クーナ汁と新たなる疑惑

 ギルドに帰ると、中は真っ暗だった。

 とっくに夕食も済ませて、真夜中と言って良い時刻なのだが、ミニケの気配はギルドの中に無かった。


「ただいま、ミニケ。いないのかい?」


 万が一の事を考えて、僕とクーナは得物に手をかける。

 瞬間、唐突に厨房の扉が開け放たれて、眩い光が僕らを照らし出した。

 扉の前に立つ人物の姿が、逆光でよく見えない。敵かと思って警戒もしたが、直後に飛んできた間の抜けた声で、僕らは一気に戦意を喪失した。


おふのひるどにボクのギルドにらんのようらのさー何の用なのさ!」


「うわっ、びっくりした」


 扉を開けたのは、ミニケだった。突然の奇声に、クーナが体を震わせる。


「んっ? ああ、らんだなんだれーずくんたつかーレイズ君たちかー


「ミニケさん、すごく酔ってない?」


 僕がそう訊くと、ミニケはヘラヘラと笑って酔っ払いの常套句を口にした。


ろってらいよー酔って無いよ


「だめだこりゃ。呂律が回ってない。何言ってるかさっぱりだよ。いったい、どれだけ飲んだの?」


らからだからろんでないってばー飲んでないってば


 ミニケはおぼつかない足取りで僕の元まで来ると、そのままもたれ掛かって来た。

 自力で立つ事も億劫おっくうな様なので、仕方なく体を抱きかかえてあげる。


 すると、厨房を覗いたクーナが声を上げた。


「うわぁっ! レイズさん、これ!」


 厨房の床には、空の酒瓶が数えきれないほど転がっていた。その内容物を全て足したら、バケツ一杯分くらいには、おそらくなるだろうか。


「なんじゃこりゃ……一体どこにこんなお酒、もといお金が」


おかれらんからいよお金なんか無いよ! おふがばからから僕が馬鹿だからいけらいんだぁーいけないんだ! うあああああああああん」


 僕の発言に感化されて、今度は泣き出すミニケ。


「ああ、よしよし。大丈夫。ミニケさんのせいじゃないよ。僕らがちゃんとそれを証明するから」


「そうだよ。クーナたちに任せて! 色々と聞いてきたんだから!」


 なだめようとすると、更に号泣が悪化していくミニケ。こうまで酔わないとやってられないくらい、辛かったのだろう。なんだか可哀想になって来た。

 問題を蒸し返したのは自分な訳だし、少し罪悪感がある。

 ミニケをあやしていると、今度はしがみ付いてきて僕の懐で泣きだしはじめた。


「参ったな。これじゃあ、今日のところは休ませてあげたほうが良いね」


「あっ! クーナに考えがあるよ」


 クーナは僕の困り様を見て、はたと手を叩いた。


「何かするのかい?」


「うん。ちょっと待っててね」


 そう言って厨房に駆けて行くと、しばらくしてグラスを抱えて戻って来た。


「レイズさん、これをミニケさんに飲ませてみて!」


 クーナが差し出したそれは、泥の様な漆黒の液体が満ちたおぞましい死の盃だった。

 部屋が暗いから黒く見えてるとかじゃないよねこれ。液体そのものが黒いんだよね?


「うっ―――それは!」


 僕は間違いなく、これに見覚えがある。さっき訪れた酒場で目にした、通称"酔い醒まし"だ!


