第70話 巌を打つ


 球形白色のゴーレムがシュガーの前に立ちはだかる。

 ゴーレムを操るのはソラカだ。彼女は右手に装着した古代遺物にて、ゴーレムを操っている。


「死ねよ盗人!!」


 そんな彼女は、敵意の鎧をまとい、シュガーへと牙を剥いて叫んでいた。


「戦うなら構わないけど……さぁて、これはどうしたものかなー……!」


 対するシュガーは、しかし意外なことに、戦闘に対して少々否定的な表情をして武器を構えていた。対六華の時はあんなにも好戦的な笑みを浮かべていたというのに……なんて、思うかもしれないが。

 あの時とは異なる状況が少なくとも二つある。


 一つは相手となるソラカがプレイヤーではない。即ち、殺してしまったらそれまでの命である点。


 そしてもう一つは、この戦いに遊楽が含まれていない点だ。


 前者の部分は、まあ仕方がないかぐらいの感覚である。戦うことのリスクを踏まえているのなら、例えNPCであろうとシュガーは容赦しない。かつて別ゲーでトップランカーを張っていただけはあり、変なところで冷めているシュガーである。


 問題は、後者の理由。ここがログアウトのできない世界であり、そこではリアルさながらにNPCたちが生きているとはいえ、どこまでいってもこの世界はゲームだ。少なくとも、ゲームとしてシュガーがこの世界に入場してきた以上、シュガーにとってはゲームでしかない。


 ゲームは遊ぶものだ。楽しくなくては、それはもうゲームとは呼べない。だからこそ、楽しくない戦いはシュガーだってしたくない。


 そしてこの戦いは、シュガーにとってとてもじゃないが楽しめるようなものじゃなかった。


 目の前にいるのは涙目の少女であり、何か訳ありの事情がにじみ出た慟哭を彼女は綴っている。対して自分は何も知らない通りすがりの赤の他人。その子の事情を何一つ汲み取ることのできない不感症。


 ここで彼女の悲しみを叩き潰してしまうのは簡単なことだろう。だけれども、それは、なんだか、とてもじゃないが――


「だめ、だよね……そういうのは……」


 誰にも聞こえない調子で呟いた言葉を、更にシュガーは頭の中で繰り返した。


 この涙は、叩き潰してはいけないモノなのだと、彼女は自分に言い聞かせた――


「ま、それはそれとしてゴーレムは破壊させてもらうけどねー!」

「やれるもんならやって見なさいよ!!」


 まあ、ソラカの涙に配慮するのだとしても、やはりゴーレムは邪魔だ。だからそっちには配慮しない。全身全霊で迎え撃つ。


「さぁて、さてさて! んじゃま初のお披露目と行きましょうか!」


 さて。ここで一つ問題だ。

 相手は白色球形のゴーレムで、そのベースとなる肉体はもちろん無機物で出来ている。それも、超古代文明が誇る詳細不明の合金である。どれほどの硬度があるかなんてわからない。


 槍はもちろん、刃が通るかすらも定かではない。

 そこで問題。


 Q.

 硬い敵はどうやって倒す?


 A.

「叩いてぶっ壊す!!」


 未来狸のポケットが如く、何が出てくるかわかったものではないシュガーの幽世小袋から取り出されたるは五本一組の棍棒。一本の長さがおよそ60センチのそれは、棒同士の先端が繋ぎ合わさり、一本の長大な武器としてシュガーの手に握られている。


 その武器の名は多節棍。その中でも、五本の棍棒が鉄輪によってつながれた武器である。


 全長約3メートルの射程距離は、一般の剣や刀を遥かに凌駕する間合いの広さを誇るけれど、間合いの広さはそのまま持ち手に求められる技量に直結する。


 即ちその武器は、並大抵の武芸者には扱いきれない代物である。


「〈飛燕〉」


 だが、シュガーはかつて『武芸百般』と恐れられたプレイヤーである。

 彼女の腕は、扱う武器を選ばない。


「跳ん……それが、どうしたって言うのよ!!」


 五節棍を構えたシュガーがスキルを使用した瞬間、ひらりと彼女の体は上空へと跳躍した。咄嗟にその動きに追い付こうとソラカが空を見上げ、急いで右手のコントローラーを操作する。


