第5話 欠陥品の厄介者達(前)
欠陥品の厄介者と言われて、その言葉を吟味する。
王様が俺に宛てがう者達は、そう自覚しているということか。
反応を見る限り事実なのだろう。
「俺としては無能じゃなきゃ構わんのだけど」
ソフィーもナディもクララもメイド2人を見ている。
え? 2人は無能なメイドなの?
お茶は美味しく淹れられているし、広い部屋の掃除もパッと見よく出来ていると思う。ベッドメイクも綺麗だ。
「あああああああのっ、よろし……でしょ、か?」
部屋掃除を一人でやっていた水色ボブヘアーの女の子である。絵の具みたいな髪色を煌めかせ、僕に深く頭を下げてくる。
どうしろと? 苦しゅうない面を上げよって言えば良いのかな?
「どうぞ」
とりあえず普通に促してみることにした。
「わた、し、は、アメリ……ア、フィッ……シェ……です。ここのこっここのあよ、う、に……、言葉、がうま、くでて、こな、こないので、仕事、ででで、きない、のですつっ」
何言ってんだコイツは?
俺はアメリアに言ってやることにした。
「言葉がうまく出てこないのと仕事ができないのは全く違う話だろうが。とりあえず吃音症なのは明らかだが、仕事ぶりは問題無いだろ。部屋も綺麗だし。話すのが嫌なら筆談でも構わない。やりやすいようにやってくれれば良い」
「きいいいつ……おんしょ……でですか? わた、し、びよーき……ななんですかーー?」
「ああ。吃音症って言ってな。正しくは児童期発症流暢症って言うんだ。まぁ確立された治療法は無いし、人によって症状も違えば原因も違うからな。小さい頃にトラウマ植え付けられたとか――」
一瞬空気が凍るように変わった。
マズイ、地雷だった。
「――原因をただ取り除けば良いってもんでも無い。まぁ部屋が広くて大変だろうけど、俺は邪険にするつもりはない、とだけ言っておく」
アメリアは俺に大きく深く礼をして、お団子ダブルホワイトヘアーの女の背を押して俺の前に出してくる。
この娘も何かあるのか?
「わ、私はミーナ・シュティーア。お茶を淹れる以外は何にもさせてもらえないわ。お皿はよく割るし、シーツは破くし、家具はよく壊すの。ふふん、どう? 私の無能っぷりは」
なんでそんなに胸を張れるんですかね? 張れる胸も大してなさそうではあるが。
「無能ならお断りさせてもらいますが」
俺が何の躊躇もなくそう言うと、ミーナは膝を土に着けて縋ってくる。
「そんなぁあ! へっぽこメイドツートップの片割れを引き取ったんだからぁ!? ソウヤ様は、私も一緒に引き取る義務がある、いや、ありますぅ! それに、お茶淹れは針に糸を通すような繊細なお仕事なんですよぉ! ほら、この茶器の傾け具合とか速度とか! 気を付けないとすぐに壊れちゃうのでぇ!」
「いや、お茶淹れが繊細なんて初めて聞いたけど」
確かに葉の扱いや温度管理など繊細な作業はある。
でもミーナは何か違う。
どっちかと言うと、有り余る力をセーブして割らないようにしていると聞こえ――ん?
皿を割る。シーツを破く。家具を壊す……。
「ミーナさんや。ちょっとお耳を貸しておくれ」
「どうしたのソウヤ様? おばあちゃんみたいな話し方になってる……ますよ? ……ふんふん……へ? そこの大きな石を殴れ? え? そんなことしたらダメになっちゃいますよ? 石が」
ミーナは内庭に転がっている小岩に――おそらく景観のためのモノだろうが――近付いて「ふぅんっ!」の一言で小岩を木っ端微塵に粉砕し、ニコニコ笑顔で戻って来た。
普通乗用車のタイヤサイズの小岩だぞ?
