第66話 肉を切って仲間を守る


 その瞬間、世界が揺れた。


 グラグラと、グラグラと。大地が逆さまになってしまったのではないかと錯覚するぐらいに強烈な大地震。

 縦揺れなのか横揺れなのかすらも判別できないほどにぐちゃぐちゃに、世界が揺さぶられている。


 そんな世界の中で、私は――


「〈決死狂奔〉!!」


 私だけが唯一、世界の中に立っていった。


『現在HPの上限が189に固定されます』

「上等!」


 咄嗟に幽世小袋から取り出したるは狂闘狼の短槍。発動するは超絶デメリットと引き換えに一時的な神速を手にするスキル〈決死狂奔〉。


 脳裏にアナウンスが流れると同時に、揺れる大地へ駆け出した。


 駆けだした大地は酷い有様だ。

 あらゆるものがシャッフルされている。人も、瓦礫も、穴の底にある何もかもが。何かに掴まっていなければ、揺れの勢いだけでどこかへと飛ばされてしまうような地獄絵図。


 例えるならば、そう。虫かごを振り回した時の振動で、中の虫が飛び跳ねるみたいな。そんな感じ。


 そんな世界で私が普通に立てているのは、きっとウィズさん謹製の大盾のおかげ。百手蛇の灼瞳大盾が誇るスキルが一つ〈百手蛇の蛇足〉の効果『吹き飛ばされにくくなる』のおかげだ。


 盾を構えた時とは書いてあるけれど、背負って装備している限りは有効らしいこの効果。どうやら吹き飛ばされるというよりも、『外的要因による強制移動』に対して強力な強制力を持つらしい。


 おかげで、こんなひっちゃかめっちゃかな地震の中でも、二本足で直立できているわけだけれど。おかげで、余計に不安になる。この世界に取り残されてしまったような気がして。


 けど、そんなこと二の次三の次。今優先すべきは、ハスパエールちゃんたちの身の安全だ。


 現状、私は行動可能だけれども、他のみんなはそうはいかない。ハスパエールちゃんは猫のベスティア族らしく、しなやかな身のこなしで何とか対応している。ただ、他の二人にはそんな芸当は不可能だ。


 特にロラロちゃんなんて、体重の軽さが災いして地震が起きて数秒で上へと跳ね上げられてしまった。数メートルも上空に。


 彼女も一応、ステータスの防御力に守られた人間だ。けれども、こんな状況で無事を確信できるほど私は能天気になれなかった。


 どうする。どうする?


 優先度の順位は在れど、この天変地異は等しく全員の対応力の外にある。この状況で私のできることは――


「全員、助ける――!!」


 できるできないか、じゃない。助けられずとも、助けようとするべきなんだ!


 振り切れたAGIによって加速する思考の中で、私は必死に考える。どうすればこの状況からみんなを助けられるのか。そもそも、この地震はいつまで続くのか。すでに十秒。大災害は続いている。けれども、止まる予感は一切ない。


 そんな中で、私は。


「これ!」


 幽世小袋から、熱気球の球皮に使ったロンログペシミアの皮を取り出した。再利用の目論見もあって、まだ皮には魔導甲冑に結び付ける用の紐が四本繋がっている。その端をもって、全速力で私は揺れる世界を駆け抜けた。


 神速の移動に引っ張られる球皮。それは落下傘のように面積を大きく広がった。それを使って、空へと飛ばされてしまったロラロちゃんをからめとった。


 クッション兼、命綱。この皮の中なら、どこかへと跳ね飛ばされることなんてないし、瓦礫の角にぶつかって怪我をするはずもないはずだ。


 同時に、他の二人も神速のままに回収する。


「あとは、口を閉じて、大人しく……ッ!」


 私が楔だ。地面に球皮を縫い留める楔。私が居れば、皮ごとどこかに飛んで行ってしまうことはないはず――あとは、三人が揺れに吹き飛ばされないよう魔力を使って皮を縮める。それから、三人に覆いかぶさるようにして、耐える。


 上に下にとぐわんぐわん。気分はまるで遊園地のフリーフォール。足場が何メートルもの高さを上下しているような、どうしようもなさ。


 そんな地獄を必死に耐えること数十秒。それはようやく収まった。

 ようやく、ようやく。何十年ぶりに地上に戻ってきた船乗りのように、足元が覚束ない不確かな感覚に陥ってしまうほど激しい上下移動の世界の中から、ようやく静穏な世界へと私たちは戻って来た。


