第8話 消毒液を作ろう〜蒸留
酒から消毒液を作るためには蒸留して濃縮しなければならない。
ガラス器具があれば簡単なのだが、実験に使って良いガラスがないのだから手作りするしかない。
そうして出来たのが、コレだ。
「兜釜式蒸留器……って名前だったと思う!」
下から順に、薪、酒入り中華鍋、木で掘った水路、水路に垂らす漏斗、そして水を入れる用の中華鍋。
周りを囲うように底を抜いた樽を設置し、樽の内側にこれらを取り付ける。水入り中華鍋で蓋をする感じだ。
「下の酒を煮ると、先に酒の蒸気が上がり、上の鍋底で冷やされて液体となる。それが鍋の丸底を伝い、漏斗に落ちて、この水路から樽の外へ流れる」
水路の先に空の瓶を置く。フルポーションの空き瓶。これはガラス瓶の容器だ。
花の紋様が描かれており、見るからに高級そうな瓶だ。蓋ができるので使わせてもらう。
実験器具としては使わないので問題無いだろう。
「よし、じゃあ誰か薪に火を着けてくれるかな?」
俺はみんなを見る。
みんなは俺をジッと見る。
俺、変なこと言った?
ソフィーが吊り目をさらに吊り上げで言ってくる。
「ソウヤ様。魔法を使えば良いのではないですか?」
「え? 俺が? 使えるの?」
そうか。クランケンハオスは魔法で着火するのか。
俺も魔法使いになったんだな……。
「地球に魔法なんて無い。何か呪文か祝詞か唱えたら誰でも使えるのか?」
ソフィーは持ってきた資料をパラパラと捲っている。
「そう言えばそうでしたね。失礼しました。魔力の大小、威力の大小こそありますが、クランケンハオスで魔法を使えぬ者は誰一人としておりません。転移者・転生者も例外無くです。では、復唱してください」
ここから先はソフィーと一緒に復唱する。
「
めっちゃ魔法っぽい詠唱だ。
そして翳した手の平から指関節1つ分の炎が出た。青白いヤツ。ちっさ。
ちょっと意識したら右手の人差し指から先に出てきた。
誰がどう見てもガスバーナーである。
薪に直接バーナー魔法を当てると十秒掛からず着火した。
みんなが勝手に感想を言い合い始める。
「すーご、いでつ。すすすぐ、ま、きっに、火が……つきました」
「ホントねぇ。綿や細枝も無しにバカじゃない? って思ったけど、便利そうね」
「ほぉ、見た目と違って威力があるのか。青い炎……ふぅむ」
「短剣ほどに大きければ武器として使えますわ。これだけ小さいと……暗殺用……いえ、嫌がらせ程度ですわね」
「評価のし辛い魔法をありがとうございます、ソウヤ様」
俺の天使はアメリアたんだけか?
アメリアだけ、あとで頭を撫でてやろう。
もちろんセクハラ認定されないように事前確認はする。嫌がるようなら当然しないぞ。
別のご褒美も考えとこうか。
「俺への魔法に関する感想は他でやれ。アメリアの感想だけ採用する。後でアメリアにだけご褒美あげるからな」
「えー! なんでよー!」
ミーナの文句は無視だ。
「アメリア、ソウヤ様に変な事をされそうになったらすぐナディとクララに頼るのですよ」
「そそそ、そんな……ききゃきょうしゅくで……す」
「今日は夕鐘以降交代で護衛をするか」
「その方が良さそうですわね」
俺ってば信用無さ過ぎ。
いや、まだ出会って2日か。当然の対応だな。
そうこうしている内に、蒸留された液体が瓶に少しだけ溜まる。
俺は瓶を取り、中身を捨てた。
「え゛!? 捨てるの!? もったいない!」
ミーナだけ叫んでいるが、他にも言いたそうな顔をしている者はいる。
俺とミーナ以外全員だ。
「最初と最後は捨てる。不純物が多いからな」
俺の説明に渋々と言った顔で納得する。
やけにケチケチするなぁ……いや待て……。
「……もしかして、この樽酒って高級品?」
みんな顔を横に振る。
ナディとミーナが教えてくれる。
「量があってそれなりに値は張りますが、それは安酒です。ただ、ここには酒好きばかり揃っております。捨てるくらいなら飲ませろ……というのが本音です」
「そうよそうよ! 安いとは言え、毎日飲んだらお給金なんてすぐ無くなっちゃうんだから! アメリアもお酒大好きなのよ! ね!」
最後の言葉が衝撃過ぎる。
ラブリーエンジェルマイアメリアたんが酒飲み酒豪だと?
