第1話 じゃんけんで決まるこれからの事

 静かな湖畔のほとり。

 湖に近い一本の木の下で男が仰向けに寝そべっている。

「うむ、これは酷い」

「オマエが素直に説明しないのがいけない」


 男の顔を覗き込むようにして霊体の見た目をした少女が、木の幹から九十度の角度でそこに居る。生えていると言っても差し支えない。

 そんな少女を気にも留めず、男は遠い目で空ばかり見上げていた。

「いやでも、あれから超絶怒涛の急展開があったかもしれないじゃん」

「イヤイヤ、聖騎士にまつわる知識をひけらかそうとしてたじゃん」


 少女の言い分に対して、ぐぅの音も出ない男。

 しかしそんなことは気にも留めず、男は遠い目で空ばかりを見上げていた。

「オイ」

「はい」

「殺すぞ。」

「はい、ごめんなさい。まともに先を急ぎます」


 少女に言われ、霊体の体をすり抜けながら男は起き上がる。

 「やっぱ、明日からでも……」

 「殺すぞ。」

 「うぃっす」

 少女に言われるがまま、男は最寄りの街へ行くために歩き始める。エイゼルが元居た街、セインブルクからは歩いて三日の場所にある街。そして、生臭なエイゼルが移動を始めてから今日で七日が経過していたのだ。


 湖畔を後にしたエイゼルと霊体の少女は森へと差し掛かる。

「でも、お前が言った通り、聖騎士団辞めたよな。俺」

 歩きながら呆然と空を見上げるエイゼル。喉元まで出かかっているのにそれを思い出せないでいた。

「ウム、辞めさせられたな」

 少女の細かい指摘に対して無反応を決め込む。

 しかし、喉のつかえがとれたのか、エイゼルはハッとした表情を浮かべた。

「……なんで居るの?」

「イヤ、なんでって言われても」

 気まずそうな雰囲気を醸し出す少女。

「なんで、当たり前かの様について来てるの?」

「それは……ほら、ワタシ自由の権能だから?」

「そっか、自由だもんな。そっかそっか。いや、納得しねぇよ?!」


 エイゼルは霊体であるはずの少女に触れ、顔を両手でセインブルクの方へ押し返す。

「かーえーれーーー!」

「つーれーてーけーーーーー!」

 負けじと少女も白髪交じりのエイゼルの茶髪を徐々にむしっていく。

「嫌に決まってんだろ!教会に見つかったら打ち首じゃねぇか!!」

「フザけんな!こんな可愛いワタシを置いていって、オマエの良心は痛まないのか!!!」

「はっ!痛まないね!それに!その気になれば何でもできるだろお前~!」

「少しは痛めよ!ソレが元とは言え相棒に言うセリフかこのジジイィィィ!!!」

 

 徐々に力を強めていくエイゼルに対し、がっつりとむしる髪の量を増やしていく少女。はらりと、目の前を過ぎ去っていく見慣れた茶髪が、夢中になっていたエイゼルにむしられていることを気づかせる。

「馬鹿野郎!むしり過ぎだ!もうすぐ初老なんだから髪の毛だけは勘弁しろ!」

「フン!知らないね!エイゼルなんかもう知らない!」

 まだまだむしられていくエイゼルの髪が本人の危機感に火をつけた。

「わあった!それなら久々にあれをして、勝った方の言い分を通す!」

「それでいいだろ!」

 提案を聞いた少女は手を止め、エイゼルもまた力を抜いていく。

「……いいゼ、それでキメようじゃないか」

「よし。」

「いくぞ……」

「せーのっ!」「せーのッ!」

「最初はパー!」「最初はチョキ!」


 ルールガン無視のじゃんけん対決。勝者は霊体の少女。しかし……。

「なかなかやるじゃねぇか」

「だが!これは三本勝負!馬鹿め、俺は回数の宣言まではしていない!!!」

「はっはっはっはっはっは!!!」

「残念だったな!」

 年甲斐もない大笑いと年甲斐もないイカサマである。

「イヤ、一回勝負だって言ってたぞ」

「そんなわけあるか!俺は確かに……」

「イヤ、言ってた」

「ホラ」


 という事で巻き戻し。

「わあった!それなら久々にあれをして、イッカイ勝った方の言い分を通す!」

「それでいいだろ!」

 提案を聞いた少女は手を止め、エイゼルもまた力を抜いていく。

「……いいゼ、それでキメようじゃないか」

「よし。」

「いくぞ……」

「せーのっ!」「せーのッ!」

「最初はパー!」「最初はチョキ!」


「嘘だ……!おらぁ確かに、勝った方としか……!」

「ブワァカ!イカサマってのはこうやってスルんだよ!!!」

 光り輝く少女の左手。けれど、光っているのは霊体の手ではなく、実体の在る人の手だった。

 説明しよう。権能には権限があり、権限を行使するにはすなわち顕現。つまり、少女の左手が霊体から実体に変ったのは権能を行使したことに他ならなかった。

「汚ねぇ……!権能で過去を変えたのみならず、俺が負けた証拠まで……!」

「ザマぁみろってんだ。じゃ、約束通りアタシをオマエの旅に連れってってもらうからな!」

「マジかよ……」

 その場で膝から崩れ落ちるエイゼル。興奮のあまり見えていなかったが、光り輝くその中で、少女ははっきりと中指を立てていた。

「大マジだ。コノヤロウ!」

 

 こうして、小さなイカサマはより大きなイカサマに負け、エイゼルの旅には約一名の同行者が加わることになったのだった。

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