第7話 消毒液を作ろう〜事前準備
新しい朝が来た。
異世界の朝だ。
手を伸ばし、胸を開く。
外は少し明るい。そして少しだけ肌寒い。
梅雨前の初夏のような朝だ。秋口なのに。
ガラスが無いから窓全開だもんな。
雨の日とかどうするんだろ。
その時、大きな鐘の音がゴーンと鳴る。
中々に大きな音だ。
「目覚まし時計は無くても大丈夫だな」
鐘は1日5回鳴らされる。
起きる時に
日本の感覚で言えば、5時・9時・13時・17時・21時の4時間おきで鐘が鳴らされると思えば良い。
朝食と夕食は、朝鐘と夕鐘が鳴った後、アメリアが
そんなに丁寧で立派にしてくれなくても良いのに……と思わせるくらい豪華な料理を作ってくれる。
美味しいのだけれど、何だか申し訳ない。
ちなみに、昨日の夕食はビーフストロガノフだ。
【翻訳鑑定】でそう書いてあったのだから間違いない。
昨日の月桂樹の香りを何か使えないかということで張り切ってくれたらしい。
今朝はフランスパンにスープ、そしてサラダ。
普通の朝食である。ありがたい。
朝鐘から体感2時間程で朝食を終えた。
ミーナが内庭で早速紅茶を淹れてくれる。
お茶淹れの姿と所作だけは美しい。
そのタイミングでナディとクララがやってきた。
2人はまたヘルムを被っていた。
残念だ。
いや、被ってもらわないと困る。
2人のイケ美女に挟まれたら不整脈で死んでしまう。
「昨日は取り乱してすまなかった。詫びてどうなる問題でも無いだろうから、仕える主に相応しい行動と仕事で示そうと思う」
謝罪にも敬語を使ってはならないという日本人にあるまじき慣習のせいで、変な言葉遣いになっている気がしてならない。
昨晩アメリアに教えてもらった。
間違っていても誰も教えてくれないのはツラ過ぎる。アメリアも昨日土下座しながら教えてくれたもんな。
「いえ、私達は気にしておりません。むしろ名誉の傷であると褒めてくださり、嬉しい限りです。ただ――」
「5年以上ヘルムをしたまま職務にあたっていたのですわ。大変厚かましい申し出となりますが、しばらくはその……着けたままで過ごさせてくださいまし」
「そうしてほしい。また取り乱しかねないから助かる」
昨日の2人の顔を思い出してまたドキドキしてしまう。
少なくとも今、顔を見せてもらうの止めといてもらおう。
「それで、今日の予定とやることは――ソフィーが来てないな……」
「働鐘には来ると思いますわ」
クララがさっきと違って超ご機嫌な声で教えてくれる。
何か良いことがあったのかな?
「じゃあソフィーが来るまでみんなで準備しようか。ナディはアメリアと一緒にこのリストを揃えて運んであげて。クララは俺の手伝い。ミーナもアメリアと一緒に重たい荷物だけお願い」
そうしてあるものないもの、代替品などの準備が整い、ちょうど働鐘が鳴った。
しかしソフィーはまだ来ない。
ナディとクララを見るが、2人して両手を空に向けて「さぁ?」の一言だけだ。
「2人とも、ソフィーとそれなりに交友があるんだろ? 何にもないとは思うが様子を――」
見てきてもらおうとしたら、外で猛ダッシュの足音が聞こえてきた。
そして次の瞬間、内庭の地べたに土下座するソフィーがいた。
「寝坊しました……人生初です……罰はいかようにも……裸で踊れと言われても従います……」
なんてこったい。
何でも言うことを聞いてくれる罰。しかも裸オッケーという人生で一度あるかどうかの経験をこんなところでさせてくれるだと?
