情報収集
ガーランドから買ったのは、潰れたギルドとその関係者の情報だ。
それを頼りに、僕はクーナと被害に遭ったギルドを訪れた。
「ここか……」
閉館されて間もないのか、小綺麗な施設の入り口に不動産屋の看板が掛かっているのが、妙に物悲しかった。
「このギルド、誰もいないみたい」
クーナは窓から中を覗いてそんな事を言う。
まだこの国の言葉に慣れていない彼女には、看板は読めないのだろう。
「ああ。ここもウチのギルドと同じで、詐欺被害を受けて潰れたギルドなんだ」
「……酷いね」
事情を理解してか、寂れた施設を見てクーナは憂う様な顔をした。
「ああ。人の物を騙し取るなんて最低な行為だ」
この街に住む冒険者として、そしてミニケの友人として、この問題には対処する必要がある。
ギルドから目を離し、周辺の酒場を探す。
冒険者を狙ってギルド周辺には飲み屋が集まるものだが、今は夕方より少し前という事もあって、ほとんどの店が閉まっていた。
「何を探してるの?」
「酒場だよ。昼間から営業していて、ヤケ酒をあおれるような場所」
「……辛いなら、話はクーナが聞くよ?」
心配されてしまった。
案じる様にこちらを見るクーナへ、そうではないと説明する。
「いや、僕じゃないよ。ありがとう。
ギルドマスターというのは、今の僕らと同じでギルドの施設に寝泊まりしている場合が多いんだ。そうでなくても、有事の際に備えて近くに家を構えているものだ。なら、潰れたギルドの周辺で酒場を探せば、ギルドマスターに会えるかもしれない。ここのマスターは相当な酒好きらしいからね」
ガーランドは冒険者としての経歴が長いからか、顔が広く、他ギルドの事情もよく知っていた。
そういった人柄的な話まで聴けたおかげで、この手の人探しがやり易くて助かる。
営業している酒場の窓から中を
雰囲気から見て、冒険者かそれに関連した職業の人間らしい。
「うーん、どうもそれっぽいな」
「レイズさん、行こう」
同じ様に隣で中を覗いていたクーナが、そう急かす。
ウチの助手は行動的で助かる。将来有望だな。
店に入って、カウンターに座った。男からは二席ほど空ける。ちょうど良い距離感を保たないと、人は警戒を解いてくれないからだ。
「ミルクを一つ。――クーナさんは?」
「クーナも同じものを」
「あいよ」
店主は注文を受けて、手早くミルクのグラスを二つ用意する。
僕らはそれを受け取って、口をつけながら男の様子を
猫背気味にカウンターで
それに、
「随分とやさぐれておいでの様だ」
「……」
男は沈黙したまま、僕の声掛けに反応すら見せなかった。
「そっとしておいてあげてください。辛い事があってね。連日この調子なんですよ」
代わりに、店主がそう話しかけてきた。
「"辛い事"というのは、そこの閉館したギルドの事ですか?」
「……アンタ、憲兵かい?」
男が枯れた声で、ぼそりとそう訊いてきた。
「いいえ。ただのしがない情報屋ですよ」
そう名乗ると、男は怪訝な顔をした。
「情報屋? 聞かねえな。情報を売り買いしてるってか?」
「ええ。ですから、貴方の情報を買い取らせていただきたいと思いまして」
ここぞとばかりに、カウンターに革袋を置く。中にはそれなりの量の銅貨を入れてきた。
金を前にした男は、一気に顔色を変えた。
「……店主、あれをくれ。酔い醒ましだ」
「了解」
男の注文を受けて、店主は用意したグラスに卵や辛味液やら、得体の知れないものを投入していく。心なしか、店主が楽しそうだ。
「うげぇ」
「クーナさん。だめだよ」
グラスの中に生成された漆黒の液体を見て、クーナが嫌悪感を示す。酔い醒ましなんて大抵あんなものだ。
男はグラスを受け取ると、躊躇なく漆黒の液体を飲み干した。それから一気に覚醒した様な顔をこちらに向ける。
あの毒液、本当に効果があるのか? とても試す気にはなれないが。
「ぷはっ……酒代の足しだ。愚痴を買ってくれるって言うなら、話してやっても良い。何が聞きたい」
「すっ、全てを。いったい、あのギルドで何が起こったのです?」
酔い醒ましに面食らって、少し噛んでしまった。
「経理担当に裏切られたんだ。長年雇ってやったというのにあの野郎、恩を仇で返しやがった」
手口はミニケの所と同じか。
「本来よりも多い支出で、少しずつギルドの金を横領していたんですね」
「そこまで調べが付いてるのか。まあ被害に遭ったところはどこもそうらしいしな。きちんと帳簿の内容は確認していたんだが、上手い事隠したものだよ。すっかり騙されたわ!」
「隠して……」
そう言われてみれば、妙な話だ。
金の流れを支配できているのなら、帳簿上にわざわざ記録する必要は無いだろうに。ミニケの所はどうして、ああも詳細に横領の内容が残っていたんだ?
疑問はいったん保留にして、質問を再開する。
「その経理担当は、その後どこに?」
「さあな。街をくまなく探したが、結局は見つからなかった。もうこの街にはいないかもな。あれだけ盗んだんだ。船に乗って何処へでも行ける」
「その人の名前は?」
「ローネだ。女だよ。俺より一回り若かったか」
同一人物を疑っていた訳ではないが、イーデスとは別人だ。
となると、詐欺グループが経理担当を引き込んで回っている可能性が高いな。
「……話は変わりますが、詐欺の被害に遭う前に、集団で冒険者が移籍してきませんでしたか?」
「ギルドは人の出入りが多いからな。なんとも。……いや、集団となると別か。確か、三年前だったかな。十人くらいで移って来たよ。元いたギルドが解散したとかで」
三年前というと、ミニケの所に冒険者たちが移ってきた時とも一致する。
「そのギルドの名前、憶えています?」
「ああ、覚えてはいないが……北皇大陸語だったのは確かだ。マスターかオーナーが北皇人なんだろうな。この辺じゃ珍しいから、なんとなく覚えている」
「北皇……」
少し気になる情報ではあった。
この街は様々な国と地域から人が集まる場所だが、北の大陸から来る人間というのはとにかく少ない。この国と北皇の国との関係があまり良くないというのがその理由だ。
そんな訳もあって、北皇人経営者の冒険者ギルドというのは、この街では非常に稀なのだ。
それと、関係は無いかもしれないが、先日クーナの件で揉めた相手も新参の北皇系マフィアだった。
ここまで大規模な詐欺だと、ああいう手合いが関係している可能性は除外できない。
「その辺りも含めて、調べてみるか」
調査の方針は立てられるが、未だに事態の見えない状態が続きそうだった。
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