浪の隨、艦はゆく

青海⚓︎

六月、爆ぜる、馳せる思い

──戦艦陸奥に心あらば、必ず国防の重責を果たすだろうと思います。陸奥の心は、我々の心であります。どうか永い眼で……


 1921年11月22日。ぼくが竣工したのを、みんな喜んでくれた。世界最強の戦艦だ、国の誇りだって。造られている途中で、廃艦になりかけたから……もしかしたら、ぼくの建造に関わった人からすれば喜びも一入だったのかも。兄さんは勿論のこと、皇后陛下も、皇太子様も、軍人さんも、国のみんなも、喜んでくれた。


 
でも。でもね、ぼくは正直、ちょっと困ったんだ。だってぼくが竣工うまれなければ、アメリカとイギリスがあんなにたくさん強い戦艦を持つ事にはならなかったんだから。そう、 " 世界七大戦艦ビッグセブン "なんていなかったはずなんだ。アメリカにはメリーランドと、日本には兄さんだけ。その二隻だけで " 世界二大戦艦ビッグツー "にできたんだから。そうすれば、条約が続く限り日本はきっと手出しされなかったのに。



 でも結局、戦争は始まった。いや、寧ろこの国から、始めたのかもしれないね。…ねえ、不思議だと思わない?長門型ぼくたちがいる限り、世界最強に君臨し続ける限り、誰一人として日本に戦争を吹っ掛けることなんて出来ないだろうって、上の人たちは思ったんだよね。勿論ぼくたちも、そうであってほしかったよ。そうじゃなくちゃ、抑止力として生まれた意味がないんだからさ。なのに……こっちから始めちゃ、おかしいじゃないか。


どうしてかなぁ。唯の軍艦に判った事じゃないのかも知れないけれど、この国の行く末にどこか昏いものを感じたのは、きっとぼくだけじゃなかったと思う。



 ──でもね
罰当たりかも知れないけれど、ぼく、実はちょっとワクワクもしてたんだ。
今はその座を新しくできたこに譲ったけど、元は世界最強と呼ばれた戦艦長門型。今でも、旧式戦艦としては、最強の長門型ぼくたち。戦う艦としてこんなに強く造られたのに、今まで戦う機会なんてなかったから。


ほんの少し、ホントに少しだけだよ? 少しだけ、楽しみだった。



 同じ戦隊になることはよくあったし、交代で聯合艦隊の旗艦をやった長門兄さん。一緒に戦ったら、きっと楽しいんだろうなって。

だからあの日、あの時、修理を終えてそろそろ戻ってくるはずの兄さんに旗艦ブイを譲るため、移動しようとした時。


三番砲塔から噴き出てきた煙に、吃驚した。

いきなり頭が痛くなって、くらくらしてきて。ぼく、どうしちゃったのかなって。



 さっきまでね、すぐ近くに停泊してた扶桑さんとお話ししてたんだ。けどその時は、こんなの感じなかった。どんどん視界が暗くなっていって、端っこからかけていって……扶桑さんの焦ったような声を聞いた気がしたけど、ぼくはなんの返事もできなかった。それどころじゃなかったんだ。



 これは沈むなって、なぜか確信があった。あんまりにも急に終わりが見えて、動転してた。考えがまとまらなくて、ぐちゃぐちゃで。まだ死にたくないって思いだけが、ぐるぐる廻った。それなのにね、兄さんのことを思い出したら、不思議と冷静になれた。ぼくは兄さんにまだ何も返せてないな、って……。


 ほら、ぼくなんていつも助けられてばっかりだし、何かあった時の決断力も、到底敵わなかった。それに……まだ一緒に戦えてなかった。兄さんが困ってた時に助けてあげる事だって、まだ出来てない。それなのに、ぼくはもうあのひとの傍にはいられない。

悔しいなぁ、もっと隣にいたかったのに。

それが、それだけが…ぼくの唯一の心残りだ








──先に逝く不孝をどうか赦してね…兄さん長門

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