元練習戦艦と決戦兵器

 僕は、少し異質な戦艦だった。


兄様金剛と違って、完全に英国生まれではないし、弟達榛名・霧島と違って、完全な日本生まれでもない。
材料や部品を英国から持ってきて、英国の技術者の監督の下、日本で組み立てられた。
半端な生まれの戦艦だった。

だからなのかな。
僕は兄弟とは違う道を歩んできた。
条約の影響で戦艦を減らさなくちゃいけなくなった時、
僕は実働戦力から外されたんだ。
主砲を一基取り外して、兵装も簡略化して、戦艦としてはほとんど無力化された。
代わりに与えられたのは、練習戦艦と御召し艦の役割。
どちらもとても大切な仕事だということは、わかっているけれど。
それでも、兄様と、弟達と、後輩のみんなと、同じことができないのは正直少し悔しかった。
みんなが主力として改装を繰り返してどんどん強くなっていく中で、僕だけは相変わらず旧式めいた姿と、性能のまま。
戦わない戦艦に力は不要だけど、置いてけぼりみたいでなんだか、悲しかったなぁ。


 それが変わったのは、条約が失効して、世界の動きがきな臭くなってきた頃だった。
練習戦艦の任を解かれて、僕も艦隊に復帰することになった。
そこで兄弟と同じような改装をされることになったんだけど、僕だけ少し違うところがあった。
もちろん時期の都合上最新鋭の装備が積まれたこともあるけど、もっと違ったのは、艦橋。
今までの戦艦の特徴だった積み上げ式のパゴダマストじゃなかった。
装甲に覆われた、他に見ない感じの艦橋。
だから、他の金剛型兄弟とは素人目に見ても違う姿の艦になったんだ。
僕の艦橋がこうなったのは、新しく作られる、艦隊決戦の要になる超大型戦艦のモデル艦にする為だったらしい。
新しい強いこが造られるのは喜ぶべきことだけど、僕は結局兄弟と違うまま…いや、むしろ差が開いたように感じて少し寂しかった。
気にしないようには、してたけどね。
でも、僕がそういった寂しさを抱えてたからなのかな。
同じように、どこか周りに引け目を感じて、寂しそうな目をした君のことを、放っておけなかったんだ。


 あの日も、君は一人で、埠頭に座って夕陽を見ていた。
停泊中の艦内は、乗員のみんなが楽しそうにしているから居た堪れなくて。
でも他のみんな艦霊がいるところには、ちょっと気まずくて行きたくない。
だからひとりになれるここがお気に入りなんだ って君は言ってたっけ。

「やっぱりそこにいた」


そう声をかけたら、君はちょっと驚いたような顔をして振り返った。


「比叡お兄さま…」


所々朱い筋の入った真っ白な髪の毛に陽の光が反射して、キラキラしていた。
真っ赤な目を丸くして、どこか所在なさげに縮こまりながら僕を見上げる様子は、なんだか小さなウサギを彷彿とさせる。


「…みんなと一緒のところには行かないの? 」


ここに来るといつも投げかける問いをまた繰り返す。
君は俯いて、少し躊躇った後にぽつりぽつりと語り始めた。


「皆さんのことは…好きだけど、その、ちょっと気後れしちゃうんです。ボクは、皆さんとちがって平和な頃のこの国を知らないし、それ以前に世間のことも、よくわかりません。それに…ボクだけずいぶん年も離れてて、皆さんのこと自体よく知りませんから…」


しかも、ボクは他の戦艦に比べて、なんだか全然違う感じがするから って寂しげに笑っていた。
気後れ、か。
まるで僕みたいなことを言うなぁ、と思っていた。
でも確かに、君が造られうまれたのはこの太平洋戦争が始まった後で、それ以前はずっとドックの中にいた。
それも、厳重に警備されて、周りの景色なんて何も見えなかっただろう。
竣工した後も、機密保持のために君の存在は徹底的に隠されている。
だから乗員の上陸について行って街を見てみるなんてことも、できないんだろう。
だから平和も、この国の姿も、よくわからない。
よくわからないし、自分の目で見る機会は、きっとない。
だからこそ、それを直接知ってるみんなに引け目を感じているのかもね。
みんながずいぶん年上なのもそれに拍車をかけているのかも。
でもね…


「でもね、大和くん。そんなこと君以外誰も気にしてなんてないと思うよ? むしろ心配してるぐらいなんだから」


「……しんぱい…?」


意外なことを言われた、とばかりに辿々しく同じ言葉をなぞる。
そう、みんな心配してるんだ。
でも、君にどう接すればいいかわからないから何もできないんだよ。
だから、艦隊への復帰が君の就役とほんの数年しか変わらない僕が、まず話しかけてみようと思ったんだ。
ほら、歳は離れてるけど、軍歴で見ればあんまり変わらないでしょ?
君もそれをわかってくれたのか、はじめはずいぶん固くなってたけど、今ではちゃんと話してくれるようになったよね。


だからね、大和くん。
他のみんなとも、ちょっと勇気を出せばすぐ話せるようになるよ。
気後れなんてしなくなる……とは言えないけど。
だってそれは、僕自身まだ解決できてないから。
でも、その内に気にしてばっかりなのがバカらしくなってくるのも、確かだよ。
まだ難しいかもしれないけど、君もきっとわかるはず。

それをどう伝えようか。
僕はちょっと考えて、深呼吸して、それから君と目を合わせる。
どこか期待するような、それでいて不安げなその視線を受け止めながら、口を開いた。



「大和くん、あのね───

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