交渉

 二人組の後をつけていくと、彼らは運河の縁へと降りてそのまま橋の下に姿を消した。


「地下に何かあるのか?」


 音を立てない様に注意しながら後を追いかけると、橋の下の陰に鉄の扉を発見した。

 自重で閉じかけていたので、隙間を縫う様にして中に入り込む。


 細長い通路がしばらく続き、急に明るい部屋に出た。

 そこは地下とは思えないほどしっかりと内装が施された一室で、高価そうな品物が所狭しと置かれている。

 おそらくは、オークションに出品する品を保管しておく部屋なのだろう。

 という事は、この奥で闇オークションをしているのか。


「こんな所に……」


「おらっ、大人しく檻に入っていろよ」


 声がした方向を見ると、ひと際巨大な鉄の鳥籠が置かれていて、さっきの男たちが籠の中にクーナを放り込んでいた。

 こっそりと背後から近づいて、男の一人を襲撃した。


「あぐぁっ!」


 後頭部を殴った男は、悲鳴を上げてそのまま昏倒する。


「おっ、お前はさっきの―――!」


 もう一人もすぐに組み伏せて気絶させた。

 ぶっ殺すなんて威勢の良い事を言っていた割には、大したことなかったな。普段から魔物と戦っている冒険者の方がはるかに屈強だぞ。


「口ほどにも無い。僕は冒険者の中じゃ弱い方なんだよ――って、聞こえてないか」


 気絶した二人の事は放っておいて、クーナを救出する。


「今、出してあげるから」


「はぁ、はぁ―――体の奥が、痛くて苦しいの。助けて……」


 籠の中でぐったりとしているクーナは、消えそうな声で息を吐く様に言った。

 彼女の首筋には、魔法の刻印が禍々しく光っている。


「拘束魔法か。今時こんなものを……」


 奴隷に絶対服従を強いるための命令魔法の一種で、それに逆らおうとすると長時間苦痛に苛まれるのだと聞いた事がある。奴隷制が廃止されているこの街では、当然違法な魔法だ。


 クーナを背負って籠を出た瞬間、部屋の中に複数の黒服の男たちが入って来た。彼らは魔法を片手に構えて、僕たちを取り囲む。


「おっと、そこまでだ。それ以上うちの商品に触らないでいただきたい」


 そう言って現れたのは、高価そうな白いスーツに身を包んだ異人の男だった。おそらく、この連中がオークションで奴隷を売っているというマフィアなのだろう


主催者ボスのお出ましか」


「動くなよ。うちの部下は全員魔法使いだ。妙な事をすれば、一瞬でハチの巣だ。どうやってここへ来た? 金目的のコソ泥か?」


「僕かい? 通りすがりの善良な市民だよ。街中で女の子が誘拐されている現場を目にしたら、追跡する人間なんて、この街にはいくらでもいるよ」


 そう返すと、男は僕が気絶させた二人を見下ろして、不機嫌そうに顔を歪めた。


「ふんっ、馬鹿どもが。あれだけ目立つなと釘をさしたのに……お前も相当な馬鹿だがな。仲間も連れずに単独で乗り込んでくるなど、正気とは思えん」


「かもしれないね。事前準備も無しに動くなんて、僕の柄じゃない。でも、今回のは流石に見過ごせなかったから仕方ない」


 普段ダンジョンの中でなら無謀な行動は絶対に取らないが、目の前で子供が悪漢たちにさらわれそうになっていたら、流石にそうも言っていられない。

 まあ、その結果こういう窮地に立たされてしまっては、全く格好がつかないんだけどね。


「この部屋、すごいよね。宝飾品に、大昔の魔道具に、それっぽい骨董品だらけ。僕には価値が分からないけれど、きっと貴方と貴方の客には価値のあるモノなんでしょうね」


 こうなったら言いたい事は全部ぶつけてやろうと思って口を開くと、男は怪訝な顔をした。


「……何が言いたい?」


「この娘も、貴方にとっては金の発生する道具なんだろう」


「何を言い出すかと思えば。当然だろう。竜人ドラゴノイドは世界に百体もいないとされる超希少種だ。欲しがる人間は山といる」


 鼻で笑った男へ、僕は最大級の軽蔑を向ける。


「だが、この娘は人間だ。この子にだって自分の意思で生きる権利がある。それを無視してお前達の金ヅルにして良い理由は無い!」


「実に立派な志だな。ならどうする。お前が買うか? それは私が出品した品だ。お前が提示した値を出せるというのなら、考えても良い。そうだな……まぁ、900万リル金貨くらいは出す奴もいるだろうな」


「それはなかなか厳しいね」


 冒険者の平均的な日取りは80リル金貨ほどだ。その日の成果によっても変わってくるけれど、年間で3万金貨ほど貯められれば良い方だろう。

 それでも世間一般の稼ぎよりはるかに良いのだから、900万なんてまともな数字じゃない。

 当然、僕の手元にそんな大金は無い。


「だろうな。世の中は金だよ、若造。金さえあればなんだってできる。なんだって救えるさ。幸せの定義は人それぞれだが、金が無ければ確実に不幸にはなる。金は力であり、対価だからだ。対価の差し出せない者に、世界は何もくれはしないさ」


