第68話 更なる下へ参ります♪


「うにに……どうしてこうもひどい目に遇うにぃ……」


 高所からの落下から、猫のような身のこなしでひらりと着地して見せたハスパエールは、ぼやくように状況を確認する。


「地震が起きて、巨人が出てきて……それで、出てきた巨人が地面を割ったにね」


 あれが地震かどうかは定かではないけれど、地面に押し出されて人が吹き飛ぶほどの尋常じゃない地震が発生した。


 しかもそれから数分後。まくしたてるように謎の巨人が出現。よりにもよってその巨人は古代遺跡の防衛装置。未だこの世界の技術じゃ再現できないロストテクノロジーの一つだと、ハスパエールのご主人は語った。


 そして、その巨人が瓦礫の地面を叩き割った。それは巨大な崩落を引き起こし、瓦礫の上に居た生き残りの砂国テラーの住人共々シュガー一行を地下へと叩き落としたわけだけれど――


「それで、ここが古代遺跡にか」


 ハスパエールは、周囲に自分以外の人間が居ないことを確認しつつ、自分が落ちたを見下ろした。


 少しだけ薄暗い闇の世界に広がるそこは、例えるならもう一つの国だろうか。都市国家であるテラーの真下に存在したもう一つの都市国家。群れる建造物に超高層ビルディング。円を描くように都市を構成するそれらは、まるで宮殿のように広大な地下空間に一つの国を作り上げていた。


 ここが、噂に聞く古代遺跡。ロストテクノロジーの宝庫にして、魔窟。


「……ご主人はまあ、生きてるとして……さて、どうしたものかにねぇ……」


 ハスパエールが落下したのは、地下空洞の中でもかなり端の岩場だ。ちょうど地下空洞全域を見渡すことができる場所である。


 ただ、そこに落下することができたのは偏に彼女のベスティア族としての才能のおかげだ。空中での姿勢制御はもちろんのこと、一緒に落下した瓦礫を足場に空中を駆け抜けて安全な落下地点を選ぶことができた。


 ただ、他の全員はそうはいかない。まあ、シュガーが死んだとは思ってないけれども。それでも、と地下空洞の天井を見上げながらハスパエールは思う。


 数百メートルはあるだろうか天井は遥か彼方にあり、あんなところから落っこちてはただでは済まない。かくいうハスパエールもまた、自分と一緒に落ちてくれた瓦礫が無ければ無事ではなかった。


 いったい何人が生き残っていることだろうか。


「とりあえず、合流するにか……たとえ死体ににゃってても」


 ただ、この岩場でぼんやりとしているわけにもいかない。なので、ガシャドクロウの面を被りゴースト化してから、ハスパエールは岩場を降りて古代遺跡の探索へと繰り出すのだった――



―――――――――・-・・ ・- ・-・-・ 



 天井に空いた穴から僅かに光が落ちる大空洞の中で、そのロラロは立ち上がる。


「い、生きてる……」


 さて、ハスパエールからしてみればほぼ生きている希望はないと思われていたシュガー以外のその他大勢であったけれど、数百メートルの高さから落ちてもしっかりと生存していた。


 ロラロもそうして生存できた一人だ。ただ、落下した後に聞こえて来た、バクバクと音をたてる自分の心臓の音を聞いても、彼女はどこか生きている心地がしなかった。


 それもそうだ。地上から地下空洞までの数百メートルを自由落下。とてもじゃないが、自分が生きているなんて思えなかった。けれども、生きている。その違和感が拭いきれない。


 そんな風に呆然とロラロが自分の両手を見下ろしていると、後ろから知った声が聞こえてくる。


「なるほどねぇ……今のが、王様の魔法ってやつか」

「あ、カインさん」

「無事だったみたいだねぇ、ロラロ君」


 どうやらカインはロラロと同じ場所に落下したらしい。よくよく見てみると、周りにはテラーの住人達も居る。彼らもまた、この落下によって怪我をしているようには見えない。


 だからこそ、今しがたカインが発した言葉がより真実味をもってロラロの脳裏に響き渡る。


 王様の魔法。


 曰く、テラーの真下に大穴が空いた時も、守護魔法なる力を用いてテラーの住人たちを助けたと聞く。


 そしてそれは、二年前の大災害にて死んだ王族に変わり、王様と呼ばれる何者かの力である。


 今の今まで、そんな風な話を聞いてはいたロラロだけれど、生憎とあまりそのすごさを実感できていなかった。ただ、今自分が死にかけたことで、はっきりとその理外の魔法の意味不明さを理解する。同時に、それを操る王様のすごさも。


 予想外の事態に対する判断力に加えて、ロラロが見える範囲でも数十人の命を的確に救っている。もちろん、最初の大穴の時には助けられなかった人もいたと聞くけれど、自分だったら何かできる気がしない。


 だからこそ、ロラロは彼らの言う王様が何者なのかが気になった。

 ただ――


「一先ず状況を確認するべきだね。十中八九、ここは古代遺跡の中だ。安心できるような場所じゃあない」

「こ、古代遺跡って……あの古代遺跡ですか!?」

「ちょいと暗いが、よくよく周囲の岩肌を見て見な、ロラロ君」


 そう言いながら、カインが火の玉を空に浮かべて明かりを灯す。そうして、今の今までは巨大な地下空洞の中としか思っていなかった世界が明瞭になった。


「……これが、古代遺跡、ですか……」

「ああ、そうだよ。ロストテクノロジーの宝庫にして魔窟。ここが、こここそが古代遺跡さ」


 岩と思っていたもの。それは、黄土色からかけ離れた白色無地の石材質。けれども、冶金に長けた地下暮らしのガガンド族であっても判別できない謎の素材。


 それがパズルのピースのようにいくつも重なり合い、一枚の壁が作られている。そうしてできた街並みが広がる世界。ファンタジーからかけ離れたSFチックなこの場所こそが、ごくまれに地下から発掘されるという、超古代文明が都市こと古代遺跡である。


