潰れかけのギルド

 その日のうちに、僕はエルドラに紹介された冒険者ギルドを訪れた。

 それは大通りから外れた活気の無い路地に建つ、ずいぶんと寂れた施設だった。正直、入るのに躊躇ためらうくらいボロい。


「すみませーん」


 恐る恐る中へ入ると、中から男の怒号が聞こえてきた。


「こんな所にいつまでもいられるか!」


 声の主であろう冒険者風の男が奥から出てきて、そのまま僕の横を通り過ぎていく。


「おっと、すみません……」


 肩がぶつかったが、男は気にせず外へ歩いて行った。


「何だったんだ?」


 怒りながら笑っているとは、また変わった男だ。

 とりあえず中へ入ると、小柄な獣人の女性が出迎えてくれた。


「やあ、どうも。お見苦しいものをお見せしたね。依頼の申し込みなら、申し訳ないけど受けられないんだ。ウチはもう閉館だ」


 女性は困ったような、悲しそうな、そんな顔をしてそう言った。


「閉館? 冒険者ギルドがですか?」


「ああ。ボクの裁量が至らなかったばかりに、経営難に陥ってしまってね。たった今、最後の所属冒険者が出て行ってしまった」


 少し意外な話だった。

 確かにダンジョンの周辺に建つこの街には、数多くの冒険者ギルドが存在する。

 だが、ダンジョンで一獲千金を夢見る冒険者は年々増え続けており、ギルドに登録する者は後を絶たない。

 今はとりあえずギルドを設立すれば、儲かるという時代なのである。


 そんなご時世に、潰れるギルドが在るとは。ここはよほど待遇が悪いのか。

 エルドラによれば、ここのギルドマスターは信用できるという話だったのだが……


「潰れかけとは聞いていたけど、まさか本当に潰れているとは……」


 これは、早々に退散したほうが良さそうだ。


「ああ、これは失礼。まだ名乗っていなかったね。ボクがここのギルドマスターをしている、ミニケという。誰かからの紹介で来てもらったのかな? だとしたら、悪い事をしたね」


 ミニケと名乗った獣人の女性に握手を求められ、僕はそれに応じながら問いに答えた。


「ええ、まあ。エルドラという冒険者に紹介されまして」


 途端にミニケの表情が変わった。


「エルドラ君! ってことは、君がレイズさんかい? うわさは聞いているよ。超優秀で経験豊富な冒険者志望なんだってね! 君みたいな新人がうちなんかに来てくれて嬉しいよ」


