第2話 ろくでなしにも心はある

 じゃんけんから三日後。

エイゼルと少女の一行は、セインブルク最寄りの街フェルリアを眼前に捉えていた。

「なぁ、マジで一緒に行くのか?」

「くどいぞエイゼル、みっともない」

 不安を見事に表した顔でエイゼルは少女を見る。対して、少女は白い目でエイゼルを見返していた。

「全国で指名手配されてるワケでもないんだ。堂々としてたらイイじゃないか」

「そりゃあ、そうだけどよ」

ばつが悪そうにエイゼルは答える。

「それに、どうしてそんなにワタシと行きたくないんだ?聖騎士長だった頃のお前は、もっとシャキッとしてただろ」

「……それは」

 少女の問いにたじろぐエイゼル。その手は間の悪さを誤魔化すように、自らの後ろ髪を掻いていた。


「マテ、話の続きは後にしよう」

「なんだよそれ、お前が言い出した、こと……」

 気配。その身を刺すような鮮烈なもの。

「魔物か?」

「そうみたいダナ。どうする、助けるのか?」

 助ける。そう聞いてエイゼルの面持ちは暗くなる。

「……いや、放っておこう。今の俺に、そんな力は無い」

「へぇ、見捨てるのか。オマエがそれでいいなら、ワタシは構わないぞ」

「……試すような言い方をするんだな」

「だって、力が無いのは本当だろ?今のオマエじゃワタシを行使できないし。あ、でも剣を握るってのもアリか」

 空中であざとく振る舞う少女。まるで助けに行けと言わんばかりのその台詞は、エイゼルの良心を酷く刺激していた。

「……。」

「まったく、嫌な奴だよお前は」

「来た道を戻って、二時の方角だな」

 少女は無邪気な笑みを浮かべ、気配の方向をその指で指し示す。そして、エイゼルは振り返り、フェルシアの街を後にするのだった。


 森の一角。横転した馬車と飛散する積み荷の中で、村娘はへたり込む。

「やめて!こっちに来ないで!」

 やや肉付きの良い年頃の娘。胸は豊満で髪は赤茶。

 腹をすかした魔物にとっては、これ以上ない格好の獲物であった。

 そして、村娘を取り囲むようにして、三匹の狼が幾を伺う。

「お願い!あっちに行って!」

 懇願する村娘など意にも介せず、狼たちはにじり寄る。

「行ってったら!」

 村娘の生物としての本能が腕を動かす。横薙ぎで狼たちを追い払おうとしている。しかし、それを見逃す狼ではない。

 一匹は大きく飛び上がり、上からの急襲を狙う。

 もう二匹は左右に展開し、退路を断っていた。 

「あぐっ……!」

 村娘の小さな悲鳴。飛び上がっていた狼の一撃が直撃した。

 首の付け根、鎖骨の辺りに食い掛られる。骨伝いで音が届き、村娘は鎖骨が折られた事を理解した。次いで、血が噴き出す。

 それでもなお、狼は力を緩めない。

「ああぁああ……!」

 死を目の当たりにした。自らの死を。

 そして、狼の死を。


 喰らいついていた狼の首がごろりと落ち、村娘のももへと収まる。

 痛みで薄れゆく意識の中、村娘の目は白髪交じりの茶髪を目撃するのだった。

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