第71話 流石に学ぶアマノジャク


「ぐっ……うぅ……!!」

「うっ……思ったより力強いじゃんソラカちゃん。やっぱステータスって侮れないね……!」


 胸の上にのしかかったうえで、両腕を拘束する。それでも抗おうとするソラカのパワーは驚異的で、外付けのステータスでSTRを増強したシュガーと言えど、気を付けていないと脱出されてしまいそうだ。


 やはりこれも生産職と戦闘職の差か、と明らかに生産職とは思えないステータスをしているシュガーは、自分の異常性を棚に上げながらそう思った。


「死ね! 死ねぇ!!」

「もー、女の子がそんなこと言っちゃだめだよ~」

「うるさい!!」


 暴れるソラカ。唯一自由な口を使って暴言をまき散らしながら抵抗する彼女を抑えつつ、シュガーはちらりと背後を確認する。


 ソラカが操っていたゴーレムは佇んだままだ。おそらくは、今も彼女の腕に装着されている古代遺物からの指令がなければ動かないのだろう。


(念じただけで動くってわけじゃなさそうだし、右手の装置さえ外しちゃえば無力化できるかな~……あ、やべこれ全然外し方わかんないや。仕方ない、このまま喋ろ)


 ただ、腕の古代遺物はすぐに外せるようなものじゃなかった。ので、そのまま馬乗りになった状態で話し合いは始まる。


「ちょーっと話し合おうよソラカちゃん。私、別にソラカちゃんたちから何か奪うつもりなんてないよ」

「嘘をつくな!」

「嘘じゃない嘘じゃない! 本当に行きずりの旅人だから!」


 ソラカから向けられる溢れんばかりの敵意。こちらの意見なんて聞く耳を持たない彼女の拒絶を和らげるためには何をするべきか、シュガーは考える。


 ただし、改めて言う必要もないだろうがシュガーである。彼女の思考回路には他人の感情を考慮できない。故に多くの失敗を重ねており、この諍いもまたその失敗の結果といえよう。


 ただ、学ばないシュガーでもない。失敗し学び改め改善するのはゲーマーの基本だ。繰り返すことができるのならば、次こそはより良い結果を求める。


 だから、シュガーは。


「これで、信用してくれるかな?」


 真似をした。


 拘束していた手を放し、ふらりと背後に佇むゴーレムに近づく。ついさっきまで手に持っていた多節根も、ついでに鬼刃鉈も放り捨てて、無防備な姿をさらけ出す。


 それが、シュガーが導き出した答え。それは唯一、敵対的だったソラカの意思を曲げさせた行動の模倣。カインが見せた、譲歩の形だ。


「な、なんのつもり……」

「なにって、交渉のつもりだけど……ああいや、うん。普通に考えたらこんなことやらないよね……」


 瞬きをしながらシュガーの行動を見るソラカは、しかし先ほどまでの態度とは裏腹に、右手の古代遺物を操作しない。


 ほんの少し。あと一歩、ゴーレムを動かしその兵装をシュガーへと向ければ、簡単に命を奪うことができるのに。


「これでも信用できないなら、まあ仕方ないかな。別に私、死なないしね」


 プレイヤーだからこそだろう。彼女は自分の命に頓着していない。もちろん、できることならば死にたくはないシュガーだ。なにせ、ここで死んだとして、どこにリスポーンするか分かったものではないのだから。


 リスポーンポイントは、普通であれば町に到着した時点で記録される。けれど、目的地であったテラーは穴の底で、ここに来るまでに一つも街を中継していない。


 下手をすれば、ホラーソーンまで戻ることになる可能性だってある。ただ、それでも彼女は仕方がないと、この状況での死を受け入れていた。


 ここに彼女の連れの子猫が入れば、相も変わらずにこういうだろう。やっぱりご主人は頭がおかしいに、と。


 ただ、今回ばかりはそのおかしさが幸いした。珍しく、いい方へと転がったのだ――


「わ、わかったわよ!」

「ほんと!?」

「……し、信用する。信用すればいいんでしょ!」

「やったー! ソラカちゃん大好き!」

「あ、ちょっと近寄ってこないでよ!」


 ソラカの思考にどのような葛藤があったのか。シュガーは想像することができなかった。とはいえ、出会ってからこの方、ずっとツンツンとしたソラカの態度が和らぎ、ほんの少しだけ距離が近づいたような気がした。


