初めての客と不吉な噂
クーナの為に購入した大剣は、大きさが大きさだけに調整に日数が掛かると言われた。
その間はダンジョンに潜ることはできないため、クーナへの指導や、情報屋ギルドの開設に向けて準備に走った。
準備と言っても、ミニケのギルドをそのまま引き継ぐだけなので届け出も必要なく、近所の酒場の掲示板にビラを貼らせてもらったくらいなのだが。
そうこうして数日が経ち、今日はクーナの装備の納品日だ。
今はミニケの付き添いで、二人はサザーランドの店に行っている。
僕は一人、ギルドで留守番をしていた。
「ようっ、邪魔するぜ」
唐突に、ギルドの扉が開かれた。開設を宣言してから初めての客なので、背筋が伸びる。
しかし、その客人の姿を見た瞬間、緊張は全て解けてしまった。
「ガーランドさん! ようこそ、いらっしゃい」
玄関に立つ初老の冒険者は、にこやかに手を挙げる。
彼は、僕が前に所属していたギルドで新人の教導官を担当している男だ。
今は一線を退いているが、歴戦の冒険者としてこの街ではそれなりの有名人だったりする。
「いやあ、お前さんがギルドを追い出されたって話を聞いて心配していたんだが、面白い商売を始めたそうじゃないか。酒場の掲示板で見かけてな。様子見に来たよ」
僕が用意した椅子に腰かけながら、ガーランドは笑ってそう言う。ビラの効果は早速出たらしい。
「ありがとうございます。その後、ギルドの様子はどうです?」
「ありゃ駄目だな。お前を追い出した件と言い、ギルドマスターの行動は目に余る」
ガーランドは途端に渋い顔をしてかぶりを振った。
「そんなに酷いんですか?」
「ああ、改革なんて言葉を並べて好き勝手さ。経費をとにかく削減するために、色々な物に手を付けて、片っ端から切って回ってるんだ。最近じゃ、鑑定部署を外部委託するとかって話が出ていてな。部署の連中はクビになるって冷や冷やしてるらしい」
「鑑定部署を
鑑定部署とは、その名の通りダンジョンでの取得品を鑑定する部署だ。
冒険者の仕事には不可欠な存在である。
「まったくだよ。改革するなら、まずは現場の仕事を学んでからにしろってんだ。あのマスターはただの知ったか馬鹿だよ。このままじゃ近いうちに潰れるかもな」
ガーランドは、勝手な憶測で根拠の無い話をするタイプではない。彼がそう言うという事は、それだけマズい状態という事だ。
「それは、穏やかじゃないですね。教導部にも影響が?」
「それはお前さんが一番よく知っているだろう」
「ああ、なるほど。なんだか申し訳ない」
僕が出て行って真っ先に影響を受けたのは、ガーランド率いる教導部だろう。
何せ、ダンジョンに対する知識を最も必要としているのは、冒険者の卵たちだからだ。
謝る僕に、ガーランドは大丈夫だと言葉を返す。
「それを責めに来たわけじゃねえよ。今までは、アンタの善意で情報をもらっていた事はちゃんと分かってる。それを売り物にしようって言うなら、対価を払う価値は認めているさ。ここは情報屋なんだろう?」
「あっ!」
客に言われて、ようやく自分の商売を自覚する。僕もまだまだ自覚が足りていないらしい。
「そこでだ。これまで提供してもらっていた一層の魔物の最新情報と、現在の一層の状態についてまとめた物をくれないか」
「ええ、それならすぐに。僕が辞めたのが急だったんで、もしかしたら必要になるかもしれないと思って、まとめておきました」
ガーランドが取りに来るかもしれないと思い、いつも通りにまとめた物を用意してあったので、それを渡す。
「助かる。……なるほど。やっぱお前の資料は読み易くて良いな。いくらだ?」
「あっ、いえ。それは元々タダで渡すつもりでしたから」
「はぁ……売れるものは売っとけよ。欲がねえよな、お前さんは。ほら、これでどうだ」
ガーランドが小さい革袋を机の上に置いた。中身はおそらく銅貨だろうか。重みのある音がした。
「こんなに? いや、いただけませんって」
「このくらいの価値を俺が認めてるんだよ。困るなら、料金表くらい作っとけ」
ガーランドの意志は固いようだったので、これ以上断るのも失礼だと思い、素直に受け取った。
「まあ、これまでタダでばら撒いていた物をいきなり売り買いする様になれば、反感も有るだろう。けどな、ほとんどの冒険者は、お前の腕を知ってる。
ダンジョンで俺達が見聞きした事を、それ以上にまとめて分かりやすく伝える腕がある。それは得難い技術だ。胸を張れよ」
「ありがとう。ガーランドさん」
なんだか
実際、どのくらいの価値になる売り物になるかは分からなかったが、買い手側にそう言ってもらえるとありがたい。
冒険者はそもそもダンジョンに潜って僕と同じものを見ているはずなので、それを精細にまとめたところで、金をかけるほどの価値になるかは、自分でも未知の部分だった。
ただ、その価値があるだけの物を用意している自信はある。でなければこんな商売始めない。
「おうっ、それじゃあな。そろそろ職場に戻らねえと」
ガーランドは席を立つ。忙しい身分なので、ゆっくりもしていられないのだろう。
「ああ、一つ言い忘れていた事がある。もう知っているかもしれないが、一応冒険者ギルドとしてやっていくなら、ギルド崩しに気を付けろ」
見送ろうと玄関先までついて行くと、ガーランドは唐突にそう切り出した。
「ギルド崩し?」
「なんだ。知らないのか。ああ、いや。昨晩通達されたばかりだったか。じゃあ、お前さんが知る訳ねえな。
最近、冒険者ギルド相手に詐欺紛いの事をしている奴らがいるらしい。それで損失を被ったギルドが結構あるらしくてな。なんでも、経験者として他所から移って来た冒険者の集団が、連盟の規約を盾に福利厚生で財源を意図的に圧迫していくんだと。
何とも間抜けな話だが、まあ、気づかれない様にやるっていうのがプロなのかもな」
ガーランドの話に、僕はとても興味を惹かれた。
浮かぶのは、このギルドの事。先日から引っかかっていた違和感が、これで解消されるような予感がした。
「……ガーランドさん。報酬はお支払いしますので、少しお時間をいただけませんか?」
僕はガーランドから情報を買う事にした。
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