第6話 久々の一服はとっても凄かった

 一行はあれから、アリーシャに連れられ彼女が経営する酒場に訪れていた。

「へぇ、そんなことが……ね」

 自前のキセルをこつんと叩き、中の吸い殻を捨てるアリーシャ。

 エイゼルからここに至るまでのアレコレを聞き終えたアリーシャは不思議そうな顔をしていた。


「オイ、煙草臭いぞアリーシャ……!」

「うるさいわよ、俗物。大人しく座ってなさい」

 アリーシャは向かって右側のカウンター席に座っているフリージアにそう言う。そして、すかさず替えの煙草を入れ、火をつける。吐く煙は正面に座るエイゼルへと吹き捨てられた。

「おい……吸うのは構わねぇけど、煙を俺に吐くなよな」

「あら。エイゼルちゃんだって煙草、吸うでしょ?」

「吸うけどだな……」

 そういう事じゃないとでも言いたげなエイゼル。

「ほら。火なら、ここに、あるわよ?」

 そう言って、アリーシャは身を乗り出し、胸を強調して、自らが吸っているキセルの先端を差し出した。

「……モノがねぇんだよ」

「えぇ……!?嘘、あのエイゼルちゃんが禁煙!?」

 世界が滅んだような顔だった。

「違う、違う。森でダラダラしてたら吸い切っちまったんだよ」

「あ、そう。そういう事だったのね。……待ってて!」

 そう言って、アリーシャは店の奥へと引っ込んで行った。


「……なぁ、エイゼル。何でアリーシャはワタシにだけ当たりが強いんだ?」

「うーん、知らねぇなぁ。……嫉妬とか?」

「嫉妬!?アイツがワタシのナニに嫉妬するって言うんだ!このアンポンタン!」

「って言われてもな。あの年頃は何を考えてるのかサッパリだし……」

「年頃!?アイツのコトが年頃の女に見えてるならオマエはとんだチンp……!」

 フリージアの暴走を、その隣に座っていた村娘が口を塞いで阻止する。

「駄目ですよ?女の子がそんなこと言ったら」

「ぐっじょぶ、村娘!」

 エイゼル、渾身のサムズアップ。

「でも、気になりますねぇ。アリーシャさんの事」

「ま、戻ってきたら本人聞いてみたらいいさ」

 そうして話題は尽き。

 開店前の店の中では、口を塞がれたフリージアの哀れな叫びだけが聞こえていた。

「んん!んんんっんん!!んんんんんんんんんんんんん!!!!!」


 しばらくして、店の奥に行っていたアリーシャが舞い戻る。

 戻って来るや否や、アリーシャは小箱を取り出して、せっせと何かを作り始めた。

 アリーシャの手元は、ちょうどカウンターが影になって見えていない。

「随分と大掛かりだな」

「もう少し待っててね、エイゼルちゃん。そんなに手間はかからないから」

 そうして、くしゃくしゃと何かしらの音がたった後。

 アリーシャはおもむろに口を開けて、舌を出す。

「ちょ、お前……!」

 しかし、何故かアリーシャの口内は唾液で満たされており、舌を出した拍子には一滴の唾液が、彼女の胸に降り注いでいた。

 上の前歯と舌の間に引かれる糸。エイゼルの視線はそこに吸い込まれる。

 唾液は舌を伝い、徐々に先端へ。

 そして、アリーシャは手に持っていたそれを舌に近づけ、横に、舐める。

 舐め終わった瞬間、ここぞとばかりに存在感を放つ、糸。

 それを見つめるエイゼルの気も知らず、アリーシャは作業の仕上げに取り掛かった。


「はい、エイゼルちゃん!」

 手渡されたのは、一本の煙草。

「へ?ま、巻きたばこ?」

「そう!エイゼルちゃん、吸えなくて可哀そうだなって思って……。あっ、私のよだれが嫌だったら言ってね?!一応、口の中は綺麗にして、来たんだけど……!その……!」

 言葉を口にする度、頬を赤らめるアリーシャ。もはや自分自身が何を口走っているのかさえも分からなくなっていた。

 そんなアリーシャをエイゼルは見つめ、煙草を手にする。

 両者とも、緊張で気づいてはいない。が、煙草を受け取るエイゼルの手はアリーシャの指先を撫で、まるで初恋の様な受け取り方をしていた。


 受け取った煙草を咥えるエイゼル。火種が無いことに気づく。

「エイゼルちゃん、ほらっ!」

 その光景を見たアリーシャは嬉々とした表情で、咥えなおしたキセルの火口を差し出した。

 それに応えるべく、煙草の先端を火口に付ける。

 キセルの火を燃やすため、息を吸うアリーシャ。

 煙草の火をつける為、同じく息を吸うエイゼル。

 一瞬ながらも同じ空気を吸う二人。

 その空間には得も言われぬ雰囲気が出ていた。

「ありがとうな、アリーシャ。」

 煙草を吐きながら、恍惚とした表情でエイゼルは答える。

「は、はわわわわわわ……!」

 そして、二人だけの世界から見事に締め出された村娘が声を上げた。

「んんぁんんんんん!!!んんんんんん!!!」


 とてつもないカオスの中。

 時間が進むことさえ忘れた一行は束の間の休息を満喫するのだった。

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