フルシの誤算
ダンジョンの深層部で、フルシ達は探索を行っていた。
迫りくる虫型魔物の群れを前に、エルドラが火炎魔法を唱える。
「≪フレル・フレイ≫!」
エルドラの手から扇状に放たれた火炎放射が、広域に渡って魔物たちを焼き尽くす。
魔法が止むと同時にフルシが剣を構えて突っ込んだ。虫たちの屍を踏みつけて、その後方にいた女王虫の首めがけて剣を振り下ろす。
スキルの力が乗った一撃で、丸太の様に太い女王虫の首は、あっさりと斬り落とされた。
「ふん。雑魚どもが。やっぱこの辺りじゃ魔物は敵じゃないな。そら、ちゃっちゃと行くぞ」
フルシは剣の血を拭って鞘に納めると、パーティーの面々を急かす。
「まっ、待ってください。まだ書き終わってなくて」
ロネットが焦った様に手帳へ書き込みをしながら、返した。
今日の探索は回復役が必要なほどの戦闘にはならないと判断したフルシが、手の空いたロネットに記録係を押し付けているのだ。
「チッ――相変わらずとろい奴だな。記録に専念していてもそれかよ」
「すみません……」
エルドラはロネットが不憫で、それとなく助け舟を出した。
「少し休みましょうよ、フルシ。いくら三層とはいえ、侮っていると痛い目を見るわ」
「はぁ――じゃあ、ロネットが終わるまでな」
フルシは呆れた様にため息をついて、近くの岩に腰かけた。
どうにもフルシは何かを焦って、急いている様だとエルドラは感じた。
そもそもに彼女が妙だと思っているのは、今日の探索場所である。
本来なら、現状最も深い第六層と呼ばれるエリアが、フルシのパーティーの担当とされている区域である。
しかし、今三人がいるのは第三層。中級の冒険者が探索するような区域で、実力のあるフルシ達が探索するほどの危険度は無い場所だった。
狩場争いを避けるため、ギルドでは強制ではないものの、実力に見合う場所での探索を推奨されている。
「ねえ、どうして今更になって三層の探索なんて始めたの?」
エルドラの問いに、フルシは厄介事を抱えた様な深刻な顔をした。
「お前はまだ聞いていなかったか。昨日ギルド連盟から通達があってな。近々、国の方で大規模な探索隊を組むらしい」
「国の探索隊? なによそれ」
「領主様の……いや、正確にはその息子の道楽さ。冒険者の真似事でもしたいんだろう」
「なるほどね。それで、一応ギルドのトップである私たちが、案内役に付けられると。だから貴方、昨日はレイズさんに詰め寄ってまで記録を取り返したがったのね」
状況を察したエルドラの言葉に、事態が呑み込めていないロネットが首を傾げる。
「どういう事です?」
「お前、何年冒険者やってんだ?」
「す、すみません……」
察しの悪い部下にため息をつきながら、フルシは説明する。
「はぁ――今日みたいに、俺達だけで探索する分には、ヤツの記録なんか無くても問題ないんだ。何年も潜っている経験があるからな。別に細かく手帳に書き込まなくたって頭の中に入ってる。
だが、素人はそうはいかない。国の探索隊と言っても、地上での戦闘経験しかない騎士連中だ。ダンジョンでの戦いは、地上とはわけが違う。大軍を率いて来るとなれば尚更、不測の事態がおっかない。
だから、大人数相手にも一目通しただけで済む、情報源が必要になるんだよ。全員で共有できる確実な情報がな」
「口頭で説明するわけにはいかないんですか?」
ロネットのその指摘には、エルドラが答えた。
「フルシは責任を取りたくないと言っているのよ。ちょっとした言葉で、認識の行き違いを起こす事だってある。私たちみたいに少人数で、しかも長年やっている間柄ならそれでもフォローできるけど、騎士団相手じゃそうもいかないでしょう? だから、いざって時に私たちのせいにされない様な保険をかけたいのよ」
「まあ、言ってしまえばな。ただ、それだけって訳でもない。最近、三層の様子が変わってきてるって話を聞いてな。今日は少し様子見も兼ねている」
閉鎖されたダンジョン内の環境は、魔物の影響によって大きく様変わりする事も多い。
以前探索した記憶だけを頼りにすると、変化後の同じ場所を探索していても立ち行かない事があるのだ。
要するに、国の探索隊がやってくる前の下見という事である。
「言われてみれば確かにね。魔物が以前より狂暴になっている気がするわ。それに、ここってこんなに緑豊かだったかしら?」
周囲の景色を見渡して、エルドラが頷いた。
彼女の漏らした疑問に、フルシも同意する。
「ああ。それは俺も思っていたよ。だが、ここ最近≪木属性≫の大型魔物の話は聞かないからな。たぶん大丈夫だろう。討伐系の依頼も見かけてないしな」
ダンジョン内の環境変化はほとんどの場合、新たにその区画に現れた魔物の影響によるものが大きい。
そういった魔物は、環境を変化させるほどの力と影響力を持つ事から危険視され、発見され次第、冒険者たちの間で注意喚起を兼ねた噂になるものなのだ。
それが深刻であれば、正式に討伐依頼としてギルド連盟から賞金がかけられる。
「フルシ様、終わりました」
ロネットが記録をつけ終えて、慌てて立ち上がる。
フルシは活を入れる様に膝を叩いて、立ち上がった。
「よし、じゃあ進むぞ。上からお呼びがかかるまでに、三層の補足事項はきっちりまとめるんだ」
「が、がんばります」
責任重大な記録仕事を押し付けられたロネットは、緊張を
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