「とりあえず……とりあえず、今だけ! ここから脱出するまでは信用してあげるだけだから!!」

「うんうん、今はね、今は……ね(意味深)」

「ひっ! な、なんか寒気がしたんだけど! こっち見ないでくれる!?」


 まあ、いくら距離が近づいたところで、シュガーが誇る変態性ばかりは受け入れられることはないだろうけれども。


 とにかく、二人の間にあった険悪な雰囲気はそれとなくやわらぎ、ようやく二人組と言える姿に落ち着いたことだろう。


「あ、一応だけど色々と聞きたいことあるんだよね」

「さっきも散々尋ねられたんだけど?」

「だから言ってるでしょ、私はただの旅人だって。知らないことだらけなんだから許してよ」

「……わかったわよ」


 緊張が解けたことで軽くなった足取りで、ひとまず戦闘で散らかした武装をシュガーは回収して回る。その間、何度もシュガーから話しかけられつつも、ソラカはゴーレムの調子を確かめていた。


「……確かに、この子をこんなにできるなら、いくらでも脅迫ができるか」


 それからぼそりとそう零す。シュガーと戦ったゴーレムは散々なありさまだ。古代の超技術で編まれたはずの合金ですら所々に歪みができていて、何よりも銃座が根元からへし折れている。一応残骸は回収したが、すぐに修理できるような状態じゃない。


 これだけの強さを持っているなら、いつでも自分を痛めつけて、知りたいことを知れたはず。なのに、そうしなかった。


 ソラカは、思う。


 少しは信じて、いいのかな。


「ゴーレムとかについては、まあ後でいいんだけどさ。さっきの続きなんだけど……」

「はいはい。なんでもいいわよ」

「王って名前を使ってるってことは、きっとソラカちゃんは私だけじゃなくて他の人……テラーの国の人たちも騙してたんだよね」

「……なんでそこまでわかるのよ」

「勘と推理」


 あんまりにも鋭いシュガーの言葉に、恐怖すら感じるソラカは、今度こそ観念したように喋り出した。


「そうよ。私がみんなをだましてたの。偽物の王を擁立して、王のいない国を乗っ取ってた。これでいい?」

「うん、大丈夫。んで次の質問だけど……砂嵐と大穴と巨人と二回目の陥没。古代遺跡の防衛装置と思しきこの四つだけど、どれがソラカちゃんが発動した奴かな?」

「全部私の仕業じゃないわよ。わかってるのは大穴だけ。あれも結局は事故だけど。ああでも、住民を助けたのが王様の魔法ってのは。厳密には、フーディールが持ってる方の遺物ね。私が使えるのはゴーレムを操れる奴だけ」

「ああ、そういうこと。ってことは、王様の姿をゴーレムを使って装って、王様の力をフーディール君が装って、そうして偽物の王様を作ってたわけだ」

「正解。ほんと、なんでわかるのよ」

「なるほどなるほど……」


 くるくるとシュガーがバレリーナのように回る。なぜ回るのか。なぜそんなにもカッコつけた風に考えるのか。ソラカの頭に疑問が満ちた。


 ちなみに正解はシュガーが中二病をこじらせているだけだ。考える時もかっこいい方がかっこいいだなんて、子供じみた思考だことで。


「……三つ目の陣営、となると? ……あー、そういうことか」

「もっとわかりやすく説明してくれない? 唯一の同伴者が意味不明な言葉を繰り返すって、結構なストレスなんだけど」

「ごめんごめん。えっとつまり、私はこう考えるわけだ」


 一拍措いて、シュガーは自分の思考を簡潔に説明した。


「敵がいる。古代遺跡を狙う何か、やばい奴が」

「……」

「しかも二つも。すごいね、三つ巴だ」

「その場合、三つ巴の内訳はどんなふうになるのかしら?」


 シュガーは言う。


「決まってるでしょ。砂国テラーと、未知の敵勢力×2だよ」

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