第4話 現実とは時に残酷である

 知らない声。

 その身に何が起きたのかすら理解できていないまま、瞼の輪郭を鮮明に映して村娘は意識を取り戻していく。

「……ん」

「っへ!身も心も紳士、ね」

 誰かが嘲笑している。

「う、うるせぇ!ちっきしょう……最悪だ」

 誰かが嘆いている。


 何が、あったんだっけ。

 そうだ。フェルリアの街で仕入れをしようとして、それで……。

「うわぁ!」

「うわぁ!びっくりした!」「うわぁ!ビックリした!」


 村娘は自らの鎖骨を触る。

 それを引き金として、何があったかを走馬灯のように思い出していく。

「私、死んだんじゃ……」

「死んでないぞ、ワタシが助けたからな」

 全裸の少女が村娘の視界に入る。

「あ、あなたが?」

 首を傾げて疑問を露わにする村娘。

「そうだ。ワタシが、オマエに噛みついたオオカミを倒して、オマエを、助けたんだ」

「……恩着せがましいな、お前」

 状況が呑み込めない村娘。自分を助けたと豪語する全裸の少女に加え、少女の背後から現れたエイゼルによって混乱は増していく。


「えっ、えっと……その」

 破裂寸前の頭で狼狽えながらも、村娘は言葉を発する。

 そして、それを見かねた少女が近づき、腰を落とした。

「ワタシはフリージア、そんでもってソッチに居るオッサンが、さっきお前のパンツを見ていたエイゼルだ」

 紹介を受け、歩み寄るエイゼル。しかし、普段の歩き方とは違って所作の一つ一つが丁寧になされている。そして、フリージアの横、村娘のすぐ傍で、かしずいて膝をつく。

「エイゼル・アルスタインです。以後、お見知りおきください」

 何もかもが分からないままの村娘。けれども、自分の下着を見られた。という事は事実の様なので、とりあえず平手打ち。

 ぱちぃぃん!と森中にこだまする音。さぞ、大きな音だったのだろう。遠くからは鳥の群れが驚いて飛び去って行く音が響いていた。

「……ありがとう、ございます?」

 村娘から飛び出した衝撃の一言。それを聞いて、フリージアが大笑いをし、転げまわる。

「ハハハハハッ!最高だな、オマエ!エイゼルが痛い目を見てるってだけで面白いのに、あ、ありがとう。だってさ!ウケる……!」

「お前、なぁ……!あの紹介でこうならない訳ないだろ!!!」

 怒りを露わにし、見る見るうちに鬼の形相へと変化していくエイゼル。そのままフリージアに忍び寄り、手刀を構える。


「ヒィーーー、腹イタ……!ハッァ、ハァ、涙出て来た。死ぬ……!ハハハッ!」

「喰らえ!!!神敵滅殺、エクスカリバーーーーー!!!!!」

 それは、エイゼルが本来持っている炎と光の性質を最大限に生かした絶技。

 手刀には煌々とした光が明滅しながら、炎が火柱を立ち上げ剣の形を成していく。

 完成する絶技、エイゼルはそれを振り下ろした。

 無論、目の前にいる少女、フリージアに向かってだ。

「あぐっ!」

 絶技はフリージアの脳天に直撃。が、しかし、聖なる力そのものである権能、フリージアに対しては光の性質は作用しない。

 そのため、炎の性質を以てして黒焦げになり、フリージアは目をぱちくりさせる。

「ナニをしとんじゃ、この初老オヤジ!」

「我が内に宿る神がそうせよとおっしゃったのです。あぁ……神よ。」

 手を使い、十字を切るエイゼル。

「今更、聖騎士ぶるんじゃねーよ!……コノ野郎!」

「嫌だよ、ぶわぁーか!」

「ムカっ!ムカっと来たぞテメェ!」

エイゼルの事を力強く指さすフリージア。そのとき。


「あ、あのっ!」

 二人の間に割って入る村娘。

「私達こんなことしていていいのでしょうか……?」

「あん?」「アん?」

 村娘に言われ二人は視野を広げる。

 いつの間にか囲まれていたらしい。

「そういや。狼ってあと二匹居なかったっけ?」

「ソウダナ、間違ってないぞ。ワタシもそう思う」

 森の中から未だに出てくる狼の魔物達。その数はゆうに二十匹を超えていた。

 咄嗟に村娘を担いだエイゼル。少女もそれに呼応するように走り出している。

「逃げろぉぉぉおおおおお!!!!!」

 そうして、エイゼルとフリージアは一時的に村娘を一行に加え、フェルリアの方角へと一目散に逃げていくのだった。

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