第65話 進む歯車危機一髪
「第一回調査報告かーい!!」
砂国テラー跡地に滞在を始めて三日。野宿の拠点として利用している、集落から程なく離れた瓦礫の盆地にて、私たちは焚火を囲みながら最後の保存食を食べていた。
けれども、なんだか空気が暗い。誰も何も話さない。なので一喝。大声と一緒に両手を上げて、私は空気を切り替えようと立ち上がった。
「急にどうしたんだいシュガー君」
「いや、そりゃそうでしょ! 露骨にテンション下げてるハスパエールちゃんとロラロちゃん! これで最後の保存食だからって気を落とさないでよ!」
呆れたように私を見上げるカインさんだけれど、それはこっちのセリフだよ! なんでごはんの時に陰鬱な感じになってるのさ。特にロラロちゃん! 残りの保存食の量を見るたびにため息をつくのはやめたまへ!
いやまあ、仕方ないのかもしれないけれども。なにせ、この保存食が切れれば虫食である。文化としては許容できるが、慣れていないと忌避感を覚えてしまうのも仕方のないことだろう。かくいう私も、好奇心というよりも不安の方がちょっとだけ勝ってたりする。
特にロラロちゃんはその不安が大きいようで、出来ることなら食べたくないようだ。
「そろそろ甘いものが食べたいにぃー」
逆に、ハスパエールちゃんは虫食についてはなんとも思っていないらしい。ちょっと意外だ。けれど、ここ一週間以上変わらない味を食べ続けていることもあって、保存食に飽きてしまっている様子。
なので自然と、私たちの食卓には会話が無かった。何とも悲しい話だ。というわけで、私がこの空気を変えるために立ち上がった、のが事の顛末である。
「報告会、というとここ数日の調査について、ですよね?」
「うん、そそ。一応、二人ずつで別れて行動してるわけだしさ。お互いに共有しておいた方がいいこともあるでしょ」
ロラロちゃんの捕捉に返事をしながら、もそもそと私も保存食を食べる。
保存食は乾燥肉だ。少し硬いけどむしろそれが歯ごたえとして口が楽しい。塩味が効き過ぎてるのがちょっと欠点かな。それをがじがじ。何度も噛んでほぐしながら食べる。
「と、言ってもね……調査をしたはいいが、芳しいものを見つけられちゃいないよ。面白そうなのはいくつかあったけどね」
ぶちぶちぶちと、魔法使いにしては力強い噛付きでジャーキーの繊維を引きちぎりながらそう言うカインさんは、私の目を睨むように見つめていた。
調査、といのは当然ながら砂国テラーの瓦礫が広がる穴の調査のことだ。この三日間、私たちは私とハスパエールちゃん、ロラロちゃんとカインさんの二手に分かれて、この穴の底を調べて回っていた。
もちろんそれは、レイドクエストをクリアするためで、未だその全容が見えない【千古不易の没落貴族】を攻略する道筋を私たちは捜索している。
ただ、思い返してみれば詳細を語るような報告会はしていなかった。なので、空気を転換するついでに、ここでお互いに調査中のことを報告しようという話だ。
「面白いことって、なんかあったの?」
さて、そんな報告会にて、特に何か見つけれていないと言いながらも、面白そうなものがあったとカインさんは語った。
矛盾してそうなその言葉に私は疑問符を浮かべざるを得ない。ので、素直に訊いてみた。
「そうだな。ここで何が起きたのかって理由に付いちゃーあんまりわからなかったけれどね。ただ、ここの住人は一筋縄じゃ行かないねぇって思ってね」
「というと?」
「監視されてるってことさ。それに関しては、そっちも気づいてるんだろシュガー君」
気づいてるんだろっていうか……まあ、監視されない方がおかしいというか……。
「なんかこう、衆人環視って興奮するよね……」
「なにを気持ち悪いこと言ってるにご主人……」
いや、だってさハスパーエルちゃん! ほら、見られてるって感じるとなんかやましいことしてなくても緊張するって言うかさ、緊張がまた刺激的って言うかさ! ね!?