「っ……助かったにご主人」

「あ、うん。気分は大丈夫そう?」

「まあそれにゃりには……いや、ちょっと最悪に……ロラロなんて喋れそうにない」


 地震が収まってから数秒後。皮の中からハスパエールちゃんが姿を出した。真っ青になった表情からは、言われずとも最悪の調子を読み取ることができるけれど、残る二人の有様に比べれば流石はベスティア族と言ったところか。


 それから数分。安否を確かめてから、二人の気分が戻るのを待つ。その間も一応、地震が再び起きてもいいように三人には皮の中にいてもらった。


「あちこち打撲しちまってるねー。あー痛い痛い」

「と、とはいえ……全員無事で何よりです……。ありがとうございました、師匠……。」

「ううん、気にしないで。ってか、これが最善だったってわけでもないと思うし」


 しばらくしてなんとか調子を取り戻した二人だけれど、まだまだ調子は悪そうだ。


 ただ、何とか無事。無傷とはいかないけど、突然の異変には対応できた……って、そうだ!


「集落の人たちは!?」

「……不味いかもしれないねぇ」


 私の――厳密には百手蛇の灼瞳大盾のおかげで地獄の数十秒を耐えた私たちだけれど、あちらの集落にそんなものはない。下手をすれば全滅してしまった可能性もある。


「心配する必要はないにぃ、ご主人。全滅はしてないに」


 何て心配をしていたら、いつの間にか背後に居たハスパエールちゃんがそう教えてくれた。どうやらガシャドクロウのお面を使って集落の様子を見に行ってくれていたらしい。


 どうやら全滅はしていないようだ。全滅は。


「酷い有様ではあるってことだよね……」


 全員無事でもなく、何とか大丈夫でもなく、全滅はしていない、と。その言葉選びに含まれた表現に、ちょっとだけ察してしまった。


「一応、集落の方に行こう。手持ちのポーションで助けられるかもしれないし」


 数分経ってしまったとなると蘇生ポーションは意味ないかもしれないけれど。それでも、助けられる可能性があるなら言った方がいいかもしれない。


「媚びを売って得られる情報があるかもしれないしねぇ」

「まあ、それもあるけどねー」


 それは言わないお約束だよカインさん。


「……し、師匠」


 とりあえず手持ちのポーションを確認しつつ、集落の方へと移動しようとしたその時、ちょっとだけ不安そうな顔をしたロラロちゃんが話しかけてきた。


 不安そうというよりも、気分が悪そうというのが半分以上を占めている顔だけど。それでも、隠しきれない不安が、ちらちらと顔を覗かせている。


 いったい何があったのだろうか。そんな風に思って話を聞いてみる。


「どしたのさ」

「あ、いえ……その、ちょっとだけ。気になることがあって……確か、あの砂嵐やこの陥没って、古代遺跡の防衛装置、の可能性が高いんでしたよね?」

「予想でしかないけどね。確率は、かなり高いと思うけど」


 少なくとも過去作プレイヤーである私とカインさんは、あの砂嵐が古代遺跡のものであることは知ってる。だから何だって話だけどさ。止める方法だってわかんないし。


「それじゃあ、えっと……今の地震も、その防衛装置の機能、と言えるのではないでしょうか?」

「……」


 そ、れは。


 確かに、考えてなかったはずだ。

 最悪の可能性。三度目となる防衛装置の起動――


 ――ではなく。


「防衛装置が起動するような何かが起きた、んじゃ、ないんですか?」


 ロラロちゃんは、会議の場ではあまり発言しないタイプだ。けれど、話はちゃんと聞いているし、よく理解してくれている。だからこそ、その話が、現実味をもって私の理解に触れた。


「防衛装置が起動するような、なにか?」


『クエストが進行しました』


 聞いたことのないアナウンスが脳裏に響く。


 予想外の宣告。迸る嫌な予感。何かが起きる、数秒前。


「何かが、来る……?」


 その時、再び世界が揺れた。けれども、その揺れは先ほどとは比べ物にならないほどに小さいモノ。けれど、“ソレ”の登場を報せるには、十分すぎる予兆だった。


「ご、ご主人、あっち! 瓦礫が……」

「あちゃー……なるほどねぇ」


 巨大すぎるそれは、瓦礫の中から屹立した。


『クエストボス「尖兵マードック」が出現しました』


 今までの何がきっかけかはわからない、けれども。どうやらクエストは、ここに来てようやく始まったようだ。


 レイドクエスト【千古不易の没落貴族】は、ここからようやく始まるらしい。


「大きすぎじゃない……?」


 瓦礫の海の中から現れた高さ20メートルを超える人型の怪物を見上げながら、私はそう呟いた。


 


 

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