終を告げる

 夏の初めのことだった。呉の港に泊まってた俺の耳に、嫌な音が聞こえてきた。低く唸るような、それでいて気色悪いくらいに機械的な、今まで散々聞いてきたあの音。悲鳴みたいに甲高い風切り音も混じる。間違いない、敵の爆撃機B-29の音だ。

背筋に嫌な寒気が走った。音からして、敵は相当多い。それにここには国内最大級の海軍工廠がある。奴等の狙いはそこを壊すことと見て間違いない。俺らと違ってまだ動けるフネにとって、この工廠は補給・修理を受けるために欠かせない場だし、まだ新しく艦を造ることだって出来る施設だ。ここを陥されちゃ溜まったもんじゃない。


───守らなきゃ


衝撃に半ば停止しかけた思考にただ一つ浮かんだのは、その使命感だった。軍港付属の防空艦になった今、それだけが、俺のやるべき事だったから。


 主砲の仰角をあげて、残された数少ない対空火器を空に向けて、音のする方を睨む。すぐに、小さな点が空に現れた。点はじわじわ大きくなって、その形を明瞭にしていく。

主砲に対空邀撃用の三式弾を装填する。外国の対空弾に比べれば使いやすいとは言えないけど、ないよりはマシだ。

奴等の投弾コースを予測して弾幕を張る。工廠とその後ろの街には絶対、当てさせちゃいけない。俺自身はもう航行できないから、自分から動いて狙いやすい位置を取ることなんてできない。ただその場で、必死に撃ちまくるしかなかった。

それからどのくらい経ったか、やっと敵が引き返していった。後ろを振り返れば、無事な工廠が目に入る。なんとか、工廠への投弾は阻止できたらしい。


 でも、敵はこれで諦めるほど殊勝でもなければ、同じ失敗を繰り返すほど馬鹿でもなかった。

何日か経って、次は呉の街を狙って奴等が来た。前よりもだいぶ少ない数しか飛んでこなかったから、街を守らなきゃいけない状況には変わらないし、油断ももちろんしてなかったけど…正直、結果に比べれば楽観視してたと思う。

この頃の日本には木造建築が多い。民家も店も、ほとんど全部木で出来てたんだ。奴等はそこを突いた。爆発の衝撃で物を壊したり、人を死傷させるものじゃない、全てを燃やし尽くす為の爆弾を作ってきてたんだ。

──焼夷弾。アレはとんでもない兵器だった。

B-29から落とされた爆弾が、空中でバラバラになった。あんな状態の爆弾は見たことなかったから、投下に失敗したのかと思った。でもそれは違うとすぐに気付いた。いや、見せつけられた。

バラバラになった小さな爆弾が建物に、逃げ惑う人々に、突き刺さる。すぐに火が噴き出す。爆弾が刺さって即死して、そのまま燃える人もいる。或いは、燃えながらも死にきれずにのたうちまわってる人もいる。ここからじゃ見えないけど、きっと建物の中にも煙と炎に巻かれて苦しんでる人がいる。

ああ、くそったれ。こんなことがあってたまるか。

炎は次々燃え広がって、呉の街を呑んでいく。黒煙はまるであたりに無差別に撒き散らされる死を糧にして生きる不気味な魔物の様に蠢いて。俺のいるところからは、あの一帯だけ御伽話に聞く様な地獄に変わり果ててしまった様に見えた。

80機も襲ってきた中で、俺はほんの5機くらいしか墜とせなかった。電文や無線で仲間と連絡を取ることもできないから、正確なところはわからないけど、多分日向も榛名さんも、他の防空艦も、似たり寄ったりのところだったと思う。

敵が呉を蹂躙しきって引き返していった後には、もう街の面影もない、焼け野原しか残っていなかった。


 同じ月の下旬、敵機動部隊の電文を傍受した。曰く、近日中に呉在泊の艦隊を空襲する、とのことだ。呉に残ってるのは俺みたいに、廃艦待ちのもう動くこともないフネばかりだけど、空襲の度に対空砲火を撃ち上げられるんじゃ、目障りだったんだろう。数日間、いつ奴等が来るのかと緊張した日々を過ごした。

