第7話 でんせつのはじまり

「ていうか、コイツは何でついて来てるんだ?」

 夕暮れ時。

 間もなく開店するという理由で店から追い出された一行。

 街道を歩きながら、フリージアは村娘を指さしていた。

「え、私ですか?」

 あっけらかんとした顔をした村娘が答える。

「そういえば名前も知らないしな」

 そこにさりげなくエイゼルが加わる。

「自己紹介、した方が良いですか?」

 その提案にエイゼル、フリージア両名はこくりと頷いた。


「こほん!」

「私はセリシャ・アガンド。キュアラ村出身の村娘であり、世界中を馬車一つで旅する旅商人でもあるのだっ!」

 両手を腰に当て、得意げな顔をするセリシャ。その空気に呑まれ、エイゼルとフリージアは乾いた拍手を送る。

「おー」

「スゴイな」

「ん、待てよ?馬車一つで旅って事は……」

「ええ、そうです!魔物に出くわして、今は家無し、文無しの無一文となっております!」

 今度は更に胸を張り、キラキラとした表情を浮かべ始めたセリシャ。

 屈託のないその笑顔はどこかに闇を感じさせるほどである。

「それでいいのか、オマエ……」

「いいんですっ!無くなったものを数えていては前に進めませんから!」

 食い気味にフリージアへと詰め寄る。

「それに……」

「ソレニ?」

「こっちの方が、面白そうですからね!乙女の勘がこの好機を逃すべきではないと私に告げています!」

「本当にそれでいいのか、オマエ……」

 フリージアは驚きの感情を通り越して、呆れへと昇華させて話を呑み込む。


「まぁ……それはさておき、だ。」

 ここで置いてけぼりを食らっていたエイゼルが合流を果たす。

「オマエはオマエでどうしたんだ、エイゼル?」

「そうですよ、私はただの噛ませ犬だったんですか?」

 反転して攻撃に転じるフリージア。それに同調してセリシャも一緒に詰めていく。

「いや、ここまでダラダラと話を長引かせといて何なんだが……」

「ダガ?」

「そろそろ真面目に、今後の事を決めなければな。と」

 いたずらをした悪童の様な顔でエイゼルは抵抗する。

「おぉ、本当に今更ですね。エイゼルさん」

「ソウダナ」

 フリージアは白い目でエイゼルを見る。

「わ、悪かったよ」

 素直に謝るエイゼルに対し、二人は呆気にとられていた。

「っぱ、ヤニ切れしてるとエイゼルはダメだな」

「え?それってエイゼルさんがただのカスだって言ってる様なもんですよ?」

「うむ、そこは俺も否定しない」

「え?」

「って、話の腰を折るなよフリージア」

「ソーリー」

「え?」


 夕暮れから夜へ。

 一行は場所を変え、フェルリアの中心部に当たる噴水広場まで来ていた。

「団体行動には目標が必要だ。そこで、三人のやりたいことをここですり合わせる」

 少々気合の入った面持ちでエイゼルはそう切り出した。

「まず、言い出しっぺの俺から。俺の目標は背中にある忌々しい烙印を消すことだ」

「……烙印?」

 耳馴染みのない言葉にセリシャは疑問を浮かべる。

「烙印ってのはダナ、魔術の依り代に使われた人間が体に宿す刻印のコトだ」

「ふむふむ」

「烙印は魔との繋がりを作って魔の性質を引き出すために使われる。つまり、エイゼルが烙印を消すってなったら、その繋がりを消すしかないワケだ」

「なるほど。で、どうやって消すんです?」

「ズコーー」

「……まぁ、平たく言うなら繋がっている魔物を倒せばいい」

 フリージアに変り、エイゼルが噛み砕いて説明する。

「という事は、世直しの旅ですね!?」

「……そういうコトになるな」

 呆れた顔でフリージアは肯定した。


「とまぁ、それが俺の目標だ。他に、我こそはって奴、居るか?」

「はいはい!私!」

「ハイ、セリシャくん!」

「私のやりたいことはですね、お金持ちになること!お金持ちになって、私の大きな商会を作るんです!」

「フムフム」

「商会を作ったら物流網を作って、私の村みたいな小さな村々にも商品が行き来しやすくするんですっ!」

「ムラムラ……痛ぅ!」

 話の腰を折りかけたフリージアにエイゼルが手刀を入れる。

「……ナルホドな」

「本当は旅商人をしている内に繋がりが欲しかったんですけど……。何分、皆さん商人ですから利益が無いと動いてくれなくて。でも、エイゼルさんの世直しの旅にくっついて行って私の名前が広がれば、少しは認めてくれるかもしれません!」

 真っ直ぐな瞳でセリシャはエイゼルを見る。

 夢と希望に満ち満ちているセリシャを、エイゼルは何処か懐かしく感じていた。


「それで、お前はどうなんだ。フリージア。」

「ワタシ?」

「そうですねっ、フリージアさんが何を考えているのか私も気になります!」

「ワタシは別に……」

 珍しく辛気の臭い表情を浮かべるフリージア。

 言葉の歯切れも心なしか悪くなっている。

「正直、聖騎士の加護無しでお前と一緒にいると体がピリピリして痛いんだが。お前には、権能としてじゃなく、フリージア自身としてのやりたいことがあったはずだ」

「……ワタシのやりたいコト」

「女の子ですからね、理想は高い方がお得ですよ」

「…………ワタシ、ワタシが何なのかを知りたい、かも」

「決まりだな」

「そうですね」

「イイのか?こんなので?」

 フリージアは年頃の少女の様に、不安そうな顔を見せる。

「いいんですよ、やりたい事って言うのはそういう物ですっ」

 そんなフリージアにセリシャは抱き着き、熱い抱擁を交わす。

「そうと決まれば、中央に行くって予定はキャンセルだ。ここからの行き先は恨みっこなしのアレで決めるぞ、いいな?」

「イイけど、イカサマはナシだぞ」

「何かは分かりませんが、私もそれでいいですよ」

 三人は拳を取り囲むようにして、並び立つ。

「いくぞ……!じゃーんけーん!」

「ぽん!」

「ポン!」

「ぽんっ!」

 同時に繰り出された思惑の違う拳たち。

 エイゼルは、ぐー。

 フリージアは、ぱー。

 セリシャは、ぐー。


「どんなもんだい!」

 勝利の象徴である手の平を夜空に掲げ、フリージアは天を仰ぐ。

「……それで、行き先は何処だ?」

「わくわく」

「ソウダナ……」

「決めたぞ、これから行くのは東の主要都市フォルステリアだ!」

『おーーー!』

 重なる二つの声。

 そして、一行は旅支度の為に夜のフェルリアへと繰り出していく。

 その面持ちは、街を照らす街灯よりも、世界を照らす月よりも明るいものだった。

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