……いやダメだろ。
2人っきりならまだしも他に4人の女性がいる。
しかも2人は憧れのお姉様エルフ騎士。
2人には是非カッコいい俺を見てもらって少しでもポイントを稼がねばならん。
かと言って無罪放免にして良い訳でもないだろうし……あ、そうだ。
「ソフィー、罰だ。今年一番の笑顔を見せてくれ。まるで恋人に向けるような……いや、将来の旦那様に向けるような笑顔を頼む」
土下座から顔を上げたソフィーの顔は真っ青を通り越して真っ白だ。
「ソフィーに対しては的確な罰だと思うけど、ナディ、クララ、2人の意見を聞かせてくれ」
「優しい中にも
「同感です。そんなエグ優しい罰、身震いしますわ」
どういう評価なのだろうか?
まぁ問題は無いみたいなので、これで罰を確定する。
「ほら、ソフィー。立って、俺の傍でよく見えるように」
俺はお手本と言わんばかりにニコッと営業スマイルをソフィーに向ける。
「いつか覚えてろ、ソウヤ・シラキ。絶対にこの責任は取らせてやる」
ソフィーの呟きは聞かなかったことにしたい。
ニコッと俺に微笑んだソフィーの笑顔は自称不気味とのことだが、歯を見せない程度に微笑み、眉間に皺さえ寄せなければかなり普通になる。
素材が良いんだから普通どころか男ばっかり寄ってくるようになるだろう。
まぁ本人もそれは分かっているだろうし、直したくても直せないから苦労してるんだと思うけどな。
「大丈夫だ。責任くらい取ってやる。ソフィーの笑顔は俺がちゃんと受け止めてやる。その内可愛い笑顔に変えてやるから覚悟しとけ」
一応嫌な思いをさせたということで、フォローしておく。
すぐにソフィーから背を向けた俺だが、なぜか背中から湯気の出る音がする。
だが、確認している時間はない。
「さて、もうこんな時間になってしまったが、今日は『消毒液』を作ろうと思う。無いだろ? クランケンハオスには?」
消毒液という言葉に、綺麗に同じ方向に首を傾げる部下5人衆。いや、正しくは部下じゃないのかもしれないが、形式上部下なので部下で良いだろう。
「消毒液は『薬』ひいては『医療』『衛生』の基本だ。清潔にすることの大切さを嫌と言うほど叩き込んでやる。むしろ理解できなければ死ぬ。死にたくなければ覚えろ。それが世のため人のため、そして自分のためになるからな」
俺の言葉に、5人娘の背筋が伸びる。
理解していただけたようでよろしい。
「消毒液について超簡単に説明すると、目に見えない小さな汚れを落とす物だ。大きな汚れは水で洗い流し、その後に使う物となる」
「ふむふむ、ソウヤ様。目に見えないくらい小さな汚れなのに、体に害があるのですか?」
仕事モードに突入したソフィーの目が爛々としている。機嫌が戻ったようで何よりだ。
「例えば傷を処置もせず放置していた場合、じゅくじゅくに化膿し、激しい痛み、そして発熱に
俺の言葉を一言一句聞き逃さないよう高速でペンを走らせるソフィー。
対して、覚えがあるのか心做しか沈むナディとクララ。
「酒にはその雑菌を殺す作用があるんだ。もっとも、普通の酒にそんな作用は無い。とても濃い酒だけだ。まずはこれを濃縮しまくるぞ」
俺は説明しながらも、早速ぶどう酒の入った酒樽の中身を中華鍋のような丸鍋に移す。
悲しい事にガラスの管や大きなガラス瓶は無かった。
いや、あるにはあるのだが、王宮にあるのは装飾の施された高級品ばかりであり、使えないとのこと。
この分だと耐熱ガラス無しで科学クラフトをしなくちゃならんな。
俺は考える。
大昔に薬の授業で実験の歴史をやった気がする。
思い出せ。
昔の器具を……。
まぁ原理は分かるからテキトーに作るか。
そうして、俺はナディとクララ、そしてミーナに指示を出しながら、作り上げたのだ。
「さぁ始めるぞ。蒸留の時間だ」
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