第67話 デカァァァァァァァァァァイ!!
シウコアトル 全長五メートルの大蛇。
ツリーアルマジロ 全長三メートルのアルマジロ。
ガシャドクロウ 身長三メートル近い骸骨。
ロンログペシミア 伸長時の体長は六メートルにも達する猿。
とまあ、私が今まで戦って来たボスの名を冠する魔物たちは、総じて巨大と言って差し支えない大きさを誇っていたけれど。それにしてもこれはやりすぎだろうという巨人が今、私たちの前に現れた。
その体高は目算およそ20メートル。圧巻の巨体は穴の底を埋め尽くす瓦礫の中から立ち上がった。
おおよそ人型と思えるシルエットは、粘土のような滑らかな表面をした黄土色の体躯をしており、頭と思われる場所には図星のような円形のマークが印されている。腕は二本。足も二本。それが、世界の終わりが如き大地震の後に現れた『尖兵マードック』なるクエストボスの姿の全容だ。
ただ、私は思った。
思ったってよりも直感したって言った方が正しいんだけど。
あ、これ違うなって――
「おい、どうするんだシュガー君!」
「あ、は、はい! えっと……戦うの?」
違う。というか違和感、というか。なんかおかしいなって。いや、確かに目に見えてわかる脅威だけれども。
「戦うのって、ご主人! クエストボスに!」
『とりあえず、ぶん殴ってみるか……あぁ!?』
両手にナックルを装備したハスパエールちゃんや、魔導甲冑を装着したロラロちゃんは既に戦闘態勢を取っている。一応私も、〈決死狂奔〉で減ったHPを回復して備えだけはしている。ポーション再使用のクールタイムのせいで、まだ6000ぐらいまでしか回復してないけど。
というか、HPの上限値が元に戻っても、残存HPまで元に戻らないんだね、これ。前は瀕死で気づかなかったけども。効果が切れてHP上限が戻った後も、残りHP184しかなくてびっくりしちゃった。
さて、そんな風にHPを回復させながら戦闘準備を整えて、突如現れたマードックを睨む。あれを倒す、こと自体はたぶんできる。いや、あの巨大質量が相手になると、相当苦戦するとは思うけども。前とは違って、大きな火力を出せるカインさんが居るのが大きい。彼女の魔法の前には、マードックの巨大な体なんてただの的に過ぎないから。
けれども。
「これ、本当に倒すべき?」
ロラロちゃんの言葉はわかる。砂嵐が防衛装置だとして、先ほどの揺れも外敵から遺跡を守るための防衛装置である可能性は大いにあり得る。
だけどさ。おかしいんだよね。
なにがって……出て来た場所だ。
あの怪物は、瓦礫の中から出現した。
「……いや、一旦てんかーい!」
「うにっ!?」
とりあえず私は、突っ込もうとしているハスパエールちゃんのお腹をつまみ上げて一旦静止。うん。今日もすべすべで触り心地いいなぁ!
じゃなくて!
「先ずは戦う前に集落に行こうよ! あっちの様子……っていうか、ああいうのと戦うなら人数が多い方がいいし!」
「言ってることはわかるにけど……にゃぜに腹を触ったに!!」
「そりゃ触りたいからね!」
私はいつだってハスパエールちゃんのお腹を触りたいよ! というかもう国宝にしてもいいと思うんだよねハスパエールちゃんのすべすべお腹! あ、でも国宝にしたら気安く触れない!! うごご、ジレンマぁ!!
