奴隷の少女を引き取る事になりました。

 露店の店主は憲兵隊の指揮官の一人で、名をデイビスと言った。

 どうやら、憲兵隊は以前から地下のオークション会場を監視しており、今日突入する準備をしていたのだという。

 そんな所に僕が突入してしまったものだから、憲兵隊の方でも色々と混乱が生じたそうだ。

 という訳で、僕は憲兵隊の拠点に連れていかれた後、デイビスからお小言を貰う羽目になった。


「止めとけよって言ったのに、独りで行っちゃうんだもんなー。突入の直前だから焦ったぜ。まあ、結果的に君がカリアビッチの注意を引き付けてくれたおかげで、奇襲には成功したんだけどな。本人は取り逃がしたけど、地下オークションに参加していた悪い金持ち連中はたくさん捕まえたぜー」


 どこか冗談めかして、デイビスは笑ってそう言った。彼はなんとも陽気な男だ。


「はあ、すみませんでした。なんか、邪魔しちゃったみたいで」


 意図していなかったとはいえ、邪魔してしまった事は事実なので、謝罪はしておく。

 デイビスの計らいで、僕の行動についてはお咎めなしという事になったので、このくらいはしておくべきだろう。


「いいさ。憲兵としては、君の行動に苦言の一つでもしなきゃならないんだろうけどな。ただ俺個人としては、この街の平和を守る一人の人間として、お前さんの行動には敬意を払うよ。無関係な子供の為に、命までかけたアンタの志は立派だよ。ただ、やり方は考えろよな。相手はマフィアなんだぜ。あれじゃあ、命がいくつあっても足んねえよ」


 呆れ笑いを浮かべて、デイビスは言う。


「以後気を付けます。ところで、あの子はどうなるんです?」


 クーナの事が気になって尋ねると、途端にデイビスは渋い顔をした。


「ああ、その事なんだがな。――あの子連れてきて」


「了解です」


 デイビスは近くにいた憲兵に、誰かを呼びに行かせた。言い方からして、おそらくクーナだろう。


 本来なら、こうした事件で保護された奴隷には、役所が保護して元いた国に送り返すなどの支援措置が取られる事になっている。

 わざわざ僕に引き合わせる必要も無いとは思うのだが、何かあったのだろうか。


「……何か問題が?」


「問題って言ったらそうなんだけどな。あの子、竜人ドラゴノイドだろ? 役所連中が引き受けたがらないんだよ」


 デイビスは苛立ったようにそう答えた。その反応から見て、彼自身もクーナへの措置が不服なのだろう。

 それも当然。おそらく、役所が彼女の身柄を引き受けない理由はひどく理不尽なものだからだ。


では、無いからですか?」


 僕の予想に、デイビスは頷いた。


「まあ、そうだろうな。竜人ドラゴノイドはその希少さ故に、未だに不明な点が多い種族だ。世間一般じゃ、ゴブリンなんかと一緒で魔物扱い。アレを人と認めている国は、中つ国と東の最果てにある島国くらいなものだ。うちの国じゃアレは魔物って事になるから、奴隷用の支援公助は適用できないんだと」


「それじゃあ、あの子はどうなるんです!」


「それなんだがな。持て余してるんだよ。だから、お前さんがどうにかできないか?」


「持て余してるって、そんな物みたいに。貴方たちそれでも―――」


 そう言いかけると同時に、視界の端にクーナが現れた。

 憲兵に連れて来られた彼女は、子供らしからぬ悲壮感を帯びた暗い顔をしていた。

 その両手は服の裾を強く掴んでいて、ひどく辛そうだ。

 彼女は、自分が大人たちに面倒ごととして扱われているのを理解しているのだろう。


 その姿がなんだか、昔の自分と重なった。

 身寄りも無く、悪評の付いた自分を、大人たちはゴミの様に扱った。

 先代のギルドマスターが拾ってくれなかったら、きっと僕はその時の怒りを抱いたまま大人になっていただろう。

 今、その恩を返す時が来たという事だろうか。


 助けると決めたのなら、最後までそうするべきだ。

 僕はクーナの元へと歩いて行き、彼女の前で膝をついた。そこまで彼女の背は低くも無いが、見下ろすよりかは良いと思ったからだ。


「……事情は、この人たちから聞いた」


 クーナはどこか冷めた口調で言った。彼女の思っている事が、よく分からない。

 それならなおさら確かめてみるべきだろうと、手を差し出した。


「なら、話が早い。僕と一緒に来る気はあるかい?」


「いいの?」


 クーナは少し驚いた様子で、聞き返してきた。


「ああ。もちろんさ。僕は君を見捨てない。絶対に」


 それは、自分自身へ向けた決意の誓いだったのかもしれない。

 クーナは暗い顔色を一転して輝かせ、僕の手を両手で取った。 


「あっ、ありがとう! よろしくね! 私、クーナって言うの!」


 それはとても希望に満ちた明るい笑顔で、僕はそれを見てようやくホッとした。


「僕はレイズ。よろしくね、クーナ」


 僕らのやり取りを見ていたデイビスが、やれやれと言いながら口を開く。


「これで一件落着かな。カリアビッチの方は任せておいてくれ。街の警戒は強化しておくから、お前さんにこれ以上迷惑は掛からないと思うぜ」


「さあ。それはどうでしょうね」


 僕が彼とクーナを巡って駆け引きをした事を、デイビスは知らない。

 カリアビッチは必ず僕の所にまた現れるだろう。

 そんな面倒ごとの予感を感じつつ、僕は苦笑いで返すしか無かった。

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