悪事の痕跡

 ガーランドが帰った後、ミニケの事務所から帳簿を拝借して確認した。


「やはりそうか……」


 僕は経理の専門家ではないが、冒険者ギルドに勤めていた経験から見て、明らかに異常と見て取れる点が確認できた。


 帳簿の文字は途中から別人の物へと切り替わっており、おそらく後半はミニケが書いたものだ。

 前任者からミニケへと記録が移行する一か月前は、不正がピタリと止んでおり、意図的な誤魔化しがあるのは明確だった。


「クーナ、ただいま帰りました!」


 玄関扉が開かれて、大剣を斜めに背負ったクーナがご機嫌で帰還した。


「ただいま――って、どうしたのそれ」


 続いて玄関をくぐったミニケは、ロビーの中央で紙の束を広げている僕の姿を見て、驚いた。


「おかえり、二人とも。少し気になる事があってね。帳簿を借りているよ」


「気になる事って?」


「うん。実は、ミニケさんに話があるんだ」


 首を傾げるミニケへ、僕はガーランドから教えてもらった話を伝えた。


「――ギルド崩し……そんな物が」


「先日、喧嘩を吹っかけて来た集団がいただろう。彼らって、別のギルドから移動して来た冒険者じゃないかい?」


「確かにそうだけど……でも、あの人たちが移って来たのは三年も前の事だよ」


 三年なら大した期間ではない。このギルドの財産を、バレない様に根こそぎ搾り取るには十分過ぎる。


「言いにくい事だが、君は彼らに騙されていた可能性が高い。これを見てくれ」


 僕は八ヶ月前の帳簿のページを開いて、ミニケに差し出した。


「このギルドは武器や道具の購入に補助金を出していたね。例えば見てくれ。毎月武器の補助金と称して決まった額が出ている。おそらく、これはダミーだ。本当に武器を買っていると思われる月は、もっと多い金額が動いている」


「そんなはずない。だって、この帳簿は信頼できる出納係がつけていた物なんだよ」


 ミニケは頑なに否定する。その出納係によほどの信頼を寄せているらしい。


「……それでも、事実なんだ。僕は資金管理の専門家ではないけれど、冒険者を十年以上観察してきた。その経験から見て、この帳簿の内容は明らかに不自然なんだ。

 購入している備品の数もそうだが、怪我による医療手当の出方も多すぎる。毎日大ケガしてるのかってくらいにね。ケガなんかほとんど治癒魔法かポーションで治せるご時世だよ?

 冒険者の報酬分配の欄には30人分の名前があるが、税金の欄を見れば、このギルドに15人しか冒険者がいなかった事は一目瞭然だ」


 ここまで示すと、流石にミニケも沈黙した。彼女はひどく動揺した様子で、近くに在った椅子に落ちるように腰を落とした。

 露骨な異常まで見落としていたのだ。自分の失態としてもミニケには相当なショックだろう。


「"福利厚生で財源を圧迫"なんて随分ずいぶんと優しい言い方だ。これは紛れも無い横領と詐欺だよ、ミニケ。この帳簿をつけていた以上、その出納係も間違いなくグルだ」


「そんな……でも、イーデスは父の代からここで働いている人で……そんなはずは」


 残念ながら、僕はそのイーデスと言う人物を知らない。いくらミニケが信用していても、僕には証拠以上に信用できるものが無い。


「……そのイーデスという出納係がここを去ってからは、半年間キミが資金を管理していただろう。途中から字が変わっている。だから詐欺の証拠と言っても、四か月分の記録しか見る事ができていないんだ。これより前、昨年以前の記録を見られれば、もう少し全体が把握できると思うんだ。それによっては、僕の間違いを証明できるかもしれない」


 もしくは、僕の疑念を確定させるものか。

 動揺するミニケを行動させるには、少し酷いがこういう言い方を使うしかなかった。


「分かった。これまでの記録は、そこの部屋に保管されているはずだ」


 ミニケは立ち上がると、僕らを二階に連れて行った。二階は事務のエリアとなっていて、いくつもの扉が並んでいる。

 僕とクーナは数日前からここで過ごしているが、ほとんどの部屋にまだ入った事が無かった。


 その中の一室の扉を開いて、ミニケは中に入る。僕らも後に続いた。


「うっ、ホコリっぽい」


 閉じられた独特の匂いに、クーナが顔をしかめる。


「イーデスの事務所として使っていたんだけど、彼が退職してからはずっと空き部屋だったから」


 ミニケの言う通りずっと使われていなかったのか、机や棚はそのまま残されているのに、その全てがホコリをかぶって真っ白だった。


「退職理由は?」


「歳だよ。老いたから、奥さんとゆっくり過ごすって。貴方が言う様に、詐欺に加担するような人じゃないんだ。真面目で堅実な人だったんだよ」


「それでも、僕は事実だけを信じるよ。曖昧あいまいな情報は確定しないのが、僕の矜持だ」


 ミニケは僕の方を向いて、力なく微笑んだ。僕の頑なさに呆れている様にも見えた。


「そうか。そうだね。……あれっ? おかしいな」


「どうした?」


「無いんだよ。この棚に並んでいたはずなのに」


 ミニケが見ている棚には書物が入っていなかった。他の棚には書物が並んだままなのに、そこだけ不自然に空白が空いていた。


「ミニケ……」


「待って、今探すから」


 ミニケは焦った様子でそう返すと、部屋の中を探し始める。

 少し、落ち着くまで待った方が良いかもしれない。

 状況を急ぐあまり、ミニケの心情を考慮してあげられなかった事を、少し反省した。


「……少し出てくる。もう少し証拠が欲しい」


 ガーランドから潰れた他のギルドの情報も聞いているので、そちらも当たってみる事にした。


「あっ、クーナも付いて行く」


 クーナも空気の重さを察してか、僕について来ると言い出した。


「分かった。ボクの方でも、引き続き探してみるよ」


 ミニケはひどく落ち込んだ様子で、笑みを無理に浮かべながら、そう言った。


「ああ。帳簿じゃなくても良い。昨年以前の経済状況が分かる物があれば、なんでもいいんだ。無理はしないようにね」


「うん」


 どこか逃げるような思いだったが、このままミニケのそばにいても空気が悪くなるばかりと思い、一度切り替えるために僕は外へ出かけた。

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