クーナの買い物
今日はクーナの探索道具と装備を揃えるために、買い物に来ていた。
こうして買い物の為に街に繰り出すなんて行為も初めての事らしく、クーナはご機嫌だった。
「武器~回復薬に~アイアンメイル~♪」
スキップを踏みながら、クーナはそんな奇怪な歌を口ずさむ。
その微笑ましい様子に、ミニケも緩んだ顔をしていた。
「クーナちゃんご機嫌だねぇ」
「てか、なんで貴方まで付いて来てるんですか」
「そりゃあ、我が新生ギルド最初の冒険者であるクーナちゃんに、装備品を支給するために決まってるじゃないか。ギルドマスターとして、今日はボクが出資するとも。
ロリっ子とのデートを邪魔されて、レイズ君は気に入らないかもしれないが、今日は両手に花とでも思ってくれたまえ」
「ねえ、それまだ引きずってるのかい?」
ミニケはどれだけ僕をそっち系の人にしたいんだ。街のど真ん中で、他人に聞かれたらどうするんだよ。
「さぁ、今日はジャンジャン買い物するぞー! 私の奢りだぁー! 遠慮するなよクーナちゃん!」
「おー!」
ノリノリだな、この二人。
「おい、聞けよ。というか、僕は新人冒険者の枠には入らないのかな?」
「いやいや、レイズ君は共同経営者だから」
確かにそういう話でまとめたな。という事は、自分の分は自腹か……。
「はははっ、なるほどね」
懐の寒さを憂いていると、ふと初歩的な疑問に立ち返る。僕だけじゃなくて、この人もお金なくない?
「と言うかミニケさん、そんな余裕あるの?」
「ギルドマスターに二言は無いよ。確かにちょっと厳しいけど、投資と思えばね」
良く見るとミニケはちょっと涙目だった。無茶しやがって。
まあ、経営者としての意地とか矜持みたいなものなんだろうし、こっちも今後の仕事で還元していくつもりだから、今日は彼女に華を持たせてあげよう。
「で、どこに行くか決めてるの?」
ミニケの問いに、僕は行く予定の場所を挙げていく。
「一応、武器と防具はサザーランドの所。道具類はマーシ婆の店。ポーション系はロネス工房だな」
「高級過ぎず、安過ぎもせず、良心的な値段と確かな品質で有名な所ばかり。さすが情報屋を名乗る程の事はあるね」
ミニケは感心した様子でそう言うが、まともな冒険者なら命を預ける道具の事は流石に調べるものだ。
「解説どーも。けれど、そこはさすが冒険者志望と言ってほしいね。これくらいは常識だよ」
「でも、ウチの連中……"元"ウチの連中は、使えれば何でも。安ければいいとか言って、結構安価な店で買っていたよ」
「そういう冒険者は二層くらいまでしか行かないんだろう。僕らは六層を当然目指すからね。装備品には命を懸ける。ちゃんとした物じゃないとだめだ」
浅い所までしかダンジョンを潜らない冒険者なら、ほとんど道具は使わない。その分稼ぎも少ないわけなので、そういった店に頼らざるを得ないのだろう。ただ浅い層の探索は依頼も多く、命の危険が少ない利点もある。
結局こういうのは、自分に適したものを選ぶのが一番だ。
僕らが最初に向かったのは、鍛冶屋の立ち並ぶ鍛冶屋街の一角だ。ここに僕が
「やあ、どうもおやっさん」
店に入って声をかけると、カウンターで暇そうにしていた店主がにこやかに応対してくれる。
「おう、レイズか。得物の手入れかい?」
「いや。今日は連れの買い物なんだ。自由に見させてもらうよ」
「その嬢ちゃんにか。それなら――って、目利きのアンタに俺の助言は要らないか。好きに手に取って見てくれ」
「ありがとう」
この店主は名をサザーランドと言う。腕の良い鍛冶師と評判で、彼の武器を愛用する冒険者は多い。
クーナは力が有り余っているタイプなので、耐えられる頑丈な鋼でないと駄目だと判断して、この店を選んだのだ。
「レイズさん、クーナにはどんな武器が良いかな?」
クーナはそわそわしながら、訊いてきた。初めての得物を買う時、冒険者はみんなこうなる。楽しくて仕方ないのだ。
「そうだね。クーナさんは小柄だけどパワータイプだから、メイスと盾の構成とかどうだろう」
「メイスはこれだね。……って重っ!」
メイスを手に取ったミニケが、その重量に苦い顔をする。
ところが受け取ったクーナの方はと言うと、片手で軽々と振り始めた。
「そうかな? 軽すぎて飛んで行っちゃいそうだけど」
「わー、クーナチャン、スゴイネー」
自信喪失といった顔で、苦笑いを浮かべるミニケ。