なんて冗談は横に措いて閑話休題。
「そういえば」
ここまでの話の流れをぶった切りつつ、私は今思い出したかのようにそう続ける。
まあ本当の本当に、今ふと思い出したことでしかないことだけれど。
「ハスパエールちゃんに頼んでこっそり立ち入り禁止エリアに行ってもらったんけど……」
「言われた通りって感じにね。あれは何かを隠してるってよりも、本当に危ないから近寄らないほうがいいって感じに」
フーディール君が言っていた立ち入り禁止の場所の調査には、九面煉獄ガシャドクロウを付けてゴースト化したハスパエールちゃんに行ってもらった。あれを装備すると、目で見えなくなるのでこういう時に便利だったりする。
けれども、調査した結果は特に何もなし。崩落した瓦礫が不安定な場所や、大穴が空いている場所。蟻地獄のようになっていた李、更なる崩落が起こりそうな場所などなど、言われたとおりに危険な場所でしかなかった。
そこから総じて考えられるのは――わかんない!
「あたしのほうも一度集落の方にも回ってみたが、似たような感じだったよ。誰もが何かしらを隠してる。それが何かはわからない」
「うーん、やり辛いな……」
カインさんは集落のほうにも行ったらしいけれど、似たようなものだったらしい。
流石はレイドクエストか。たった四人でクリアするにはなかなかに難易度が高い様子。
こうなると、一回クリアは諦める、なんて選択肢も出てくるかもしれない。砂嵐を突破できることは証明できたし、気球も再使用できるのでいつだってここから脱することができるしね。
……ん? 今、何か引っかかった気がしたんだけど……なんだろ。なんだか、小骨がかかったような感じが……。
「ハスパエール君とシュガー君」
と、思考中断。カインさんに呼ばれてしまった。
「何かなカインさん」
「ハスパエール君のそのゴースト化、というやつだけれど壁抜けとかはできないのかい?」
ああ、確かにそうか。ゴーストなら物質的な存在じゃないから、壁抜け出来て当然。それができれば、大きく探索の幅が増えるはず――とは、行かないようで。
「無理にね。いや、出来るとは思うんにゃけど……できないというか」
「煮え切らないの返事だねぇ」
なんともあいまいな言葉だけれど、結局のところできないらしい。というのも。
「壁を抜けるって感覚自体がわちしにはちょっと理解できにゃくて……。にゃんというか、ムカデが人間みたいに歩けないし、もちろん人間はムカデとおんなじ歩き方ができないみたいな感じかにね……?」
解かり辛いというか、解かりやすいというか。つまりは、生物的に使いこなせない、みたいなものかな。腕が二本しかない私たちには、三本目の腕の使い方がわからないとか。百本の足の動かし方が理解できない、みたいな。だから、ゴーストのように壁抜けができない、みたいな。
「ただ、刃紅葉の谷で飛んできた葉っぱはすり抜けたにから、すり抜けることはできると思うにけど……なんというか、すり抜けようとすると引っかかるによ」
「引っかかる、と」
無差別にすり抜けるって言うのなら装備品とかもすり抜けてしまうわけだし、おそらくは本人の認識ですり抜けるものと触れられるものが分けられているようだ。
「ただ、他のスキルを使うためには解除しにゃいと行けにゃいのはネックにゃねー」
ガシャドクロウのゴースト化と他スキルの併用は不可、と。そう考えると、便利そうに見えて色々と不便なところもある。
ただ、出来ることは多そうだ。
なんて、そんな話に一区切りがついたころに。
「んに?」
ハスパエールちゃんが、徐に立ち上がった。
「あれ、どうしたのさハスパエールちゃん」
「いや……。にゃんか……」
キョロキョロと辺りを見回すハスパエールちゃん。ピンと立てた猫耳であたりを探っているけれど、お話し中に急に立ち上がるとはいったいどうしたのか。
「歌が……」
歌?
「歌、というと?」
「い、いや……ちょっとにゃんというか……歌が聴こえてきたに」
歌が聴こえてきたとハスパエールちゃんは言うけれど、私には何も聴こえない。
「なんというか……胸がこう……聞いてるだけでざわざわするというか……いやな、感じがするに」
胸がざわざわする? 珍しく的を得ない表現だけれど、なにかあったのだろうか。……いや、何かあったのだろう。
なにか、こう。
おかしなことでも起きたのだろうか――なんて、言った傍から。
『襲撃イベントが発生しました』
「……え?」
起きたよ。おかしなこと。
脳裏に響くアナウンス。同時に、私たちにそれは襲い掛かって来た。
世界そのものが壊れてしまったのではないかと思えるほどに巨大な地震が、私たちへと襲い掛かって来た。
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