「クーナ、記憶力は良いから、一度見たら何を入れてたかはバッチリだよ!」


 クーナは親指を突き立てて、自信満々に宣言する。


「いや、そう言う問題じゃ……」


 記憶力はともかく、それを知り合いに飲ませようという発想が恐ろしい。


「あん? あららしい新しいおらけお酒?」


 絶句している僕の戸惑いを余所に、酔っているミニケは差し出されたそれをうっかり受け取ってしまう。


「あっ、ちょっとミニケさん!」


「ぐっぷっぷっ―――ぷはぁ」


 止める間もなく、ミニケは漆黒の泥を一気に飲み干した。


「やっちまった!」


 飲み干しても意外にケロリとしているので大丈夫かと思った矢先、急にミニケが飛び跳ねた。


「ぎにゅあああああああああああああああ!」


 絶叫しながらミニケは厨房へ駆けて行く。途中、空瓶ですっ転んでいたが、お構いなしとシンクの方へ走って行った。おそらく水でも飲んでいるのだろう。そんな音がする。


「……何入れたの、クーナさん?」


「あはは……辛味液がちょっと多かったかもぉ」


 そんな事を言いながら、クーナは気まずそうに視線をそらした。




「ありがとう、二人とも。おかげで酔いが醒めたわ。はぁ、はぁ、辛っ」


 数分後、戻って来たミニケは涙目になりながら、そう言った。


「嘘だろ、本当に醒めたの!」


 確かに、さっきとは比べ物にならないくらい覚醒している。

 見た目はアレだが、効能は確からしい。もうこうなると、ポーションとかそういう類いの物なんだろう。


「クーナ汁、成功だね!」


 クーナも無事に済んでホッとしたのか、意気揚々とそんな事を言う。

 しかしその名付けはどうなんだ、クーナさん。


「それで、何か分かった?」


 ランプを囲んで椅子に座ると、ミニケは早速外回りの成果を訊いてきた。


「……分かった事はあるよ」


 ミニケの落ち込み様を見ているので躊躇ためらわれたが、今の彼女は意外にもしっかりした様子だった。


「聞くよ。今は、君たちがボクの仲間だ。君たちの言う事を、ボクは信じる。それが例え、受け入れがたい事でも」


 その意思を確かに受け取ったと頷いて、僕は成果を伝えた。


「同じ様に"ギルド崩し"の被害に遭ったギルドマスターの何人かに話を聞いてきた。手口は皆同じ。資産の管理をする人間を買収して、帳簿をいじっていた様だね。全てのギルドが、事件発覚後に経理担当と連絡が付かなくなっている。おそらく、標的にするギルドは経理を買収できるか否かで決めていたんだろう」


 出納係と浅からぬ関係にあるらしいミニケにとっては、酷な情報だろう。

 彼女は少し複雑そうにしながらも、静かに聞いていた。


「……そう。他には?」


「これも共通している事だけど、やはり三年ほど前に他のギルドから冒険者たちの集団移籍があった。少人数のギルドをあえて狙う事で、急な人員の増加に対して支出の大きな変動を誤魔化そうとしたんだろうね。もちろん、引き込んだ経理が裏切らないかの監視も兼ねていたんだろう。

 そして、ここからが重要だが。移籍元のギルドは誰に尋ねても同じだった。そのギルドの名は――」


「ミチリエーネス。北皇語の名前のギルドなんて珍しいから、覚えてるよ」


 ミニケが口にした名は、正しく被害者たちが口を揃えて僕らに話した名前だった。


「やはりそうか。ちなみに、そのギルドは確かに過去に存在し、そして一度無くなっている」


「"一度"という事は、今は在るんだね?」


「ああ。連盟の知り合いに登録書を見せてもらってきたよ。『ミチリエーネス』はマスターとは別にオーナーがいて、そのオーナーというのが北皇人だったらしい。海外から経営を委託される形で運営していたらしいんだけど、三年前に新大陸法の制定で制度が変わって、そういう形式で外国人が国内で営業する事が禁止になった。『ミチリエーネス』はその時に、行政の介入を受けて強制的に解散した。

 だが、その後にオーナーとやらがこの街に来たらしくて、直接経営する形で新しくギルドを建てている。それがここ、『吹雪の旗』だ」


 僕は連名の事務所からもらってきた、ギルドの登録書の一部を出した。流石に全ては持ち出せなかったが、旗のデザインくらいなら問題ないともらったものだ。

 冒険者ギルドにはそれぞれ、そのギルドを象徴するシンボルがある。


「このシンボルって―――」


「うん。この前、武器屋でミニケさんに酷いこと言った冒険者たちが付けていたよね」


 クーナが言った。僕は正直覚えていなかったのだが、クーナに武器を買ったあの日、絡んできた冒険者たちはこの図柄の腕章を付けていたそうだ。


「連中は役目を終えて、無事古巣に戻ったって事らしい。それから、これは確定事項じゃないんだけどね、ここのオーナーが北皇系マフィアと繋がっているみたいなんだ」


「じゃあ、あの詐欺集団は冒険者じゃなくて、本当はマフィアの構成員?」


「そこまでは断言できないよ。そもそも、彼らがこんな事をする目的が分からないからね。ただの詐欺にしては大規模過ぎるし、三年もかけて冒険者を演じ続ける手間を考えたら、詐欺にしては割に合わない。金が欲しければ、強盗でも良かったはずだ。

 そしてそんな手間を、仮にだけどマフィアがわざわざやる理由がさっぱりだ」


 結局のところ、この"ギルド崩し"の目的は分からないままだった。

 横領詐欺には違いないが、それは何か別の目的に付随するあくまでも副産物に思えてならないのだ。

 だが、その本命の目的というのが結局は分からない。

 僕らはそういう意味では、この事件の全体像を完全には把握できていない。


「事実は挙がってきても、それを一つにまとめる動機が分からない訳か」


 ミニケも僕らの報告を聞いて渋い顔をした。


「そう。継続的に調査は続けてみるけれど、おそらくすぐに結果は出ない。物騒な連中も絡んでいるみたいだから、慎重にいかないと。だから、ミニケさんには気を付けてほしい。今のところ僕が言えるのはこれだけだ」


「たった半日でここまでしてくれたんだ。十分すぎるよ。ありがとう、二人とも」


 ミニケはそう言ってくれたが、納得していないのは見ていて明らかだった。

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