「なんで片言なんだい。まあ、気にする事は無いよミニケさん。クーナさんは色々規格外だから」
ギルドマスターも一応戦闘できないといけない事になっているので、冒険者としての実力を求められている。
そのあたり、ミニケは細身で重量武器向けの体格じゃない事もあって、自分より小柄なクーナがこんな風な事に、何かプライドとか色々傷ついたのだろう。
「はははっ、情けないっす」
僕のフォローをそんな風に、冗談ぽく笑って返す。切り替え速いな、この人。
「でも、軽すぎるのは打撃武器にとっては致命的だね。それなら僕と一緒でショートソードなんてどうだい?」
メイスの軽さにやや不満顔のクーナからメイスを受け取って、棚に戻した。
軽くても問題無い武器となると、突いたり切ったりする系統だろう。あんまり刃が大きいと、やはり重量で叩きつける事になってくるので、斬りつける事に特化したショートソードという選択肢を提示した。
盾を持った敵にはそれでも打撃を要求される武器だが、クーナの怪力ならそもそも何を使っても圧し負けはしないだろう。
「……」
剣の棚に行くと、クーナの姿が無かった。
店を見回すと、クーナはじっと無言で壁際の一点を見つめていた。
「クーナさん?」
クーナは壁際に歩いて行き、そこにある
「店主さん。これって、売り物?」
サザーランドを含め、僕ら三人は唖然としていた。
彼女が指さしたのは、超巨大な剣だったからだ。
その刃渡りはクーナの身長とほぼ同じくらいで、幅は30センチは有るだろうか。
「ふっ、あはははははは! 嬢ちゃん面白れぇな。それは残念ながら非売品だよ。一昨年の鍛冶屋街祭りのイベントで鍛えた『巨人の剣』だ。材質は確かに普通の剣として作ってあるが、そんな物持てる奴は、この世のどこにもいやしないよ。いくら力が有り余ってるからって、嬢ちゃんの細腕には荷が重過ぎる」
サザーランドは冗談だと思っているらしく、大笑いした。
彼女の怪力を知っている僕だけが、クーナが本気である事を理解していた。とはいえ、まともな選択とはあまり思えない。
「クーナさん、流石にそれは……って、もう持ってるし」
僕が止める前に、クーナは既に剣の柄を取って持ち上げていた。しかも片手である。
「そっか。残念。ちょうど手に馴染む感じなのに」
残念そうにするクーナと、腰を抜かす勢いのサザーランド。
「おっ、おおおっ、おいっレイズ! こっ、この嬢ちゃん何者だ!」
「力自慢の
「初めまして。クーナです」
クーナは剣を持ったまま、頭を軽く下げてサザーランドに名乗った。
それでも重心を崩さないクーナの様子に、サザーランドも妙なスイッチが入ったらしく、にやりと笑い返した。
「竜種の血脈か。なるほど。おもしれぇ。嬢ちゃん、流石にここじゃ狭いから表で素振ってみ。嬢ちゃんにならその剣、譲っても良いぜ」
「本当に! ありがとう、店主さん!」
店主の了解をもらったクーナは満面の笑みを浮かべて、トコトコと店の外へと走って行った。
「ああっ、クーナさん待って」
ミニケと二人で慌てて後を追いかけると、クーナが店先で剣を振るっていた。
「えいっ、やあっ、とうっ!」
片手と両手で柄を持ち替えながら、器用に、そして軽々と身の丈もある大剣を振り回すクーナ。
剣の迫力もあって、その演舞にも似た試し振りは見事な物だった。
「問題なさそうだね。重心がしっかりしてるよ」
ミニケも圧巻の表情で、クーナの実力を評価した。それは僕も同じで、
「僕は、クーナさんの力を過小評価していたのかもしれない」
抱いた感想はこれに尽きる。
気づけばクーナの周囲には観客が集まり、いつの間にか人だかりができていた。
「サザーランド、なんじゃこれは!」
「おうっ、装丁屋のジジイ! 見ての通りだぜ。巨人の剣を軽々と振るう竜人様だ。面白くなって来やがった!」
なんか、同業者らしい爺さんとサザーランドが互いに親指を突き立て合っている。何をする気だおい。
「野次馬が増えて来ちゃったね」
戻って来たクーナが、若干戸惑った様子ではにかんだ。
「まあ、こんなに目立つ見世物はなかなかないよね」
クーナにタオルを差し出しながら、ミニケも苦笑気味にそう返す。
野次馬の中にいた同業者達と話し込んで戻って来たサザーランドが、早速商談を僕に始めた。
「それでだ、レイズ。あの剣は武器として使える様に、こっちで一旦預かって調整させてもらう。鍛冶屋街の連中も乗り気でな。調整の代金はこっちの趣味って事で省かせてもらうから、本体の代金だけ用意してくれ」
