第64話 その頃、世界の裏側では
砂国テラーの大穴の底にて、シュガー一行がレイドクエストクリアを目指して調査を始めたそのころ。
「なっ……んでこんなにも進みづらいんですかねこの道は!!」
「怒んないでよオーナー……ウスハ山道もそうだったでしょ、必ずしもすべての道が整備されてるわけじゃない。特にこっちは王都の街道から外れた場所だからね。仕方ない仕方ない」
「だったら春日も少しは手伝ってくださいよ!」
シュガーたちが進んだ荒野より離れた森林地帯。そこはウスハ山道を覆うリクス森林とはまた経路の違う、亜熱帯が如き密林の奥深く。
背丈よりも大きな高草や樹上から垂れ下がる蔦を斬りながら前へ前へと突き進むのは、ホラーソーンからシクラ街道を進んだ六華一行である。
彼女らはシュガー一行よりも一足早くホラーソーンを出立しており、尚且つレイドクエストのような特殊なイベントに引っかかることなくシクラ街道を北上し、現在はティファー大陸の中ほどに存在する巨大湖テイクスルー内に存在する群島の一つを探索中である。
どうしてこんなところに来ることになったのか、は、まあそれはもう色々とあったというほかない。
色々と――
「それにしてもおじいちゃんいないねー」
「他人事みたいに言ってますけど、すべてあなたの責任なのですが灰汁田」
「あははー……」
ぶんと手に持った野太刀を後ろに居る灰汁田川の方へと向ける六華。それもそのはず、六華たち四人がここに来るまでには確かに色々とあったのだけれど、大まかな原因は灰汁田川にあるのだから。
「いやでも、おじいちゃんは無茶苦茶するけど、ちゃんと【墨士】の師匠だから無駄なことはしないはずだよお姉ちゃん!」
「だったら私たちを巻き込まないでくださいよ! ああもう、おかげで受注寸前まで来てたギルドクエストが全ておじゃんじゃないですか!」
おじいちゃん、と灰汁田川が呼称するのは他でもない彼女の師匠――ユニークジョブ【墨士】を獲得するクエストにおいて、プレイヤーを指導する師匠に当たる老人のことだ。
またの名を『黒塗』のゲンカクとも呼ばれている。
しかし、彼は既にホラーソーンを旅立つにあたって別れている。というのに、なぜ彼が関わってくるのかと言えば――
「いやー……あのおじいちゃんのことだから何かしてくるとは思ったけど、まさかテレポートの魔法でどっかに飛ばしちゃうなんてね……」
旅の道中だった彼女らであるが、いつの間にかどことも知れない孤島へとテレポートしていたのである。原因は灰汁田川の師匠に当たるゲンカクの仕業。彼が使う【墨士】の技によるもの。
技の名前は知らないけれど、どことも知れない別の場所へと転移する墨魔法。しかもそれは、ロンログペシミアとの戦いで灰汁田川が見せたような、遠隔起動によって発動されたのだ。
巻き込まれた六華としては、溜まったものではない。それこそ、ホラーソーンからシクラ街道を進んで次の町にたどり着いて情報を集め、冒険者ギルドから信用を稼ぎつつ近場のダンジョンで装備品を強化しようとした矢先の話であるからなおさらだ。
ここ一週間の努力のすべてが水の泡になってしまったようなもの。彼女の怒りに満ちた態度も当たり前のことと言える。
「ひーん、助けて春日さーん!」
「ほらほら姉妹で喧嘩しないの。とりあえず起きちゃったことには仕方がないんだから」
怒られて涙目になった灰汁田川は、隣を歩いていた春日に助けを求めた。
貴公子然とした軽装を身に纏った柔らかな笑みをたたえる彼の名は春日秋冬。六華が作ったクランのメンバーの一人である。
このクランにおける彼の役割はもっぱらバランサーの一言に尽きるだろう。リーダーとして振舞う六華と、トラブルメーカーである灰汁田川の間に立って喧嘩を諫める。そんな役割だ。
「ほら、一応灰汁田川さんの師匠だって何も嫌がらせでこんなところに飛ばしたとは思えないしさ。ここで起きる何かをクリアしたら確実に灰汁田川さんは強くなる。それって、六華さんの目的にもプラスになることなんじゃないかな?」
「……わかってますよ。だからこそ、先に進んでいるのです」
春日の言う通り、これは灰汁田川の師匠が齎した現象だ。となれば、弟子を鍛えるためのものとしか考えられない。実際、ここにテレポートされた瞬間に、灰汁田川の【墨士】にまつわるユニーククエストが進行したため、間違いないだろう。
つまり、ここを乗り越えれば灰汁田川の大幅な強化が見込めるわけだ。それは、誰よりも先に進みたい六華にとって、望んでも居ないこと。
だからこそ、文句を言いながらも探索を続けているわけだ。
「それにしても、ここって何があるんだろうねー」
「人の気配はありませんね。となると、何かしらのモンスターの討伐が条件ではないでしょうか?」
ばっさばっさと、亜熱帯が如きジャングルの草木を切り分ける一行は、会話をしながら当てもなく前へ前へと歩みを進める。
「そこんところ、カナロアはどう思う?」
さて、ここで春日が陣形の最も最後方に位置する、総勢四人の六華一行の四人目へと話しかけた。