 評価は嬉しいが、何してくれてんだあの人エルドラ! さては、僕がここに移ること前提で勝手に話を進めていたな。

 ミニケの顔が、期待のこもった笑顔で満ち溢れる。これはもしかしなくても、地雷を踏んだか。


「あ、あはは、でもギルド潰れてしまったんですよねー」


 なんだか妙な方向に話が進みそうだったので、何とか回避を試みる。

 しかし、ミニケは両の手で僕の右手をがっしりと掴み取った。


「ああ。でも大丈夫さ! ボクはまだ諦めていないよ。ボクら二人で、このギルドを立て直そうじゃないか!」


 ミニケの純真な視線が、僕に注がれる。こいつは本気だ。


「いや、組合員が一人しかいないギルドとか聞いた事ないんですけど!」


「では、ギルドではなく冒険者事務所と言う形で―――」


「お断りします」


 そんなギルドが在ってたまるか。僕一人でダンジョンに潜ってこいというのか。


「頼むよぉー、ギルドに入ってくれたら、君の愛人でも抱き枕でも、なんにでもなるからさ!」


 もはやすがりつくようにして引き留めてくるミニケ。必死さがよく伝わるが、それ故に身の危険も感じる。


「お断りします!」


 きっぱりと断って、逃げる様にギルドを後にした。


「先立つ物が無いと、世の中ままならないな」


 世の中やはり、金次第。かく言う僕も貯金はいくらかあれど、職が無いのでその辺微妙な立ち位置だ。


「でもあのギルマス、良い人だったな……」


 必死なミニケの姿を思い出して、なんだか罪悪感にさいなまれる。

 レイズの名を聞いて、嫌な顔をしない人は珍しい。特に冒険者関係の仕事をしている人間には。

 ミニケは僕を犯罪者の息子と知って、それでもなお引き留めてくれていたのだろうか。


「今から戻るか……いや、流石にあの職場条件じゃな」


 情で留まるには躊躇ためらわれるほどの、難儀な物件だ。

 冒険者が他ギルドの冒険者と組んでダンジョンに潜る事はほぼないので、必然的にあそこに入ると一人で仕事をしなくちゃいけなくなる。

 自分は支援職なので、あまり現実的ではない。


 そんな事を考えながら歩いていると、突然女の子が横の通りから飛び出してきた。


「なっ! どいて!」


「なに? ―――あばびっ!」


 女の子と激突してひっくり返る。思わず妙な悲鳴が出てしまった。


「痛てて……なんだなんだ?」


 目を開けると、女の子の顔がすぐ近くに在った。鼻先が触れるようなそんな近距離。

 ぶつかった弾みで、彼女が僕を押し倒すような体勢になっていた。

 それに気づいたのか、彼女は嫌な顔をするとすぐに飛び退いて離れた。


「悪かったね……」


 冷たい声。形だけ謝っているという感じだが、こちらも悪いのでそんな態度をとられても文句はない。


「はっ、やっと捕まえたぞ!」


 突然男の声がした。

 声がした方を見ると、女の子の背後にガラの悪そうな男が立っていた。

 よく見れば彼女の首には枷がはめられていて、そこから伸びた鎖を男が掴んでいた。

 どうやら、この娘はこの男から逃げている最中だったらしい。


「ちょっと! 放して! クーナはもう檻なんかに戻らないんだから!」


 クーナというらしい女の子は、そんな風に叫んで身をよじった。

 途端、鎖を握っていた男の身体が引っ張られて宙を舞い、吹っ飛んでいく。


「ぬわあああっ!」


 飛んでいった男は近くの露店の荷物に突っ込み、崩れてきた荷物の下敷きになった。


「すっ、すごい怪力だなぁ……」


 思わず感心してしまう。身をよじっただけで大人の男一人を振り回すとは、人間業じゃない。

 実際、クーナの頭には二本の角が生えていて、彼女が獣人の類縁である事を示していた。体の一部には鱗のような物も見える。


 男の仲間らしき別の男が通りの奥から現れ、現場を見て狼狽える。


「チッ、何やってんだ馬鹿野郎。拘束魔法を使えって言っただろうが! ≪オヴ・ドラムゼ≫!」


 男が魔法を唱えた直後、クーナの動きが止まった。


「あぐっ――」


 苦しそうに顔を歪めて、クーナはその場に膝をつく。


「クソがっ、獣如きが手こずらせやがってよ!」


 男が苛立ち紛れにクーナを蹴り飛ばした。

 クーナは小さく悲鳴を上げて、その場に倒れる。


「ちょっと君たち、子供相手にそれは……」


 あまりにもひどい仕打ちなのでとがめると、男は敵意を発しながら物凄い剣幕で吠えた。


「部外者は黙ってろ! 殺されてえのか!」


 相当に気が立っているのだろう。あまりの剣幕に、不覚ながら面食らってしまう。


「おらっ、とっとと行くぞ。オークションに間に合わなくなる」


 そうこうしている間に吹っ飛ばされた男も戻ってきて、男二人はクーナを抱えて路地の奥へと去って行った。


「何だったんだ、今のは……」


 流石に見過ごせないと立ち上がると、背後から呼び止められた。


「兄さん、あれには関わらねえ方が良い。ありゃ、奴隷商だよ」


 露店の商人が難しい顔でかぶりを振った。


「奴隷商って、違法だろう?」


「まあな。だが、最近他所から来たマフィア連中が、この区画の地下で人身売買をしてるんだと」


「憲兵隊は何をしているんだ?」


「さあね。俺達にもその辺の事情はさっぱりだ。早いとこ対処してほしいよ。ああいう連中が街を歩いていると、人が寄り付かなくなる」


 うんざりした様子で、店主は愚痴をこぼす。

 彼の話が本当なら、あのクーナという少女は奴隷として売られる身という事だ。

 そんな物を見過ごすわけにはいかない。


「ありがとう、店主」


「ああっ、おいっ、兄ちゃん。どこに行くんだ!」


「彼らを追いかけるんだ!」


「はあ? 今の話聞いてなかったのかよ!」


 呆れた店主の声が背後に聞こえたが、気にせずに男たちを追いかけた。

 突然の事だったとはいえ、子供が無理やり連れ去られるのを見過ごしたのだ。これをこのまま放っておいたら、間違いなく自分の気が収まらない。

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