エルドラの思惑

「待って、レイズさん」


 ギルドの建物を出ようとしたら、ふいに呼び止められた。振り返ると、意外な事にエルドラが立っていた。

 僕を追い出す事に賛同した彼女が、一体何用だというのか。


「まだ何かあるのかい?」


 意図していなかったが、少しきつい聞き方になってしまった。

 エルドラは肩をすくめて、困り顔をする。


「そう、難しい顔をしないで。さっきはごめんなさいね。でも、貴方をあんなおバカさん達にいつまでもつき合わせるのは、なんだか面白くなかったから」


「意外だな。君はフルシの味方だと思っていたが」


「そうでもないわ。彼、良い所の出だからプライドばっかり高くて、時々嫌になる。彼が貴方を追い出そうとした理由、ちゃんと分かってる?」


「いいや。まあ、嫌われていたのは知っているけど、原因まではどうにも。時々、戦えない奴は邪魔だって言われてたから、多分それかな」


「そんなわけないでしょう。貴方だって、ロネットと同じ支援職なんだから。戦いのときに貴方がこっそり支援魔法を私たちにかけてくれていたの、ちゃんと気づいてるのよ。フルシは認めないでしょうけど、あれって結構助かるんだから」


 分からないのかと言いたげに呆れ顔をして、エルドラは続ける。


「貴方、探索の時はいつもロネットの事をフルシから庇っていたでしょう」


「ああ、まあね」


 先の話し合いの場でもあった様に、フルシはロネットへの当たりが厳しい。なるべく平和に仲間とは探索をしていたかったので、彼女を庇う事はよくしていた。


「ロネットの家は、代々フルシの家に仕えている家系らしくてね。フルシ的には、彼女は召使いなのよ。それを日ごろから貴方に咎められて、うんざりしていたみたいね」


「まさか、そんな事が理由だって?」


「先陣きって、ダンジョンを探索している隊に記録係を付けるのはギルドの方針でしょう? だからこれまでは彼も逆らえなかったけど、今は素敵な伯父様がギルドマスターの地位に就いたから。それを機に上手い事言いくるめたんでしょうね」


「大体予想はしていたけど、随分な理由で解雇されたんだな」


 フルシが僕を嫌っている事だけは確定していたので、彼がギルドマスターに掛け合った事は想像できていた。

 その原因が、そんなどうしようもない事だとは思わなかったが。


「だから、こんな所に貴方みたいな人がいつまでも居るべきじゃないのよ」


  エルドラはそう言って、抱えていた箱を僕に押し付けてきた。見た目よりかなり重い。砂でも詰まっているみたいだった。


「なんだい、これは?」


「貴方がこれまで集めた資料よ」


 つまり、十年分のダンジョンの地図や魔物の調査報告がここに詰まっている訳か。


「いや、これはギルドの備品だろう?」


「いいえ。貴方の荷物よ。ここを去るなら、自分の荷物は当然持って行くのが道理でしょう」


 そういう建前で持って行けという事らしい。

 確かにギルドマスターに一矢報いたい気持ちはあるが、これで困るのはギルドよりそこに属する冒険者たちだろう。


「いや、しかしそれではみんなが……」


「ちゃんとした人たちなら、とっくに頭の中に叩きこんでいるわよ。今さら無くなっても困るのは、新人育成しなきゃならないギルド側くらいなもの。

 本来なら、これはとても大きなお金になる物なのよ。それは貴方も分かっているでしょう。こんな重要な物を、冒険者よりも低い賃金で貴方に集めさせていた、これまでのギルドの体制が間違っていたと私は思うの。まあ、無償で方々に情報提供していた貴方も欲が無いとは思うけどね」


 少し呆れた様にエルドラは笑う。

 彼女の言い分も分かるが、自分にしてみれば金銭の代わりに同業者達の信用が得られたのだから、十分な見返りは有ったのだ。特に自分には、それが必要だった。


「これは仲間の為になれば良かった。だから金は請求しなかったんだ。それに、先代の差配に不満はないよ。僕は彼のおかげで今日まで生きて来られたからね」


「フフッ、そうね。貴方は祖父に恩義を感じているのよね」


 エルドラは先代のギルドマスターの孫なので、こちらの素性をよく知っている。


 僕の父親は罪を犯したという事実を残したまま死んでいき、身寄りの無くなった僕は"犯罪者の息子"と言う肩書を着せられて路頭に迷う事になった。

 そんな自分を先代のギルドマスターが拾って、仕事を与えてくれた。この街でただ一人、先代だけが僕を助けてくれた。だから、恩義なんて言葉では足りないくらいの感情がある。


「まあ、確かに祖父は良いマスターだったわ。冒険者ってものをよく理解していた。

 今のギルドマスターは冒険者だった経験が無いから、現場も知らずに改革なんて言葉を気取って好き勝手やっているけれど、このままではこのギルドは長くないわ。私も折りを見てここを出て行くつもり。

 貴方は他のギルドにでも行って、今度こそ正式な冒険者になってみたら? 案外うまくいくかも」


「どうかな。この街じゃ僕の素性は知れている。犯罪者の子を雇ってくれるギルドなんてあるかな」


「一つあるわ」


 エルドラは一枚の紙きれを渡してきた。受け取って開くと、そこには住所が記されていた。


「ここは?」


「決して有名所じゃない。それどころか潰れかけている。でも保証するわ。ここのマスターは良い人よ」


 好意的な笑みを浮かべたエルドラに、少しだけ戸惑っていた。

 エルドラがここまでしてくれる理由が、分からなかったからだ。


 同じパーティーで共にダンジョンを潜った仲間ではあるが、フルシの意向で僕はあまり探索に関わらせてもらえず、どちらかと言えば三人に付き添っていたという形が正しい。

 なので、三人とはそれほど話したり関わったりした事は無い。フルシがそれを嫌っていたから、彼を怒らせない様に皆していたのだ。


「どうして、そこまでしてくれるんだい?」


 エルドラはくすりと笑って、突然顔を近づけてきた。耳元で、彼女はささやく。


「貴方に気が有ると言ったら、理解してくれるかしら?」


 思いがけない突飛な発言に、こちらは度肝を抜かれてしまった。


「……それは、ありがとう」


 そんな言葉しか返せない自分に微笑んで、エルドラは離れて行った。


「ふふっ、それじゃあ、また会いましょう」

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