彼、或いは彼女の名前はカナロア。体の上から下までをすっぽりと覆いつくす外套に、口元しかうかがえないほどに目深にかぶったフードが特徴的なプレイヤーだ。
先ほどから、カナロアは六華たちの会話に一切参加せずに、無言で後ろを付いてきている。そんなカナロアに一言。この場所には何があると思うか、と春日は聞いた。
しかし、ここまで無言を貫き通したカナロアである。返事が返ってくるとは思えない――
「春日って、バブみ深いッス……」
「ん?」
「え?」
「は?」
「……あ、間違えましたッス」
キャラクターが濃いのは見た目だけにしてほしいと、六華は頭を抱えた。
いったい何を間違えたのだろうか。中性的な甲高い声で語られたのは、話の流れのすべてをぶった切る意味不明の言葉であった。
あまりの意味不明さに、六華だけではなく他二人も言葉を失っていた。そうして凍てついていく空気の中、しかし特に物怖じした様子もなくカナロアの話は続けられる。
「親の心子知らず……と言うッスか。師匠を親とするならば、その思惑を弟子が感じ取れるなんて、そんなわけないと思うっス。ならばここはなるようになるさ、と。目の前に現れた脅威を悉く叩きつぶすのが最善なんじゃないッスかね。その相手がモンスターであろうと、人間であろうと。それだけは変わりないッス」
先ほどまでずっとずっと、それこそテレポートでこの孤島に飛んできてからずっと無口だったはずなのに、口を開けばここまで饒舌なカナロアである。
両極端が過ぎると、六華は思った。しかも、語られる内容も、まるで薄っぺらい。まるでここまでずっと別のことを考えていましたと言った様子だ。
「要するに、何が起きるかわからないから、考えるのはその時になってからでいいってことだよね?」
「ッスネ~」
「ところでカナちゃん。さっきのバブみってのはー……」
「母性のことッスよ、灰汁田川さん」
「一応僕、男なんだけど……」
「そんな些細なこと関係ないっす!! バブみとはソウルの在り方。即ちセクシャルに依存しないスタイルなんスよ!!誰しもが赤子へと還りたくなる。そんな包容力こそ、バブみの真髄――!!」
頭が痛くなってくる。どうしてこんな奴をクランに入れてしまったのかと、数週間前の自分を疑い掛ける六華。
けれども。
「んあ、敵発見――」
会話中に発されたカナロアのそんな言葉と共に、ゆらりとカナロアの外套が揺れたかと思えば、そこからタコを思わせる触手がにょろりと顔を出した。そして次の瞬間、六華を不意打ちしようと藪の中からこちらを伺っていな魔物へと、その触手が突き刺さる。
ぐちゃりと、不快感を伴う音が響き、魔物は絶命。仕事を終えた触手は、静かにカナロアの外套の中の闇へと消えていった。
「……ありがとうございます。カナロア」
「いえいえ。パーティーメンバーの一人としては当たり前のことっスよ」
カナロアの戦闘力は、その性格を差し引いても頭一つ抜けたモノなのだ。おそらくはユニークジョブに由来するパワー。是が非でも、上を目指す六華のクランにはほしい人材である。
性格がアレなことを除けば、の話だけれど。
「ところで六華さん」
「……なんでしょう。カナロアさん」
「実を言うと、当方六華さんにもバブみ、感じてるッス」
「殺しますよ……?」
六華一行の珍道中は続く。
アマゾンのような熱帯雨林を突き進み、右往左往と冒険する。
けれどけれども。
「あれ、遠くに人影が……」
「人影ー? こんなところに?」
「モンスターの可能性もあり得るッス。先頭の準備を」
用意されたクエストをただこなすだけだなんて、そんな簡単な過程が彼女の運命に用意されているわけもなく。
「……おぉ! 人だぁ! ここに来てやっと人に出会うことができた!!」
災害は、あちらの方からやって来た。
……いや。
この場合は少し違うか。
「初めましてぇ、第一村人諸君よ!! どうもどうも、私こそが
森を突き進む六華一行の前に現れたのは一人の女プレイヤー。身に纏う装備からして、ゲームを始めたばかりとしか思えない人間だ。
この物語に渦巻く歪んだ運命は、六華たちを掴んで離さない。
「しらけた空気ありがとう! ところで、この奇跡の出会いを祝福してお話をしようそうしよう。さあ、まずは私から。実は私は、とあるプレイヤーを探していてね。今、彼女が何て名前で活動しているのかは知らないけれど、例年の法則から行けば名前のどこかに砂糖を思わせる語句を使っているはずだ」
砂糖を思わせる語句を名前に使ったプレイヤー。
六華たちが何かを言い出す口を抑えるように語る彼女が口にしたそのキーワードに、六華は一人の人物を思い出した。
ホラーソーンで出会った、因縁の相手。
ノット・シュガー。
「おっと……そこの帯刀しているお前。さては、心当たりがあるね?」
六華は思う。
あの女は、関係者までこうも変人なのか、と。
そして、また何か、おかしな流れに掴まれてしまったのだと。
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