長年情報面でギルドを支えてきたけど、冒険に記録係は不要と追い出されたので情報屋始めました。なぜか経営不振でギルドは大変らしいけど、どれだけ勧誘されても戻る気はありません
洋傘れお
ギルドをリストラされました
「という訳で、今日付けで君をこのギルドから除籍する事になったから」
ギルドマスターの突然の発言に、僕の思考は一旦停止した。
冒険者ギルドに朝一番に来て、唐突に呼び出されてギルドマスターの部屋を訪ねたら、いきなりこれである。
「……は? えっ、僕クビですか?」
「だからそう言ってるだろうが。何を聞いていたんだお前は」
どこか責めるような口調でそう言ったのは、僕が所属するパーティーのリーダーであるフルシだ。
なぜかギルドマスターの執務室には、同じパーティーの面々も同席していた。
仕事上、やむを得ず共にダンジョンに潜っているが、僕らの関係はあまり良くない。僕はともかく、フルシの方は僕の事を毛嫌いして居る様だった。
「すいません。あまりにも突然の話だったモノで、意識が飛んでました」
「はぁ、やれやれ……」
ギルドマスターが呆れた風に息を吐いた。
ちなみに彼はフルシの伯父で、最近ギルドマスターの席に就いたばかりの男だ。
「要するにだ。俺のパーティーに単なる記録係は要らないという事だ」
フルシが、解雇の理由をそう述べた。それだけで、この話に彼が関わっているのは明確だ。
「そして、そんな奴に金を払う余裕もギルドにはない」
ギルドマスターも続けてそう理由を付けた。
どうも、新任のギルドマスターには自分の仕事の重要性を理解してもらえていないらしい。
「自分の仕事はただの記録付けですが、これはギルドの利益に直結する重要な仕事です。
ダンジョン探索における安全なルートの記録はもちろん、生息する魔物の生態とその対策についても収集していますし、回収できる品目の一覧を作成し、採取活動も無駄なく行える様に情報共有に努めています」
これらの事を戦闘に従事している者たちが正確にこなすのは難しいだろうという判断から、先代のギルドマスターが設置したのが記録係と言う自分の役職だ。
最初は、身寄りの無かった子供の俺を見かねた先代が与えてくれた、特別枠的な仕事だった。
が、仲間の冒険者たちに役立つ情報の確立を徹底し、ギルドの利益になるように努めてきたから、こんな仕事でも僕は十年以上雇ってもらえたと思っている。
実際、冒険者たちは大胆な性格の人間が多いので、こうした細々とした事柄を専門でやる人間がいる事には大きな効果があった様だ。
僕が収集して整理した情報をギルドの冒険者に共有する事で、みんなの探索が楽になる。それはやりがいのある仕事だし、みんなが喜んでくれるのは嬉しい事だ。
だから今さらこの仕事が不要になったと思わない。僕らが挑むダンジョンは道半ばで、まだまだ底の知れない魔境だからだ。この先もきっと、この作業は必要になる。
「まあ、フルシさんが以前から、前衛職でない自分をパーティーに入れるのを渋っていたのは知っています。ですが、ダンジョンの最新踏破層を探索するパーティーに記録係を同行させるのは、ギルドの慣例だったじゃありませんか。ギルドマスターにまで、自分を役立たずと言われるのは心外です」
「利益を生むために、非合理な慣例を是正(ぜせい)しようというだけの事だよ」
「非合理だと思われますか? 情報の収集が?」
ギルドマスターの言う、合理的と言うのが何なのかは分からない。
ただ、彼は就任以降ギルドの利益を上げるために改革を掲げ、色々な部分に手を入れていると聞く。
彼からすれば、これはその一環なのだろう。
「情報の収集自体は必要だろうが、それ専用に人間を雇う必要はないという話だ。探索の片手間に記録を取らせればいい」
「そ、そんな簡単な話じゃないと思います。戦いながら色々記録するのは大変だし、レイズさんの情報は精確だから、みんな助かっています」
ギルドマスターの発言に口を挟んだのは、回復支援役のロネットだ。
普段は大人しくて、あまり自分の意見を出さない娘なのだが、僕の為に擁護(ようご)する意見を出してくれた。なんだかありがたい。
僕がお礼に軽く頭を下げると、ロネットも微笑んで小さく頷いた。
直後に、フルシの冷や水の様な声がロネットを咎めた。
「誰がお前の意見なんか聞いた?」
「ひっ――ごめんなさい」
フルシに睨まれて、ロネットは途端に小さくなる。冒険者という職に似合わず、気が弱い子なのだ。
「やめないか」
ロネットの性格を知っていて、フルシは彼女に強く出る癖がある。可哀そうだし、自分が原因なのでフルシを注意する。
フルシはただ、面白くなさそうに鼻を鳴らして顔を背けた。
「彼女の言う通り、魔物との戦闘は重労働で、他に意識を割くほどの精神的余裕はありません。それでも冒険者たちは調査活動や、道の確保に追われなくてはならないんです。魔物との戦闘が激化する深層の記録は、そんな片手間にできるものではないとマスターにはご理解いただきたい」
フルシの事はいったん置いておいて、僕はマスターにもう一度説得を試みる。
しかし返って来たのは、予想以上に難解な返答だった。
「それは怠慢と言うものだろう。大変だからできないなどと。子供の言い訳じゃないか。仕事として金銭を払っている以上、冒険者にはそれなりの働きをしてもらわなくては困るよ」
これは、何を言ってもダメな雰囲気だ。現場の意見はどうあれ、自分の意向を通す事しか頭にないらしい。
「はぁ―――」
思わずため息が漏れる。この人を言いくるめられる話術も材料も、今の自分には無い。
「いいじゃない。記録は私たちで取れば。それができると判断したから、隊長さんもギルドマスターの話に同意しているのでしょう?」
そう声を上げたのは、攻撃魔法職のエルドラだった。彼女もギルドマスターの意見に賛同しているらしい。三対二では、分が悪いなこれは。
「もちろんだ」
エルドラに同意を振られ、フルシは固く頷いた。
「なら、貴方の居場所はもうここにはないわね」
エルドラは僕にそう告げる。彼女の眼はどこか含みがあるような、そんな雰囲気だったが、何を考えているのかなど理解しようも無い。
どうあれ、話し合いはここに決してしまった訳だ。こうなっては、もう何を言っても無駄だろう。
「……分かりましたよ。僕はここを去ります。お世話になりました」
ギルドマスター以下、部屋に居る面々にそう告げて、僕は部屋を後にした。
なんだか、ここにしがみ付くだけ自分が哀れな気がして、嫌になってしまった。
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