第4話 薬は万能ではない

 専任文官であるソフィーが釣れた。

 まずは協力者を1人ゲットだ。

 完全な味方とまではいかないだろうが、協力者としてなら妥協できる目をしている。

 互いに利益がある限りは……ってヤツだな。


「ソフィー、必要な情報のやり取りだ。座ろうか」


 ソフィーが手を離し、真面目に向き合って座る。


「まずは癒しの魔法とポーションの仕様を知りたい。どれくらいのヒーラーが、どんな怪我を治していたのか。病気も治せるのか。ポーションの役目諸々だ」


「はい、ソウヤ様。まず、癒しの魔法は【聖神ひじりがみアルハイルミッテル】の加護を受けた女性しか使えません。クランケンハオスでは1000人程しかいない貴重な存在で、各国の王宮や城に1人は常駐していますが、他は神殿管理になります。能力もピンキリですが、『癒しの勇者は死者すら蘇らせる』と言われております。四肢欠損も治せたという記録もありますね」


 え? 女の子しかなれない癒し魔法の使い手になったの? 俺が?

 まさか女の子にされたのかしら?

 ……大丈夫だ。息子は元気にやっている。


 というか万能過ぎるだろ。

 死者蘇生に欠損部位再生とか、地球に欲しい魔法が満載じゃないか。


「ポーションは?」

「ポーションも最高品質から低品質まで様々で、最高級品のフルポーションは死後10秒以内なら蘇生可能とさえ言われております。1段劣るエーアストポーションも四肢欠損を治せます。ですが、一般に出回っているのはツヴァイト、ドリット、最低品質のミンダラーです。ミンダラーですら、軽い傷なら即座に治ります」


 ぅわぁ、さすが異世界。ポーションがポーションしてるわ。


「だいたい理解した。ありがとう、ソフィー。じゃあコッチだ。地球の薬は最低品質のミンダラーポーションにすら劣る。相対的にではあるが、謂わば遅効性だ。その代わり、ヒトの平均寿命は80歳を超えるようになった。日本国限定だがな。この世界の年齢で言えば60歳か。まぁこのクランケンハオスの寿命は知らんけど」


 ソフィーは目をパチクリさせていた。

 何を驚いているのかと思えば、他の面子も同じ気持ちのようで、ナディが声を漏らす。


「ミンダラーポーションに劣る品質のクスリなのに平均寿命が60歳? 45歳も生きれば大往生だと言うのに……」


 ナディの言う事が本当だとしたら還暦を迎える人が少ないのか。一昔前の日本だな。

 まぁ魔王のいる世界だし、定期的に魔王が暴れる中でその寿命なら立派だと思う。

 それを考慮してもだ。


「人口動態が気になるな。年齢別の人口調査、その経過の記録はあるのか?」

「5年に一度、徴兵を行うため記録しています。どうぞ」


 ソフィーが資料を見せてくれる。

 何が書いてあるかさっぱり分からん。

 でも、目を凝らすとルビが振られていく。

 翻訳機能がとても助かる。これも【翻訳鑑定】のおかげだろう。


「見事なおでん型だな。魔王が大暴れした?」


 上から三角コンニャク、玉子、四角いはんぺん、おまけに三角コンニャクの順になっている。

 どこぞの年齢層が絶滅危惧種扱いだぞ。


「ここは魔王と魔獣が猛威を振るいました。ここは疫病です」

「治癒魔法に治せないモノがあるのか?」

「一時的には治るのですが、再発を繰り返しました。サージェリー王国ハウプトシュタット周辺には被害はありませんでしたが、隣国べハンドルング帝国や国境近くの街や村の被害は甚大で、老若男女問わず……地図から消えた村もあります。20年前のことですが、原因は不明のままです」


 感染力の強い病原体には治癒魔法は無力と……。いや、効果はあるんだよな。治した傍から感染拡大するから原因を絶たなきゃならん場合もあるということだ。


「あと10年前のここはポーション飢饉です。ポーションの素材が軒並み枯れ、治癒魔法が追い付かなくなりました」


「それでクランケンハオスの各国はどう対応したの?」


 俺の問いに、片眉を吊り上げて首を傾げるソフィー。うっそでしょ?


「何にもしてないのか? 治癒魔法使いに丸投げ?」

「はい。各国ポーションの備蓄を増やしたくらいですが、それ以外にどうしろと言うのですか?」


 緊急事態条項どころか危機対応マニュアルすら無いぞコレ。

 まぁ日本に例えるなら医者が絶滅して薬も効果を失ったって言われるようなもんだからな。

 想像すらしてない事態か。


「その時代のことは今は良い。まずは今を何とかしないといけない。喫緊の課題は……何だろ? 破傷風か? モンスターというか、魔獣って結構出るの?」


「ハショーフーが何なのかは知りませんが、魔王が管理していた大魔獣が管理者を失って活性化しているという情報があります。細々とした魔獣達も、勇者達だけではなく冒険者や騎士が討伐に向かいます」


 あー、これはヤバそうだ。

 時間との戦いになるかもしれない。


「最後に聞きたい。騎士や冒険者が魔獣に咬まれたり爪で切り傷を付けられた時、どういう対応をしている?」


 ソフィーは答えず、ナディとクララを見る。

 俺も2人を見た。

 ヘルム越しに、クララと目が合った気がした。


「後退、もしくは戦闘終了時にポーションですわ。手持ちにポーションが無ければ速やかに教会のある街へ帰投し、治癒魔法を掛けてもらいますわね」


「それだけか?」


「……出血がひどければ包帯で止血くらいはしますが……」


「水で流すくらいは、ちゃんとやってるよな?」


「????」


 クララだけでなく、ナディまで首を傾げていらっしゃる。


 これ、薬より先に衛生の説明が必要なヤツだ。


「はい、王様にすぐさま報告案件。薬は万能ではない。まずは薬が効果を発揮する環境が必要だ。とは言っても意味が分からないと思うから、手洗いうがいを外出先から戻ったらヤレ。そして傷ができたら、傷口をよく洗え。それでも薬ができるまで死人は出るだろうが、数はかなり減る」


「分かりました。ではすぐに報告を――」

「待て」


 席を立とうとするソフィーに待ったを掛ける。


 当然だ。


 俺の情報を利用しようとするんだから、対価はちゃんと貰わないといけない。


 ソフィーは、俺の言いたいことを理解したようで、席に座り直す。


 ピリッとした空気の中、ソフィーは言った。


「いずれ知られることですし、構いませんよね? そうです。ソウヤ様のご想像の通り、私達は欠陥品の厄介者達です」


 いや、そこまでは思ってないぞ。

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