 ロラロたちは今、あの巨人の一撃によって古代遺跡へと叩き落とされたのだ。


「あ、貴方たちも無事だったんですね!」


 さて、そうしてロラロが周囲の状況を確認していたところ、灯りに集まってきた人の中から知った顔が見つかった。


 フーディールだ。


「フーディールさん! えっと、師匠たち見ませんでしたか?」


 合流したフーディールのほかにも、ぞろぞろとテラーの住人たちが集まってくるけれど、その中にはシュガーの姿がない。そのことを心配してか、ロラロは見なかったかと訊いてみるが、望んだような答えは返ってこなかった。


「仕方ないよロラロさん。薄暗いし、落ちてる最中にバラバラになっちゃってるみたいだから。僕たちの方も、集落の全員が居るってわけじゃないし……」


 やはり、空中で落下する過程で別々の場所に落ちてしまったようだ。ただ、やはりというかなんというか、例え王様の魔法が無かったとしてもシュガーに限っては生きていそうな気がしてしまう。


「まあ、今ここに居ない人間のことを考えても仕方がない。とりあえず、私たちは私たちで出来ることをしようじゃないか二人とも」


 ここで指揮を執るように立ち上がったカインは、改めて自分が出した灯の下に集まった人間たちを見回してから言う。


「先ずは安全確保だね。ここはロストテクノロジーの宝庫だけれど、財宝に番人がつきものなのは古今東西の常識だ。得体のしれない魔物に遭遇する前に、まずは体制を整えようじゃないか」



―――-・-・- ・・-・・ ・・- 



「痛ったー……なんだよーもー! 変なことしちゃってさー! ってかあんな攻撃で壊れるんだったら、私がもっかい壊して遺跡ごと生き埋めにしてやってもいいんだぞー!!」


 こちらシュガー。当然のごとく生存。


 と、言ってもまあ、やはりこちらも王様の魔法の力があってこその生存だ。やはりこの女、運がいいというかなんというか。とにかく、ギリギリのところで死なない。けれど瀕死にはなる。彼女が辿る運命は複雑だ。


 ちなみに、余談でしかないけれど彼女の現在HPは5000程だ。やはり、地震の時に咄嗟に使った〈決死狂奔〉の代償は重い。


「んー……ランプ!」


 そう言いつつ、冒険者に必須なアイテムの一つであるランプを幽世小袋から取り出すシュガー。これによって、真っ暗な地下空洞に光を灯す。


「……みんないないな」


 あたりをキョロキョロ見回してみるも、近くに落ちてきた人間は見当たらない。もしかすれば、またもや彼女が背負う大盾が物理法則を捻じ曲げたのかもしれない。


「うへー……ちょっと寂しいな。というか、なんで私生きてるんだろ。今回ばっかりは流石に死んだと思ったんだけどなー……まあ、私が生きてるってことはみんなも生きてる確率高そうだからいいけどさ」


 寂しさからかちょっとだけ凹み気味のシュガーである。ただ、自分が生きている事実が、自分のあずかり知らぬ外的要因にあることは気付いていて、ならば他のみんなも生きている可能性が高いことを悟っている当たり、意外にも冷静なシュガーであった。


「うえーん、ぼっちはさみしいよー」


 泣きそうである。一応、これでもいい年をした大人なのだが……まあ、さもありなん。


 さて、これからどうしようか。とにかく独りの現状から脱出するために、今後の展開をシュガーが考えていると、声が聞こえてきた。


「あ、誰かいた! すいませーん! 大丈夫ですかー!」

「希望の光!!」


 人に飢えていたシュガーが求めに求めた二人目の登場である。どうやら、自分以外にもこの近くに落ちていた人間が、灯りを見てこちらに来てくれたらしい。


 一人じゃなかったことに安堵しつつ、喜びをもってして合流した人を見て、シュガーの動きは固まった。


 というのも。


「……って、あんた! なんであんたみたいなよそ者と合流しなくちゃいけないのよ!」


 振り返った先に居たのは、遭遇してからずっとシュガーたちを敵対視し続けるソラカだったのだから。


 気まずい空気があたりに流れる。ただし、アマノジャクはこうも考えた。


(……もしやこれはデレタイムあるのでは?)


 ツンツンとした態度をとり続けたソラカだけれど、必ずもしも彼女だって人に当たるような性格じゃないはずだ。つまりは、この状況で好感度を上げさえすればデレてくれるのではなかろうかと、シュガーは考えたわけである。


 まったくもって、彼女はこのゲームを恋愛シミュレーションと勘違いしているのだろうか。


 まあ、何はともあれ。


「ふふふ、ソラカちゃん。今は二人しかいないみたいだし仲良くしようね~!!」

「ああもう最悪!!」


 どんな理由であれ、彼女たちは古代遺跡へとたどり着いた。


 レイドクエストが始まる。


 絶望と希望が。

 善と悪が。

 正しさと間違いが。

 正解と不正解が混じり遇う物語クエストが。


 始まる――

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