電文を聞いた日から四日が経った。その日、とうとう機動部隊の艦載機が飛んできた。艦攻、艦爆、艦戦、なんでもござれの大編隊だった。撃っても撃っても、減った様に見えない。墜ちていく敵より、奴等が落とした爆弾の方が、当たり前だけど圧倒的に多い。遠くの方に炎と黒煙が見えた。街が燃える時とはまた違う、艦が燃える時の炎。ああ、そう言えば、あっちには日向がいたはずだった。兄弟のそばにいることもできず、奴等に一矢報いることもできない。釣瓶落としに暮れていく日の様に、随分とまあ情けない最期だと思った。

この空襲はなんとか生き延びたけど、浸水が酷くなって、ドックに曳航されることになった。行き先は第四ドック。大和が使っていたドックだった。あの大きさの艦が入れるのはここくらいしかなかったから、普段は滅多に他の艦を入れないのに。あの日、呉を出ていくのを見送ってから、大和は二度と帰ってこなかったから、もうここを空けておく必要もなくなってしまったんだろう。


 数日後、曳航の作業中にまた敵機が来た。また艦載機の攻撃だ。もはや本土付近の制海権も失くした今、敵の空母は日本近海に張り付いているんだろう。きっとこの呉だけじゃなくて、どこもかしこも、奴等の手の届く範囲だ。

また爆弾が落ちてきた。避けることなんてできないし、爆弾そのものを迎撃することもできない。かと言って敵機を墜とすことも追い払うこともできないしで、もうなす術なんてなかった。砲身が焼け付くほど撃って、どこもかしこも壊れるほど撃たれて、ふと気が付いたら海面が喫水線よりも上がってきていた。傾斜して、沈み込んだ右側の艦底が砂地を踏む。大破着底、水深が浅いから体全部が沈まずに済んだだけで、沈没するのと何ら変わりはなかった。それでも、動力はまだ残ってるから、砲は撃てる。艦体カラダ中、無事なところなんてひとっかけらもないくらいになっても、こんな抵抗意味がないことがわかっていても、最後まで撃ちまくってみせた。その内に、一機 また一機と敵が翼を翻して母艦に戻っていく。はじめに飛んできた数からほとんど減ってない様に見える奴等を見送りながら、溜息をつく。奴等がいなくなったことへの安堵なのか、戦争に敗けた祖国に待ち受けるはずの未来への憂いなのか、もっと単純に疲れただけなのか、自分でもわからなかった。

全部終わった時には、砲塔は宙を睨んだまま動きを止めて、艦体カラダ全体が激しく燃えていた。特に二番砲塔にはまだ三式弾が装填されたままだったから、暴発するかもしれなかった。ちょっと考えて、呉の方へ向けて撃つ。あそこではあまりに多くの人が死んだ。その弔いに、せめてもの餞になれば…そんな気持ちだった。仰角はそのままで、砲塔がゆっくりと旋回して正中位置まで戻る。そこでちょうど動力が切れて、動きが止まった。今までなんとか繋ぎ止めてきた意識も、薄れてくる。やたらと眠くて、炎の熱さも海の冷たさも、わからなくなってきた。


 ……もし、扶桑兄達が見てたら、褒めてくれるのかな。あの二隻と同じ様に、俺も、日向も、最期まで諦めずに戦い抜いたから。

扶桑兄のことだから、どうせ子供扱いして『よくできました』とか言ってくれるかな。山城兄は…どうだろう。面と向かって言葉にはしてくれなさそうだけど。


ああ、なんだかやけに…懐かしい、な…




一九四五年七月二八日──戦艦伊勢 音戸町坪井沖にて大破着底、のち解体

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浪の隨、艦はゆく 青海⚓︎ @Oumi_sakuramochimochi

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