 その動きに合わせてゴーレムもまた空を見上げるように動き出すけれど、やはりワンテンポ動きにズレがある。そのズレは、戦闘において明らかに致命的なモノであった。


「〈乱撃〉」


 続いて唱えられるスキルは、〈戦士〉に属する戦闘ジョブが習得する攻撃スキル〈乱撃〉。その効果は、殴打武器による連続的な攻撃である。それが空中に跳んだシュガーの動きを助け、空からの急襲を実現した。


「ッ……そ、んな攻撃……!!」


 蛇のようにしなる五節棍がゴーレムへと襲い掛かる。もちろんながら、五節棍に備えられし追加ステータスによって破格のSTRを確保しているシュガーである。連続的な攻撃とはいえ、一撃一撃のダメージは重い。


 なお、五節棍のステータスは以下の通り。


〇亡者の五節棍

 品質C- レア度C+

 ―赫灼モミジの棍棒を魂鉄の金具で繋ぎ合わせた多節棍。その一節一節には、犠牲となったあらゆる生物の怨嗟が込められているという。

 STR+142

 AGI+30

 追加効果

 ・スキル〈飛燕〉を追加する。

 効果:SPを消費し高く跳躍する。最大跳躍高度はAGIに依存する。

 ・スキル〈乱撃〉を追加する。

 効果:SPを消費して連続攻撃を行う。

 ・スキル〈血塗れの残影〉を習得する。

 効果:同一対象を攻撃するたびに、対象への攻撃力が上昇する。

 


 相も変わらずの凄惨さ。現役の生産職がこの武器を見たら、いったいどれだけの人が意識を失うまで驚愕することだろうか。或いは、ここまでの代物が作れるのかと興奮することだろうか。


 とにもかくにも、いつも通りに一人の生産職を一人前の戦士へと変える武器を携えて、シュガーは舞う。


「〈武装変形〉!」


 しかし、ソラカも負けてはいない。


 空から襲い掛かる猛攻に耐え凌ぐばかりではダメだ。それでは一方的にやられてしまうだけ。反撃にでる。そのためにソラカは、切札の一つを切った。


「〈兵装β起動〉!」


 ピーガガガとゴーレムが駆動する。同時に、ゴーレムの両腕が球形の体躯の中へと収納された。これから何が始まるのか。そんなことは考えるまでもないことで、空に舞うシュガーもまた、来るべきゴーレムの攻撃へと備える。


「〈射撃用意〉!!」


 瞬間、ゴーレムの背面装甲が大きく屹立したかと思いきや、中から複数の銃座が展開された。あまりにも機械的でSFチックなそれは、ファンタジー世界を基盤としたリリオンには余りにもそぐわない。


 ただし、ここはそんな世界観から外れた超技術が眠る超古代文明の遺跡である。対空砲火を担う銃座が出てきたとしても不思議ではない――


「〈一斉放火ファイア〉ァァアアア!!!」


 もちろんそれが、見せかけだけの道具ではないこともまた道理だ。構えられた銃口から発射されるのは致死の弾丸。ただし、これが一つの物理攻撃である以上は、ENDという装甲によって大きくその威力を損じてしまうことだろう。


「き、緊急退避~~~!!」


 とはいえ、如何に一発十数ダメージの豆鉄砲だろうと、分間千数百発という速度で弾幕を敷いてくるとなると話は変わる。


 何度も言うようだけれども、かのゴーレムは超古代文明の技術の産物だ。そのゴーレムから出現した銃座は全部で四つ。それらすべてが、回転式機関砲であり、その火力は下手な魔法では比べることすらできないほどに激烈なもの。


 当然ながら、今のシュガーのタンクさながらなENDをもってしても、集中砲火を受けてしまえばひとたまりもない。なので、必死になってシュガーは向けられた銃口から逃げた出した。


「ひ、〈飛燕〉!」


 空中での無防備な時間は、背負っていた大盾を足場に〈飛燕〉を使うことで下方向へと跳躍し短縮。同時に向けられた銃口を躱しつつ、三メートル以上ある五節棍の長い間合いを利用した中距離攻撃によって、ゴーレムの銃座を一つ破壊した。


(やっぱり普段しまってるだけだけあって、装甲よりは脆い!)