 男はずいぶんな御高説を口にする。共感できない事も無いが、悪人が言うとあくどいだけだ。


「なるほどね。じゃあ、対価を差し出せば、この子を助けてくれるのかい?」


「ほう、高額の金貨に相当する対価を、お前は差し出せるのか?」


 男がわらった。やれるものならやってみろと、顔に書いてある。

 僕は男の容姿やしぐさを観察して、何か使えそうなアイデアは無いかと考えた。


「貴方、ミスリルが好きですよね。身に着けている宝飾品は一見銀製に見えるけど、わずかに青みがかっている。指輪も、釦も、ブローチも、その銀歯だって」


「ほう。分かるか。私はミスリルに目が無くてな。魔を退け、幸福を呼ぶ縁起の良い金属だからな」


 退魔の力を持つミスリル鋼は、霊系魔物に対する武器に使われる金属だ。その特性から彼の様にゲン担ぎとして好む金持ちは多い。


「では、純ミスリルの原石に興味は?」


「ふんっ、そんな物、飽きるほど持っているわ」


「全長50センチの塊でも?」


「ぜっ、全長50センチの純ミスリルだと! そんな巨大な物が存在するはずがない!」


 狼狽える男へ、僕はとっておきの情報を開示する。


「先日、この街の採掘ギルドがダンジョンの奥地で発見したんですよ。しかし、採掘ギルドのマスターは借金難でね。それを公にせず、裏ルートでオークションに出す事を決めたそうです。

 貴方はそうでもないが、部下たちの声のなまりからみて、貴方達は北皇大陸のマフィアでしょう? この街にはまだ来たばかりの新参だ。だから、たぶんその手の闇オークションに顔を出すには、色々と弊害も多いかと思ったんですけどね。どうです?」


 こんな事を指摘するなんて、我ながら命知らずだなと思った。一人の女の子の為に立ち回るというこの状況に、少し酔っているのかもしれない。


「お前に指摘されるのは癪(しゃく)だがな。だが、それが本当の話だという証拠は?」


「自分はこの街の事はだいたい何でも知っていますよ。いわゆる、情報通という奴だ。

 そういう事ですから、自分が紹介状を書きましょう。貴方がそのオークションに行けるようにね」


「ふんっ、もう少しマシな嘘をつく事だな。この街は既に新大陸系マフィアが牛耳っている。お前如きの口利きで、連中が我々を見逃すものか」


「その新大陸系マフィアの頭目に口利きをすると言っているんだ。ボスのオルコラは、あくまでも街の支配者ではなく調停者を希望している。自分は彼に貸しがあってね。このくらいの仲介はしてあげられるよ。貴方達が目立った悪さをしないのなら、彼は貴方達に少なくとも敵意は向けないだろう」


 不本意ながらこの話は本当で、この街のマフィアとは少し縁がある。


「オルコラとお前が知り合いだと? それが本当なら、お前は何者だ」


「だから言っているだろう。ただの通りすがりの情報通さ。真っ当な一般人なんで、誤解しないでくれ。それに、僕は今無職で高飛びする資金も無いから、こういう嘘で貴方達をだましても得はしない」


 信じてもらえる要素は皆無だったが、意外にもすんなりと男はこちらの提案に乗って来た。


「ふふふふっ、良いだろう。お前の口車に乗ってやろう」


「よろしいんですか?」


 彼の部下の一人が、心配そうにそうに尋ねた。


「ああ。上の命令はこの街への進出だ。オルコラと対立しなくて済むのなら、隠れる必要は無いからな。組織としてはこの上ない利益になる。ここでケチな金稼ぎをするよりマシになるさ」


 どうやら、向こうは向こうで色々と思惑があるらしかった。


「この子はいただけますね?」


「ああ。交渉成立だ」


 男がそう言って頷いた途端、奥の方が急に騒がしくなった。


「なんだ?」


「カリアビッチ様大変です! 外に憲兵隊が!」


 奥から駆けてきた黒服が、男にそう叫んだ。どうやらこのマフィアはカリアビッチというらしい。

 カリアビッチは、俺の方へ騙したなという疑念の視線を向けた。


「僕は何も。僕だって彼らをつけてここまで来れたんだ。憲兵隊だって同じことをするでしょうよ」


 一応そう釈明すると、カリアビッチは気絶した二人を睨みつけて部下たちに命じた。


「チッ、うちの荷物だけでも持ってすぐに逃げるぞ」


 黒服たちは即座に部屋の中に在る美術品をかき集める様にして抱えて、僕が侵入してきた通路の方へと駆けて行った。


「若造、紹介状の件、忘れるんじゃないぞ。そのうち取りに行くからな!」


 カリアビッチもそう言い残して、部下たちと共に去って行く。

 彼らの気配が消えると同時に、憲兵隊が乗り込んできた。


「動くな! 憲兵隊だ!」


「僕はマフィアじゃないですよ」


 クーナを背負っているのでどうにもできず、とりあえずそう弁解した。


「はいはい。そういうのは署で聞くから」


 憲兵はこちらの話には当然耳を貸さず、僕を拘束しようとした。


「いや、だから本当だって……」


「んっ? ああ、そいつは違う。そこで寝ている二人だけ拘束しろ」


 別方向からそう声が飛んできて、憲兵が僕から離れて行った。

 声のした方を見ると、意外な人物がそこにいた。


「ああっ! アンタ、さっきの露店の!」


 クーナが捕まった現場で話した、露店の店主だった。


「よう、兄ちゃん。捜査を妨害したって事で、ちょっと署まで来てくれよな」


 露店の店主はそう言って、陽気な笑みを浮かべた。

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