005 騎士ガウェインの弱さと悲哀

 ファンタジー小説を書きたいなら、いやそうでなくとも、アーサー王物語は読んでおくべきだ。登場する騎士たちの活躍、胸おどる冒険、そして悲劇的な結末……。伝説の英雄王たちは、今なお世界中の人々を魅了してやまない。


 もとは各地の伝聞だった話を集めてひとつの物語にしたものとも言われ、日本語版も児童向けから大人向けまで様々なバージョンがあるのだが、それらを読んで私が気になったのは騎士ガウェインである。


 とある児童向けバージョンでは、ガウェイン卿と緑の騎士のエピソードが、このように脚色されていた。


 緑の騎士なる人物と一年前に交わした決闘の約束を果たすため旅を続けたのち、とある城に逗留するガウェイン。ここで彼は城主と「その日に手に入れたものを交換する」という、奇妙な約束を交わす。

 そして狩の獲物やらなんやらを交換して数日を過ごす。そんなある日、城主の奥方が魔法のベルトをくれた。あらゆる攻撃から身を守ってくれるらしい。


 それを聞いて、ガウェインの脳裏に緑の騎士の姿がよみがえる。魔法の加護か悪魔の化身か、不死身の肉体を持つおそるべき緑の騎士。


 決闘の日は明日。ここで彼は城主にベルトのことを隠し、狩の獲物だけを交換するのである。これは借りただけだから入手したわけではない、などと都合のいい理由をこじつけて……。


 お察しのとおり、城主が緑の騎士その人であった。ベルトの件を指摘され、ガウェインは己を恥じて涙するというオチだったと記憶している。


 別のバージョンにはこんなのもあった。物語の佳境、ランスロットとの決闘のときだ。


 ブルフィンチ版だと、ガウェインは朝から正午までチート能力で三倍の怪力になり、その後は本人の力だけになると記されていた。別の本だと、九時から正午までと、十五時から夕方までの二回、二倍とするものもあった。いずれにせよランスロットはチートの間は防御と時間稼ぎに徹し、そののち反撃して勝利する。

 だが別バージョンだと、実はガウェインは正午が最弱で、その後チートが発動して徐々にパワーアップし、夕方がピークなのだという。そして彼は敵を欺くため、わざと逆に吹聴していたのだ。


 つまり「正午のガウェインには勝てん。弱くなる夕方を狙おう」と思わせ、実は弱くなる時間帯を避けてピークに戦えるように。でもランスロットは「ベストの状態の相手に勝たなければ意味がない」と、実は最弱の時間帯とも知らず正午に挑んできた。


 敗れたガウェインは「もし嘘をつかなければ、ランスロットは夕方を選んだだろう。その時なら勝てたかもしれない。これは卑怯者に対する罰なのだ」と悔やみながら死んでゆく。


 ふたつのエピソードに共通しているのは、ガウェインは敗北や死の恐怖から、保身の誘惑に抗いきれず嘘をついてしまったということだ。


 騎士道精神という点からは批判される行為かもしれない。だがこれらの逸話から「力を強くするより、心を強くするほうが難しく、そして大切なことだ」という戒めのようなものを感じたのは私だけだろうか?


 そして、綺羅星きらぼしのごとき英雄豪傑たちの中にあって、なお勇名を轟かせたガウェインの心に潜んでいたひとかけらの弱さに、人のごうと哀しみを見たのは。

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ファンタジーものの資料に関する考察とか 甲斐いつき @20240607

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