俺は引き攣った笑みを固めたまま、ナディとクララに聞く。
「騎士達もこれくらいは普通?」
「素手で出来るのは騎士団長くらいかと。勇者は知りませんが、冒険者でも魔力武装ができればあるいは……」
「割るだけなら騎士でもできる者は多いですわ。わたくしやナディもできますし。ただ粉微塵となると……ナディの言う通りですわね」
なるほど。結論を述べるか。
「適材適所だ……。いや、この場合は不適材不適所だ。ミーナさんや、騎士コースに転職しなはれ」
その有り余った力は、メイドの仕事には向かないだろうよ。
「じゃあ武闘派メイドとしてソウヤ様に雇い直してもらうわ! いえ、雇い直してください!」
「ことわ――」
そんな物騒なメイド雇えるか、と、一瞬思ったが、俺に戦う力が無いと女神に言われた以上、俺の戦場は社交場……つまりお茶会となる可能性が高い。
茶を淹れられるミーナが傍にいてくれるのは心強い。馬鹿力を予め喧伝しておけば、相手からすればニコニコミーナがそこにいるだけで恐怖の対象のはずだ。
威圧専用メイドである。
「ミーナ、採用」
「っしゃあああ!」
両手をグッと握り締めて咆哮を上げるミーナ。
どんだけ嬉しいんだよ。
「ただし、お茶タイム以外はニコニコ笑顔で待機だ。決してアメリアの邪魔はしないように。アメリアとはよくよく話し合って仕事をすること」
ミーナは大きく頷いて姿勢を正し、ニコッとどこにでも居そうなメイドに擬態する。
「良いねぇ。可愛い笑顔だ。しばらくはその笑顔を練習しておくように」
そしてプシューという何かが蒸発する音を耳にしながらソフィーに向き直る。
グッと何か噛み締めている。
少し待つ。
ソフィーは意を決したように口を開いた。
「私は文官のくせに、相手を怖がらせるから欠陥品だと……私と仲良くなりたいと思う者は絶対にいないと言われ続けました」
「どーゆーことですかねーそれは?」
言葉の意味は分かる。でも具体性が無い。
「目付きが悪いのと……」
「吊り目で無表情なのは可愛くないが、カッコいいと思うぞ?」
「だからそうやって褒めるな! 頬がゆる――」
バシンと自分の口元を叩くように覆うソフィー。
一瞬見えた。
そう言うことか。
「……失礼しました。ですが、見ましたね? その通りです。私の笑顔は不気味なのです」
吊り目のまま、眉間に皺が寄ったまま、口の両端が吊り上がり、歯も見える。
子どもが怒ったまま笑うとそんな感じになるのは見たことがあるけれど、大人と言うか年頃の女がして良い笑顔じゃないことは間違い無い。
でもそんなの関係ねぇ。
「確かに笑顔が不気味……と言われるとそうなのかもしれない」
「そこは嘘でも否定しなさいよサイテー……ぐすっ」
あ、やべ。ソフィーが泣きそうになっている。
せっかくの協力者だ。
今から褒め殺す。
「あくまでも一般論だ。俺にとってはポイント高いぞ。そこで開き直られるとハイハイってなるけど、そうやって強気の女が弱みを見せて恥じらうとか泣きそうになるとかめっちゃ可愛くて頭撫でてやりたくなるんだが。ハッ! 実際はやらんぞ? 手ぇ出したって王様から言われて弱み握られたくないからな。いや、むしろソフィーの作戦か? 俺に弱みを見せて落とすつもりだな? ふぅ〜、危ない。素晴らしい演技だ。危うくソフィーにメロメロになるところだったぜ」
ここまで噛まずに言えた俺を褒めてやりたい。
あ、泣きそうだったソフィーから侮蔑の視線が突き刺さる。
構わんよ。女を泣かせるよりはマシだ。
どこぞの知らん女ならまだしも、協力者だからな。
「……つまりソウヤ様は変た――変人と言うことでよろしいですね?」
「今、俺のこと変態って言おうとしたよな? 良いのか? 俺は協力者だぞ?」
おうおうソフィーちゃん。あんまりにもひどい扱いをするなら俺にも考えってもんがあるぞ?
また笑顔になりたいのか? 今なら5秒で笑顔にしてやれるぞ? おぉん?
俺の考えが通じたのかは知らないが、ソフィーは溜息1つで話を進めた。
ソフィーの視線の先にはナディとクララ。
ヘルムを被ったままの2人は、互いを見て頷き、椅子に座る俺の後ろで並んで跪く。
そして顔を伏せたまま、ヘルムを取った。
顔は見えないが、ナディは紺色のマッシュショートヘアー。
クララはメットのどこに仕舞っていたのか教えてもらいたい量の金髪ロングウェーブヘアー。
そして2人に共通していたのは、耳だ。
長耳。
そう。ナディとクララは、エルフだったのだ。
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