 空中からの〈乱舞〉をすべて受けきったゴーレムの装甲だが、備えた兵装まではそうもいかなかったようだ。そこが狙い目。付け入る隙。


「一つ破壊したからって舐めるんじゃないわよ!」

「なめてかかれるわけないよこんな相手!」


 残る銃座は後三つ。弾切れを予感させない弾幕の雨あられに辟易としながらも、場慣れしたシュガーは次々と弾を掻い潜り銃座を破壊していった。


「……ッ……ま、まだまだァ!!」


 すべての銃座が破壊されたころには、ソラカの顔には苦渋の表情が浮かぶ。それでも、私はまだ戦えると叫ぶ彼女は更なる兵装を取り出し――


「させるわけないじゃーん!」


 兵装を切り替える瞬間に動きを止めるゴーレムに対して、シュガーは再び〈乱撃〉を叩きこんだ。しかも、狙いは銃座が失われた背面装甲の格納部分。本来であれば銃座が鎮座している関係上、あけっぴろげになって装甲の内側が露出してしまっているそこに向けて、シュガーは最大限の攻撃を叩きこんだ。


「ふ、ざけるんじゃ……ないわよッ!!」


 装甲に守られていない部分への一点集中攻撃は、ゴーレムにとって致命的。それをわかっているからこそ、ソラカは急いでゴーレムを退避させる。


 いったん距離を置いてから、態勢を立て直す。弱点となる武器の格納部分を装甲で閉じた後、次の兵装を準備して反撃に出る。そんなプランを組み立てたソラカは、右手のコントローラーを操作してゴーレムを操った。


 しかし、だ。


「もーらい♡」


 態勢を立て直すという、発想そのものこそが、シュガーの掌の上だった。


 シュガーからゴーレムが離れるこの瞬間を。ゴーレムがソラカから遠ざかるこの瞬間こそを、シュガーは狙っていたのだ。


 そして、今。


 ゴーレムがシュガーから距離をに当たって、ソラカとも距離を空けた瞬間が訪れた。


 ほんの数瞬の間隙。しかし、それを逃すシュガーではない。突然にソラカの方へと走り出した彼女がソラカを狙う。もちろん、狙いが自分であることに気づいたソラカは、距離を取るゴーレムの動きをキャンセルして対応しようとするが――コントローラーを構えた右腕が、上へと弾き上げられた


「……へ?」


 あっけにとられたソラカは、数瞬遅れてなぜ自分の右腕が攻撃を受けたのか理解する。殴られたのだ。五節棍によって、間合いギリギリの射程距離から。


「狙いどーり!!」


 シュガーが打撃武器を構えたのは、ゴーレムの装甲に打撃攻撃が有効だと考えたからというのもあるけれど。それ以上に、シュガーは戦闘開始直前からこの瞬間を目論んでいた。


 だからこそ、手持ちの武器の中で最も長い間合いを持つ五節混を選択したのである。


 最初から最後までシュガーの掌の上であったことを悟ったソラカ。だが、それでも――


「まだ……!!」


 ここは既にシュガーの武器の射程圏内。故に、遅れて登場するゴーレムではなく、自らの腰に帯びた剣による迎撃をソラカは選択した。


 ただ――


「ソラカちゃんの利き手は右でしょー? 咄嗟に左手で持った剣に対応されるほど、私だって軟じゃないんだからー!」


 近づいてきたシュガーに放たれた渾身の一突きは、しかし利き腕とは逆の左手で放つしかなかった苦し紛れの一撃だった。それをひらりと躱したシュガーは、足払いによってソラカを転倒させたのちに、胸部にのしかかるようにして拘束する。


 それから、彼女は言った。


「はい、私の勝ち。それじゃあ、大人しく話を聞いてもらうからね!」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る