癒しの勇者は癒せない〜回復魔法とポーションが封印された異世界でゼロから薬を創り出せ〜
Norinα
第一章 癒しの勇者は癒せない
第1話 世界を救えと言われても
俺は
最近、すごく悩んでいることがあるんだ。
聞いてくれ。
変な夢ばかり見るんだよ。
これは7日前から始まった夢だ。
男女男男女の5人組パーティーが、真っ黒な顔で人間の十倍はある大きさの閻魔大王みたいな魔王をやっつけたんだ。
最初だけな。
6日前の夢は、魔王をやっつけて封印する時に、魔王の悪あがきで、癒しの女神――確か名前はアルハイルミッテル――が異空間から引っ張り出されて捕まり、一緒に封印されたんだ。
せっかくの大団円が、後味の悪いものになった。
5日前の夢は、世界各地が混乱する映像だった。
見たことがない世界だったから、異世界かもしれない。
回復魔法が使えなくなり、魔力で作られるポーションも全て効力を失ったらしい。
医者は居ないのか?
まぁ癒しの魔法やポーションに頼り切っていた世界だ。居ないことはないけど少ないよな。
4日前の夢は、各地で祈りを捧げている場面だった。
至る所の礼拝堂で、たくさんの人が祈りを捧げている。道端や広場でも石畳や土に膝をつき、祈っている。
王宮の礼拝堂も見た。
若作りしたおっさん王様も両膝をつき、神様に祈りを捧げていた。
3日前の夢から、王様の声が聞こえるようになった。
「どうか、我々に癒しを」
2日前の夢も同じだ。
「どうか我々に癒しを!」
ただ、声がでかくなってきた。
昨日の夢もそうだ。
「どうか! 我々に! 癒しを!」
圧が凄い。日に日に声もデカくなっている。
そして今日、俺は三十路の誕生日を迎えた。
立派な魔法使いの誕生である。
どういうことかって? え? 童貞ちゃうわ!
さらに夜、詳細な夢も見る。
「我々に! 癒し……ハッ! 感じるぞ! 時は今、満ちたのだ! 今こそ【癒しの勇者】様を捕え……いや、呼び付け……いや、召喚……いや、お招きし、たっぷりおもてなしするのだ!」
おいおい、物騒だな王様さんよ?
何回言い間違えるんだ?
本音ダダ漏れじゃね?
別室に移動した王様は、魔法陣に向けて叫ぶ。
「皆よ、今こそ祈るのだ! 奇跡の勇者召喚を! 癒しの魔法が消えた世界を救えと切に願うのだ!」
そして王様は小声で、スペシャルシークレットスーパーレア来い、と繰り返す。
ガチャ召喚かよ。
まぁそれなら俺が喚ばれる心配は無いな。
だって俺、一般平均日本人だし。
身長、体重、年収、その他諸々、何を取っても平均程度。
そんな俺が喚ばれる意味って?
「無い無い、そんなの」
「おぉ! ようこそ【癒しの勇者】様!」
は? 目の前に王様居るんだけど?
俺はジャージ姿で召喚されてしまった。
「是非、世界に癒しをお恵みくだされ」
そう言って王様は、袖を捲って左腕を出し、自前のナイフで少し腕を切り、傷口をこちらに見せて差し出してくる。
痛々しい。
自傷癖があるとか最悪だな。
そもそも癒しの魔法ってどうやって使う――頭に浮かんできた。
「女神アルハイルミッテルよ、我が呼びかけに応じ、此方より其方へ癒しを捧げ給え」
これは簡略化魔法らしいが、これで良いとお声が掛かってしまった。
鎖でぐるぐる巻きにされた銀髪女神が俺の頭の上に顕現する。
『魔王と共に封印されたと聴かなかったのか? このタワケ共め!』
縛られた銀髪女神様が目を見開き、王様やその側近達を一喝している。
『見ての通り、妾は魔王と共に封印されておる! 癒しの魔法は【癒しの勇者】ですら微塵も使えぬわ! 今はこうして魔王の目を盗み、何とか【神託】を授けられるくらいじゃ! 祈る暇があるなら何とかする方法を考えよ! 癒しの力に頼りまくった其方達の未来はお先真っ暗じゃ! 自覚せぃ!』
王様達は土下座して顔を上げることもできなくなっていた。
『勇者ソウヤよ、おぬしも災難じゃったな。喚ばれてしまった以上帰してやることもできん』
「無理矢理呼び出されて帰ることもできないんですかぁ!?」
そんな……俺もお先真っ暗じゃないか……。
別に天涯孤独じゃないし、仕事も忙しいけど順調だし、楽しみにしていたアニメや漫画の続きも気になるし。
『いや、妾ごと魔王の封印を解き、改めて魔王を討ち滅ぼせば、それだけの魔力も満ちるやもしれん……』
「希望はゼロじゃないんですね! じゃあ頑張って生き延びます!」
俺は女神に誓いを立てた。
ぶっちゃけると覚悟はしていたのだ。
あんな夢ばかり見るんだもの。
1ミリくらいは妄想済みだ。
女神が俺に微笑んだ。
『この世界【クランケンハオス・オーネアルツト】に呼ばれし異界の勇者は、皆が可能性を秘めておる。ソウヤも例外では無い。励め。そして【癒しの魔法】やポーション無しでも生きられるよう、世界を導くのじゃ。決して急がず、ゆるりと、妾を助けに来ると良い』
ん? やけに最後を強調してくるな。
『良いか? のんびり楽しく異世界を満喫し、妾を救いにやってくるのじゃ。おぬしも、たまにはゆっくりとした長期休暇を過ごしたいじゃろう?』
小声になった。この女神、まさか……。
女神が周囲をキョロキョロと見回している。
王様達が土下座しているのもしっかり確認し、俺に耳打ちしてきた。
『おぬしに【治癒】以外の加護も授けてやろう。癒しの女神ゆえ戦う力を与えてやることはできぬが、ほれ。【翻訳鑑定】じゃ。ただの鑑定ではないぞ? おぬしのいた世界と同様のモノを見定める加護じゃ。これを授けるからな? な? 妾にも休暇をくれ。帰る際には同じ時代に肉体もろとも戻してやるよう交渉してやるから、な?』
「囚われの身なのでは?」
俺がそう言うと、縛られていた鎖が弛み、腕を出してきた。
そして俺の肩に手を回してくる。
『1日3食昼寝付き、動画見放題じゃぞ。地球で言うところの365日24時間オンコール待機から解放されたんじゃ。ちょっとくらい我儘言うてもええじゃろ? な?』
うぅわぁ、癒しの女神も大変だぁ。
『それに魔王も一緒に楽しんどるし』
はぁ? 魔王も一緒? 楽しむ? 動画見放題を?
『地球の娯楽は魔王の娯楽。飽きたら勝手に封印を解き、身体をしっかり動かし、コンテンツが充実したらまた封印してもらってココに来る。それを繰り返しておるんじゃ』
「……魔王もイマドキなんすね」
『神々や魔王も、仲こそそんなに良くないが都合や事情というものがある。その辺を理解できない愚か者が多い中、ソウヤは理解ある者、【適合者】として合格したから喚ばれたというのもある。追々細かな事情を知るであろう。文句や疑問はその時受け付ける。ではな。しっかり、頼むぞ、ソウヤ。世界を救うのじゃ』
そうして、言いたい放題言われて勝手に消えていった女神アルハイルミッテル。
いや、世界を救えと言われても……。
俺は何をしたら良いのかも分からず、途方に暮れるのだった。
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