヤれる内にヤッとかないと、いつ返されるか分かったもんじゃないわ。それともミーナはああなりたい?」
そう言って、未だに湯気を出して意識を飛ばしているクラーラを指差すソフィー。
私も懇親会が始まるまでああだったんだよなー、とは言えない。あそこまでじゃなかったけど。
「じゃあ、甘えさせてもらうわ」
「懇親会……いや、次は親睦会か。またできたら良いわね」
そうして笑ったソフィーの笑顔は、純粋に可愛かった。
たったの2日よ。
この2日間で、ソーヤは大き過ぎる変化を次々に齎した。
これが明日からも続く?
ふふ、どうなっちゃうのかしら?
私達も、クランケンハオスも。
ちょっぴり楽しくなってきたわ。
早く明日が来ないかしら?
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