第3話 翻訳鑑定
専任文官という名の王様の回し者であるに違いないソフィーとのお茶会が始まった。
とは言っても、お茶をしているのは俺だけであり、ソフィーは羊皮紙にペンを走らせるだけだ。
専任文官というだけあり、字はとても美しく見える。全く読めないが。
「まずはソウヤ様のことを教えていただきましょう。名前、年齢、どの異界の、どの国から来たのか、何をして生きてきたのか、つまりは職についてですね。いかがでしょう?」
顔を少し上げるソフィーだが、目は羊皮紙に向いたままだ。
仕事熱心なのか、俺に全く興味が無いのか、それとも面倒な仕事を押し付けられてイヤイヤなのか、何にせよちょっとイラッとしてしまう。
これも王様の策略か?
俺がここでヘマをすれば追い出す言い訳ができるからな。
ふっ、ここは大人の対応って奴を教えてやろう。
こちとら伊達に小売サービス業やってないんだよ。
これが営業スマイルだ!
ニコッ。
今、一瞬だけソフィーの目が俺の顔を見た。
相手の顔をしっかりと見てれば、視線の移動くらい簡単に分かる。
世の健全な男子諸君も女の子と話す時は気を付けろよ!
視線は目。嫌がるようなら眉間かデコだ。例え下げても唇までな! ハイ、声に出して復唱!
お兄さんとの約束だぞ!
「もちろん、ソフィーのためになるなら教えよう。でも、1つずつだ。まずは名前、ソウヤ・シラキ。これが俺の名前だ。本当なら全部まとめて話したいんだけど、この世界の基準が分からないから話しようがない。例えば……そう、年齢だ。この世界の1年は何日だ? 地球とは違うだろう?」
ソフィーの目がちゃんと俺の目を捉えている。
「ソウヤ様の言う通りですね。確か地球は……資料によると1年が365日ですか。1日の時間の流れは同様ですが、1年の日数は違います。クランケンハオス・オーネアルツトでは、500日で1年ですので」
1年500日か、長いな。
「じゃあこの世界の成人は14歳前後か。いや、10歳も有り得るな。ちなみに地球で、俺はちょうど30歳だ。こっちの世界だと21か22か? 年齢だけ聞くと若いな。いや、クランケン……なんだっけ……コッチの世界ではオッサンか……ハァ〜」
俺の溜め息に、ソフィーは少し口をパクパクさせて言葉を選ぶようにして答える。
「クランケンハオス・オーネアルツトです。公式の場以外なら、クランケンハオスだけでも通じます」
略せるのはありがたい。だって長いんだもの。
「今この場は公式?」
「――ではありませんのでご安心を」
俺はホッと息を吐く。
「そもそも公式の場だったらわたしみたいな女が来る訳じゃないですか……」
ブツブツと小声でぶーたれるソフィー。
おやおや? もしかして普段の仕事にご不満が?
これは情報の集め甲斐があるなぁ。
俺に切れるカードは2枚しかない。
女神から貰った加護【翻訳鑑定】と俺の職業だ。
少なくとも、俺の職業のせいでクランケンハオスに喚ばれたことは間違いないだろう。
どこでこれらのカードを切ろうかと必死になって考えていたのだが、ソフィーをこちらに取り込んだ方が早そうだ。
まずは当たり障りの無い情報を出して協力的な姿勢を見せつけよう。
「地球の日本から来た。歴史ある島国で、春夏秋冬の季節が他よりハッキリしている。この国はどうだ? できれば国の名前から教えてもらいたい」
ソフィーはふんふんと、ペンを走らせながら先程より興味深く話を聞いてくれている。
「ここはサージェリー王国のハウプトシュタットです。季節は
目を凝らしたら文字が見えた。ちゃんと変換してくれるんだな。漢字見て何となく分かったから大丈夫だ。
梅雨を挟んだ春夏秋冬はここにもあるってことだ。
今は秋の始めということか。通りでちょうど良い暖かさな訳だ。残暑が無ければ日本もこんなもんだろう。
「いや、今は話を進めよう。必要になったら、ソフィー、また教えてくれるか?」
俺の言葉にペンを止めてきょとんとするソフィー。
やっべ。これは露骨過ぎたか。
俺は必死に笑顔を取り繕って「ダメか?」って小声ででアピールする。
「あ、いえ、純粋に仕事でそういう評価をしていただけることがあまり無かったので……是非、こちらからも……お願いします……」
いや、ソフィーちゃん。指で髪の毛クルクルしながら視線逸らすのはマズイよ……。
チョロ過ぎておじさん心配になっちゃうぞ?
いや、逆に利用するか。
「ところでソフィー。1つ確認したいことがあるんだ」
「はい、構いませんよ」
俺に向き直り、さっきより棘が無くなったソフィー。
吊り目は相変わらずでちょっと威圧される感じはあるけど、チョロさで相殺である。いや、お釣りが出ているかもしれない。
「ソフィーの個人的な意見が聞きたい。僕の護衛であるナディとクララ、そしてこの2人のメイド。何か特別な事情があるのか?」
俺以外全員が固まった。
ソフィーの表情は固まり、ナディとクララは置物のように動かない。
メイド2人は足だけ見える。2人してナディとクララの後ろに隠れているらしい。
俺は続けた。
「顔を見せない護衛に名乗らないメイド。しかもメイドはたったの2人でこの部屋の掃除とお茶の準備ときた。普段ならともかく、いきなりの出来事でこの対応は疑問に思わざるを得ない。そしてソフィーから出たさっきの言葉。『公式だったら私みたいな女は来ない』。俺が不遇の扱いを受けているのか、君らが不遇の扱いを受けているのか。もしくはどっちもか。俺も王に対しての心象は良くない。今のままだと協力は最低限だ。ただ、これから身の回りの世話をしてもらう君達には、協力してもらった分だけの対価を払いたいと思っている。まずは君に先払いだ、ソフィー」
俺は立ち上がり、内庭に植えてある木に近付く。
そして加護を使うのだ。
木には【鑑定】の結果が出る。
ロブレーア。
これが何なのかサッパリ分からない。
でも、【翻訳鑑定】の結果が出る。
女神は言った。
俺のいた世界の同様のモノを見定める加護だと。
「これは俺の世界では『薬』として使えるんだ。胃を良くしたり、むくみを取る効果もある。風呂に葉を浮かべれば、夜も多少だが寝付きやすくなる」
ソフィーを見てみれば、目を見開いて俺を見たまま、高速でペンを走らせていた。
月桂樹の葉を数枚手に取り、ソフィーの下へと戻る。
そして葉を叩きつけて言ってやった。
「さぁソフィー、俺と取引だ。俺の専属文官を続けたいなら、俺に必要な情報を寄越すんだ。代わりに、俺は『薬』の知識を差し出そう」
ソフィーは葉っぱを見ずに、俺だけを見て言った。
「あなたは……ソウヤ様はいったい……」
「俺の職業は薬剤師。癒しの魔法やポーションの代わりとなる【薬】を専門に扱う者だ。薬に関して俺の右に出る者はいないだろ。ヒーラーとポーションを失った世界ではな」
俺の差し出した右手を、ソフィーは間髪入れずに両手で取った。
そして強く、強く握り締めてきたのだった。
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