「それって、いくらになるんだい?」
サザーランドは片手を開いて突き出す。五本指が立っているということは――
「500金貨?」
「いや、5000金貨だ」
「ごせっ――ゴフッ!」
後ろでむせる声がした。誰かは言うまでもない。
「あー、今日の支払いはそこのお姉さんだから。防具の分と合わせて諸々その人に請求して」
僕は後ろにいるミニケを指さした。サザーランドはすぐさまミニケの元へ移動する。
「まいどっ!」
「そんな殺生な! あっ、そうそう。共同経営者なんだから、レイズ君にも出してもらおうかな、なんて……」
「ギルドマスターに二言無し、でしょ?」
「うにゃあああああ! ボクのバカぁぁぁぁあああああ!」
ちょっと意地悪すると、ミニケは頭を抱えてしゃがみ込んだ。あれだけ堂々と宣言した後じゃ、仕方ないよね。まあ、半分と言わず出すけども。
僕らがそんな風にじゃれ合っていると、あまり気分の良くない調子で声をかけられた。
「おいおい、誰かと思えばギルドマスターじゃないですか。いや、"元"でしたね」
突然現れた冒険者らしき男たちが、挑発的にミニケへそう発する。
「おや、キミたちか。ギルドを出て行った君らがボクに何の用だね。生憎と今は新人の買い出しに付き合っている最中でね。忙しいんだ」
ミニケは立ち上がると、気丈な目で冒険者たちに言葉を返した。
言われてみれば確かに、冒険者たちの中の一人に覚えがある。僕が初めてミニケのギルドを訪れた時、すれ違った男だ。彼らはミニケのギルドのメンバーらしい。
「新人だって? 潰れたアンタのギルドに? ハハハッ、冗談だろう」
一人がそう返すと、冒険者たちは一斉に声を上げてミニケを嘲笑った。
知り合いが馬鹿にされて、平静でいられるはずもなく、僕はミニケと冒険者たちの間に割って入った。
「
「レイズ君……」
振り向くと、ミニケは申し訳ないという顔で、しょぼくれていた。大丈夫だと、頷いて正面に視線を戻する。
「ほう。何をするってんだ? お前分かってるのかよ。そいつはギルドを潰したヘボ経営者なんだぜ。そんな奴のギルドに入ったって―――」
「口を閉じなさい」
憤った様な少女の声が、冒険者の言葉を遮った。
それは意外な事にクーナで、殺気にも似た威圧感を漂わせながら大剣を担いでいた。
「聞こえなかった? 今、私の
「なっ、なんだこのガキ!」
クーナが僕の横に立つ。僕ら二人……というよりもクーナに睨まれて、冒険者たちは狼狽えた。
確かに今の彼女はなかなか怖い。
「……クーナさん、やっちゃっていいよ。新しい武器は試し切りしなくちゃね」
「うん。そうだね」
僕の冗句に乗っかって、クーナはさわやかな笑顔を浮かべる。
「よっ、用を思い出した。今日の所はこれで!」
冒険者たちは怯えながらそう言って、一目散に逃げて行った。
すでに散らばり始めていた観衆の間から、拍手が起こる。夢中で気づかなかったが、今のやり取りを見られていたのか。面倒な噂にならなきゃいいが。
「……ありがとう、二人とも。なんか、嬉しいな」
振り向くと、ミニケは少し涙ぐんで嬉しそうに微笑んでいた。
「仲間だろ」
「そう。なかまなかま!」
僕とクーナがそう言うと、ミニケはまた「ありがとう」と言って笑った。
それを見ていると、どうにもこの件が思っていたほど単純な話ではなさそうだという考えに至った。
ミニケの経営ミスでギルドが潰れ、冒険者が出て行ったと思っていたが、それにしては雰囲気が違う。あの冒険者達からは、昨日のマフィアたちと同じ、企みの匂いがする。抽象的だが、悪人の気配とでも言うのだろうか。
あくまでも僕の直感なので、根拠は無く断言はできない。
彼女に、その辺の事情を詳しく聞いてみるべきかもしれない。
「どうしたの、そんな深刻な顔をして」
ミニケが心配そうにしていたので、茶化して誤魔化した。
「いや。ウチのギルドマスターは、こんな高い武器を自腹切ってくれる超良い人だし。文句なんか無いよなって思ってさ」
「本当だね!」
冗談か本気か、クーナがそう相槌を打つ。
「おうふっ……流石にそれはお慈悲を―――」
ダメージを受けた様に仰け反ったミニケを見て、クーナが可笑しそうに笑う。
その後一日は、なんとも平和な時間を過ごしたのだった。
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