『確かに、人数が多い方がいいのは確かだな。あのデカ物、俺たちだけじゃ一苦労だぜ』
「ロラロちゃんの言う通り! というわけで全員、集落の方へ移動開始ー!」
一番の懸念点であったロラロちゃんのバーサーカーモードであるけれど、荒々しい口調と戦闘スタイルからして猪突猛進かと思いきや、意外にも聞き分けのいいロラロちゃんである。
なんかいろいろと開放しちゃってあるバーサーカーモードなロラロちゃんも、やっぱりロラロちゃんなんだなと根っこの部分の純朴さを感じつつ、私たちは急いで集落の方へと走った。
もちろん、私たちの拠点から集落はそこまで離れた場所にはないので、ハスパエールちゃんのようなAGI特化でなくともすぐにたどり着くことができる。
おかげで、さっきハスパエールちゃんが語った“全滅はしていない”という有様を目で見ることになってしまったが、それは後回しでいい。
「フーディール君! ソラカちゃん! 二人とも大丈夫!?」
「そちらも無事で何よりです……が、安心するにはまだ早いようで……」
集落の外に集まる砂国テラーの住人達。数は少なくなっているし、ボロボロの傷だらけではあるけれども、半数以上は生き残っている様子。
その中にはここまで私たちを案内してくれた二人の姿もある。二人の無事に安堵しつつ、状況を訊く。
「見ての通り、地面の揺れで吹き飛ばされて何人もの人が亡くなってます。かくいう僕も、右腕をやってしまいまして……」
「ちょっとフーディール! こんな時になんでそんな奴らと会話してるのよ! 変なデカい奴が現れてるのよ! 今は、集落のみんなで力を合わせて何とかしないといけないときでしょ!」
そこで、既視感のある調子でソラカちゃんが私たちの会話に入って来た、けれど。その噛みつきもちょっとだけ、調子が悪そうだ。
「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょソラカちゃん!」
そんなにも調子が悪そうなのに、何をしようというのか。それに、ここに来たからには私たちも一蓮托生だ。
「こういう時に協力してこそ、でしょ!」
「っ……いらないわよ! よそ者の助けなんて!」
けど、私が繋ごうとしたては素っ気なく払われてしまった。何がそこまで嫌うのかは知らないけど、ちょっとだけショック……。
「それで。一応聞くけども、この集落には何人戦える奴が居るんだい?」
さて、そんな一連の流れをぶった切るようにして、そんなことをカインさんが二人に尋ねた。
というか、それが普通の反応で。現在、この場には突如として現れた巨人を倒すことに異を唱える人間などいないはずだ。私以外。
「足を引っ張らないとなると20人。かき集めれば50人。けが人を含めると……100人ぐらいは戦えます」
「十分だね。見た感じ、あの巨人はAGIが高いタイプじゃない。踏みつぶされないように立ち回ったところを、魔法で叩くのが一番いい戦法だとあたしは思うよ」
此方の判断を仰ぐように視線を向けてカインさんはそんな提案をする。悪くはない提案だ。現在、巨人は此方に向かって歩いてきているところだけれど、そこまで速度のある歩みじゃない。此方にたどり着くまで、まだ時間はかかるだろう。
ハスパエールちゃんのAGI程でなくとも、ある程度素早く動ければ、簡単に攻撃を避けられそうだ。
そうして時間を稼いだところで、強力な魔法で狙撃。理に適った攻撃方法だろう。ただ――
「……戦う、べきなのかな?」
違う。ここでその言葉は、間違いなく間違っている。だけど、私には言わざるを得なかった。
戦うという選択肢に対する疑問を。
「何を言ってるんだいシュガー君?」
「あ、いや。その……なんかちょっと違和感があって……」
「違和感って……ありゃどう見たって敵だよ! ユニークボスとそう変わらない強大な敵だ! あれを無視しろっていうのも無理な話だ!」
うーん、まったくもってカインさんの言う通りだ。けれども。
「違和感が、あるんだよ」
違和感。何かが違う。私たちが居抱く予想が、事実からずれているような。そんな予感がする。
きっとたぶん、私は何かに気づいている。今までの情報から、何らかの答えに無意識でたどり着いている。けれども、その答えに思考が間に合ってない。理論立てて説明することができない。
だから、わからない。
いや、実際私も戦うのには全面的に賛成だ。襲ってくるのなら、立ち向かうしかないのが世の常だ。けれども、そんな些細な違和感が、私の腕を止めてしまう。
なにが、なんで、私は、違和感を、抱いている?
砂嵐? 大穴? 王様? 砂国テラー? 虫食? 魔法? 過去作? 集落? 遺跡? 守護魔法? 防衛装置? 荒野? 二か月前? 瓦礫? 外敵? 侵入? 崩落? 地震? 地中? 巨人? ――敵?
