第2話 癒せぬ勇者はただの人
女神アルハイルミッテルが消えたとみんなが理解した瞬間から、王様達が忙しなく動く。
女神様が降臨されたとか、神託を授かったのは数十年ぶりだとか、男が癒しの力を使えるのかとか、癒しの魔法は使えないと確定したとか、とにかくてんやわんやしている。
そうしている内に、俺の隣に全身鎧の兵士2人がやってきた。
背は俺より少し高いくらいだが、顔はすっぽりと被るヘルムで見えない。
ロケットの砲弾みたいな形に目の部分だけ細い横のスリットがあるだけで、こちらからは目すら見えない。
俺の見張り役だろうか?
そう思っていたら、2人して俺の前に跪き、言葉を発した。
「只今より、ソウヤ様の護衛に着任致しました。ナディア・レーヴェです。ナディで構いません」
「同じくクラーラ・ユングフラウですわ。クララとお呼びくださいませ」
「あ、どうも。ソウヤ・シラキです。全く状況が飲み込めていませんがよろしくお願いします」
声色からして女騎士二人組だ。
自己紹介されたので俺も挨拶しておく。
ペコリと頭を下げたら、ナディとクララは顔を見合わせた。
2人して首を傾げ合っている。
俺も混ざりたいなぁ。
「とりあえず、ここに居てもお邪魔みたいなので、客間かどこか落ち着ける場所に案内してもらって良いですか? もしこの城? 王宮? にいるのがそもそも邪魔って言うなら出て行きますんで。先立つモノを貰ってからになりますが」
俺の言葉に2人は慌てて顔を横に振る。
「勇者であるソウヤ様を追い出すことは致しません! 速やかに確認して参ります。クララ、ここは頼んだぞ!」
「任されましたわ、ナディ」
ナディはガシャガシャ音を立ててその場を去った。
そしてポツンと2人ボッチ。
今の内に聞けることは聞いておこう。
「クララさん」
「クララですわ」
え? 何か間違ってた?
「クララさんで間違いないですよね?」
「敬称は不要ですわ。勇者様に敬称を使われると不敬罪でわたくし達が罰せられますの。ですから丁寧語も不要ですわ。ソウヤ様の部下として扱ってくださいませ」
法律が厳し過ぎませんかね?
「分かった。じゃあ普段通りに話そう、クララ。それで良いな?」
「助かりますわ」
「じゃあ質問だ。俺の扱いはどうなる? 決まっていなくても、予想で良い。俺が先を見立てる上でも、この世界の常識がまるで分からないから情報が欲しい」
クララはヘルムを上下させ、俺の全身を見ている。俺を見ながら考えているのか? 顔が見えないから何してるかも分からん。
「文官案件ですが、予想で良いならお話しますわ。本来、【癒しの勇者】が癒せないのであれば、捨て置かれるはずでした。ですが、癒しの女神アルハイルミッテルの神託が降りました。この状況を何とかできるのはソウヤ様しかいないと。それもわたくし含め、王だけでなく騎士団長や枢機卿など、多くの重鎮も耳にしております。これでソウヤ様をポイ捨てしようものなら神罰が下らなくても大叛乱が起きてしまいますわ」
アルハイルミッテル様、よくぞ御神託を授けてくださいました。
危うくジャージ1つで異世界に投げ出されるところだった。
クララは続ける。
「癒しの魔法を使えないソウヤ様がどうするのか、わたくしは興味があります。だから護衛騎士に立候補致しました。ナディも同じです。ただ、普通は根回しに根回しを重ねた上で決まる事柄を、今即時の判断で決めている最中ですので、何がどうなるかの予想が全くできないのですわ」
いや、十分過ぎる情報だ。
「俺の衣食住が確保されると分かっただけでも大きい。ありがとう、クララ」
「礼など不要……ですが、受け取っておきますわ。ふふっ」
なぜ笑われるのか?
礼を言っただけだぞ。
とりあえず、癒しの魔法を使えない俺はただの人間だ。一般人だ。
何をどうするのか。
とにかく座って一人で考えたい。
ベッドに横になってゴロゴロしながら考えたい。
そんなことを考えていたら、ナディが戻ってきた。
「ソウヤ様、第二王子室の使用許可が出ました。今から掃除するとのことですが、よろしければ内庭でお茶をどうぞと……クララ? どうした? なぜそんなに笑顔なんだ?」
ナディはクララを見て疑問を口にする。
メットで顔は見えてないよな?
俺にはどうやって表情を見分けているのか、そっちの方が疑問だよ。
もちろん別の疑問を口にするけどな。
「ナディ、報告ご苦労。でも良いのか? 第二王子を追い出す真似をしても」
俺の口調に首が素早くこちらを向いて一瞬だけ固まっていたナディだが、すぐに姿勢を正して俺の問いに答えてくれる。
「ハッ、問題ありません。第二王子はまだ存在しておりません。第一王女べルデ様、第一王太子ルドルフ様、第二王女レオノーレ様には、すでに部屋があります」
なるほど。生まれる予定の子供部屋を貸してくれるってことか。空き部屋なら迷惑じゃないな。ありがたく借りるとしよう。
「じゃあナディ、案内を頼む」
「ハッ、こちらへどうぞ」
ナディを先頭に、俺は歩く。後ろからクララが挟むようにして護衛してくれる。
まぁ護衛という名の監視だろう。
とにかく早くこの世界の常識を頭に叩き込まねば。
追い出されることは前提で動かないと。
さすが王様の住む本場の王宮なだけあって広い。
歩いても歩いても目的地に着かない。
5分は歩いただろうか。
すぐ着かないなら色々と聞けば良かった。
「そこを曲がったら到着です」
ナディからゴールを示されて安堵する。
曲がった先には大扉。両開きの扉は木造りで、彫刻も花の紋様が細かく彫られている。
重そうに見えたが、ナディは軽々と開けてくれた。
そこには内庭から光が差し、薄いカーテンで仕切られただけの広い一室があった。
テニスコートくらいはあるんじゃなかろうか。
そこに天蓋付きベッドがドーンと置いてある。
室内には水色ボブヘアーの幼さの残る小柄なメイドが1人でテキパキと動いていた。
1人だけ?
と思ったら、内庭でもう1人の白色ツインお団子ヘアーの若い小柄なメイドがお茶の準備をしてくれていた。
内庭に案内され、メイドに椅子を引かれて座る。
メイドの顔をちらっと見るが、礼を言ってはいけなさそうだ。
キンキンに冷えた紅茶を飲み、ホッと一息。
さて……、どうしようかな~?
と考えていたら、新たに人がやって来た。
また若い女の子だ。
でもメイドと言う雰囲気では無いし、メイドっ子2人ほど幼くはない。女子高生から女子大生くらいに見える。
長いローブにインクとペン、羊皮紙を持っており、お茶のテーブルに並べている。
艶はないが、手入れがされているだろう紫のロングヘアーからは、少しインクの香りがした。
文官かな?
印象に残る吊り目は、俺を射抜くように見ていた。
「『癒せぬ勇者はただの人』これは王の言葉です」
いきなりの言葉に、俺だけではなくナディやクララ、そして2人のメイドちゃんもビクッと反応した。
「とは言っても、女神様の神託があった以上、下手な動きさえしなければぞんざいに扱うことはしません。まずはお互いに現状を把握しましょう。と言うことでわたしが遣わされました。これよりソウヤ様専任の文官となるソフィー・シュッツェです。ソフィーとお呼びください。よろしくお願いします。では、始めますね」
さぁて、俺の異世界人生がこの問答と会話で決まるようだ。
気張るぜ!
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