というか成人してるの? ミーナもアメリアたんも?
「あはああの! おささけ、好きで、すが! 飲む、じゃ……なななくて! おりりょうりに、使うおーーさ、けですつっ!」
「うん、大丈夫。そんなことだろうと思った」
危うく精神崩壊するところだった。
天使の堕天は俺が危険。よし、覚えた。
「ナディの酒好きばかり……にはソフィーも入ってるんだよな?」
「え? 悪い――ですか?」
一瞬素の顔で睨まれるが、もう怖くないぞ。
「いーや、どこの世界でも大変だなって」
「何よソレ……」
ソフィーは小声で呟いてそっぽ向いてしまった。
「わたくしにはノーコメントですか? ソウヤ様」
あれ? クララが笑顔で怒っている……気がする。顔は見えないけれど、声色で表情が分かる。なんでだろう?
「え? ナディもクララも、寝る前に上等なお酒を優雅に飲んで過ごしてるイメージしか沸かないけど。何か違った?」
「それなら構いませんですわ」
ふふーんとご機嫌の様子でクララがサッと下がると同時に、ナディとソフィーがプククと含み笑いしている。
クララのヘルム越しの笑顔が2人に向けられ、2人して早歩きで逃げ回っている。
仲が良さそうで何よりだ。
一番上の鍋の水を入れ換えたり、薪を補充したりしている内に、1本目の瓶がいっぱいになった。
料理で味見なんかに使う小皿に少し出し、煽るように飲む。
「1回目ならこんなもんか。試し飲みしたい人は?」
全員挙手。でしょうな。
「薄くない……だと? しかも美味い……やべぇ、もっと飲みたくなるぜコレ……」
「これは……本当にあの安酒ですの? 少量でも酔ってしまいそうですわね」
「こここ、これ、は美味しーーーーです……ね。料理でででも、これ、な、ら少し、ののりゅ量ですみ、ます」
「ホントね! ねぇソーヤ――様、私の秘蔵のお酒持ってくるから、全部ジョーリューしてくださぁい!」
「ウッマ……これを飲まずに使うのですか? 王が許しますか?」
ミーナのことは無視してソフィーの問いに答える。
「さっきも言ったが、これは『衛生』の基礎だ。怠れば死ぬ。命よりも酒の方を摂るならそれでも良いぞー。もっとも、飲む用と使う用に分ければ良いだけだけどな。この技術は王に献上しよう。俺も使うけど」
ソフィーは質の良い羊皮紙を用意し、高速でペンを走らせていた。
献上用の目録かな?
「ちなみに、この作業を全部で3回繰り返す。あと2回だ。元の安酒の濃度が分からんからな。それだけ繰り返せば96%近くまで濃縮できるはずだ」
そうして、夕鐘までひたすら蒸留を行い、3つ分の献上用の瓶も作った。
それぞれ1、2、3の番号が振ってある。
もちろん、クランケンハオスの数字の上に、俺が読めるアラビア数字を書いておいた。
ちなみに、試飲は全て済ませている。
2回目の蒸留酒を美味しいと言ったのはクララとミーナとアメリア。
ナディとソフィーは飲めないことはないが、1番最初の方が良いらしい。
3回目の蒸留酒を美味しいと言ったのはアメリアだけである。
ミーナはペッペと即座に吐き出し、クララは上品に内庭の隅に移動し、ちょっと下を向いていた。
アメリアだけはニコニコ笑顔で美味しいです。とのこと。
アメリアたんがザルなのは運命的にも変えられなかったよ……。
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