私は何に、疑問を抱いているんだろう――
「あ」
わかった、というか。
なんとなく。理解した。ぼんやりと、霧を掴むように。
「……あれ、敵じゃない」
「はぁ?」
私を問い詰めるようにしていたカインさんから、何を言っているんだという責めるような声が上がる。ハスパエールちゃんたちも、私が何を言っているのかわからないような呆れをその表情に浮かべていた。
ただ、なんとなく。いや、なんとなくというか。総合的に考えて。
「あの巨人は敵じゃない。まあ、味方でもないけど……わざわざこっちから敵対する必要はない、はず」
あの巨人は敵じゃない。それが私が出した答えだった。
「……根拠は?」
「時間差、だよ」
時間差。
私が気づいたのは、あの巨人が現れるまでの時間差。
地震が起きてからしばらくして。激しい揺れで消耗した私たちがある程度回復できるまでの時間、あの巨人は姿を現さなかった。
だから多分。あの巨人は――いや、言い方が違う。換言するとすれば。
「あの巨人も、遺跡の防衛装置だ」
おそらくあの巨人は地震の後に追撃用。地震によって敵の動きを鈍らせた後に、とどめを刺すためのコマ。だからこその、尖兵という名の表記なんだ。
だってあれが外敵だとして。地中を潜航して地下の遺跡を目指す外敵だったとして。あんな地震が起きたとして。数分経ってから、瓦礫の中から姿を現す理由がない。
そもそも、出現する際に慌てた様子がなかった。まるで、地震が起きた後の巨人出現が予定調和であったように。
地震中だったら、溜まらず外へと飛び出した可能性が高いけれども。そうでないのならば、断言できる。
それに――
「……なんで、知ってるのよ!」
完全に意図していなかったけれども。遠回しにこの場所に遺跡があることを断言した私の言葉を聞いたソラカちゃんが、一つの事実の答え合わせをしてくれた。
「やっぱり、この国の地下には遺跡があったんだね」
「……!!」
しまった、という顔をしたソラカちゃんであるけれど。こっちは元から遺跡がある前提で動いてるからもう遅い。うん、なんかこう、失敗して恥ずかしがってる女の子の顔ってくるものがあるよね。じゃないくて!
「もしもやましいことがないのなら、敵対されるわけじゃないはずだよ。少なくとも、この瓦礫の中で私たちは三日、ソラカちゃんたちは二か月近くも生活していたんだ。だからきっと、あの巨人は、ひいてはさっきの地震が起きたのは、私たちとは別要因。……やましいことがないのなら」
この下に遺跡があるとして。さっきの地震やあの巨人が防衛装置である可能性が高い。とすれば、外敵を排除するために進軍を開始したとみることができるけれども。少なくとも、ただ地上で生活しているだけで起動するような防衛装置じゃないことは、既に二か月近くここで生活しているソラカちゃんたちが証明してる。
それに、私たちが来たからというには、三日という時間は少々遅い。だからきっと、何か別のことが起きたのだ。もしくは――
「砂国テラーがなにかやったの?」
ソラカちゃんとフーディール君の顔が青くなる。そしてその二人だけではなく、遠巻きで私たちの会話を聞いていたテラーの住人達もまた、気まずそうな顔をしていた。
何かをしたんだ。彼らが。
だから、防衛装置が――
「ご主人!」
時が止まってしまったかのような沈黙が私とソラカちゃんの間に緞帳を垂らしたその瞬間、ハスパエールちゃんが大声を上げた。
こんな状況で無意味に会話を遮るような彼女じゃない。きっと何かが起きたんだ。警告しないといけないような何かが。そう思って、ハスパエールちゃんの方を見て、続けて彼女が指差す空を見た。
巨人が、腕を振り上げていた。
けど、離れてる。私たちの元に到達する何歩も手前で、何もない瓦礫目がけて、巨人は腕を振り上げていた。何をするつもりなのか。何を目論んでいるのか。
「瓦礫を、狙ってる……?」
そう私が呟いた瞬間に、巨人の腕がスレッジハンマーのような勢いで地面へと叩きつけられた。瞬間、ぐらりと地面が大きく揺れて。
地面が。
抜けた。
瓦礫が。
崩落したのだ。
「……わぉ」
予想外の展開の連続に、思わず私は我に返ってしまう。
驚くとか、困惑するとか、そう言うの以前に。アマノジャクらしく。抜けてしまった地面を見下ろしながら。
「これ、遺跡に直通ってやつかな……?」
巨人の手によって集落の足場となっていた瓦礫が崩壊し、そこにいた全員が穴の底よりも深い地下へと落ちていく。
その事実に、空気が読めないような好奇心を高鳴らせつつ、どうにか近くを舞った一人を掴んだ。服の裾一枚、辛うじて。
そしてそのまま、私たちは落ちて行った。
深い、深い。
古代遺跡の中へと。
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