第63話 隙を見せたな間抜けめェ!


「生き残りの人数は大体500人ぐらい……。と言っても、元からテラーの人口はそんなに多くいませんでしたから。これでも多い方ですよ」


 砂国テラーの瓦礫の中にひっそりと作られた集落の中を歩きながら、フーディール君はこの集落についての説明をしてくれる。


「見ての通り、ありもので作った宿ですから、空き家はありません。宿を期待していたのなら申し訳ないです」


 フーディール君の言う通り、集落の有様はかなりひどい。集落とは言うけれど、砂に塗れた布を、瓦礫の支柱を使って立たせているようなテントが無数に散らばっているだけの集合体であり、町や村、或いは国と言ったような共同体然とした空気が漂っていない。


 少なくとも、ホラーソーンの熱気に比べてしまえば、陰鬱な空気が立ち込めていると言わざるを得ないだろう。


 それなのに、テントの幕代わりに使われているカーテンなのかカーペットなのか、とにもかくにも赤や黄色と言った派手な色で覆われた住処が点在するせいで、陰気なのに派手やかな、ちぐはぐな景色になっている。


 そのちぐはくさが、なんだかすごい不安になる。


「そもそも、こんな状況で旅人が訪れるなんて想定してませんでしたしね」


 シニカルにそう笑うフーディール君。そんな彼の話を数歩先で聴いていたソラカちゃんは、ふんっと気に入ら無さそうな声を漏らした。


「それはわかったけど~……一か月はここに居るんだよね?」

「まあ、そうですね。厳密には一か月と20日ほど」

「んじゃさ、その間ってご飯どうしてたのさ」


 素朴な疑問。食糧問題。


 500人という数字は多いか少ないかでいえば間違いなく多い方だ。しかも、国のすべてが穴の底へと落ちてしまった今となっては、農耕なんてやってられない。ならば、この500人の飢えを満たすための食料はどうしているのか。


 そんな私の疑問に対して、軽口でも言うようにフーディール君は言った。


「見ます?」


 そんな風に言うものだから、牛や豚かと思ったのだけれど、家畜場として使われている場所まで行ったところで、軽い気持ちで付いてきたことを私は後悔した。


「うわぁ、すっご……」

「ああ、にゃるほど」

「え、家畜って……え、え? これ、食べるんですか?」

「食べるんだろうねぇ……」


 唯一引き気味ではないハスパエールちゃんを除いて、全員が大なり小なり笑みを引き攣らせる。なにせ、そこにあったのは一メートルちょっとの芋虫の大群であったのだから。


 それがぐにゃぐにゃぐにょぐにょ。半分だけ土を被りながらぶりぶりとした体躯をくねらせて生きている。


「サンドワームですよ。食べられますし、吐いた糸を紡げばそれなりの生地になります。何もない砂国ですけど、少量の餌と水と土で育つこの家畜が居るおかげで、生活できてるんです」


 すごいな砂の国の民。生きるためならそこまでするのか。

 いやいや、昆虫食なんて日本にも存在する文化じゃないか。……いや、私は食べたことないよ? 食べたのは友達。前に一回無人島に漂流した時、その子が蜂とか食べてたんだよね。


 私? そりゃもちろん釣りしましたともええ。最終的に釣れなさ過ぎてキレて投げた竿が、飛んでる鳥に当たって晩御飯になったのは秘密だ。


 釣果が悪ければ誰だって不機嫌になると聞いたので私は悪くない。悪いのは、隣で馬鹿程入れ食い状態だった霊感少女である。


 それはさておき。


「一応、衣食住は揃ってる感じなんだね」

「衣食住どころか、ワームさえいれば完結できるぐらいだね」


 すごいなワーム。一家に一台サンドワームの時代きたか。


 ……いや、そうなるとここまですごいサンドワームを輸出するだけで砂国テラーは大儲けのはず。つまり、そうはならないからくりがどこかにあるってことか。


 世知辛いな世の中。


「ちなみに訊くけど、これ以外の食料ってあるの?」

「ないですよ」

「……」


 つまり、手持ちの食料が無くなったら、私たちはこのサンドワームを頂くことになると。いやまあ、砂嵐に囲まれた大穴の底だなんて閉鎖空間で、食べられるものがある時点でかなり恵まれている方か。


 いざとなったら堪能させてもらうことにしよう。塩焼きでいけるかな?


「し、師匠! とりあえず、クエストをクリアしましょう!」

「ん、ああそうだねロラロちゃん。っと、そう言えばだけど……フーディール君」

「ハイなんですかシュガーさん」


 なんだか焦った様子のロラロちゃんが、急いでクエストクリアを促してくる。何をこんなに焦っているのかはわからないけれども、もちろんそのつもりだ。


 ただ、その前に確認をば。


「レイドクエストって、今フーディール君に出てる?」

「……で、てま、せんね」


 僅かな沈黙。その後発された吃音的な否定文。違和感しかない言葉に、思わず胡乱げになってしまう。


「ふーん、でてないんだ」


 ともあれ、この場での追及を私はしなかった。それ以前に、ハスパエールちゃんやカインさんが追求しようとしていたところを抑えてまで、追及しない流れを私は作った。


「さっきも言ったと思うけど、私たちは砂嵐の外でレイドクエスト【千古不易の没落貴族】ってのが出たから、それをクリアするために突入したんだよね。とりあえず、そのクエストクリアのために滞在するつもりだから、何かわかったことがあったら言ってほしいな」

「は、はい。わかりました」

「あ、もちろん集落で何かあったら手伝うからね! 呼んでよ! 呼んでくれないと泣いちゃうから!」

「えぇ……」


 それからちらり、とフーディール君がソラカちゃんの方を見た。ツンとした態度のソラカちゃん。彼女は、相変わらず一言も発さないままに、腕を組んだまま、付かず離れずの距離を保って私たちの近くにいる。


 相変わらず、二人が何を考えているのかわからない。


 ただ。


「んー、じゃまあ。ここら辺の調査もしたいし、入っちゃいけない場所と、やっちゃいけないことと、野宿に使っていい場所教えてくれると嬉しいなー」

「わかりました! えっとですね……」


 後ろに居る二人――ハスパエールちゃんとカインさんが、私の行動に何か言いたげなことだけは理解できたので、とりあえずフーディール君たちと別行動をする方向で話を進める私だった――



―――――――――――



「んで、さっきのはどういうことだいシュガー君?」

「あはは……落ち着いて落ち着いて」


 穴の底で暮らすにあたってのあれこれを聞いた後に、一先ず野宿ができそうな場所を探してくると言ってフーディール君たちと別れた途端に、言葉に威圧感を含んだカインさんが詰め寄って来た。


「ご主人。今のは完璧に相手が隙を見せたに。あれを突っつけば、あっちが隠してることも詳らかにできたかもしれないに~」

「ハスパエール君の意見に私もおおむね同意かな。明かすのならば、あのタイミングしかなかったはずだ。今後は対策されて、より追及が困難になってしまいかねない」


 ふぅむ、ここまで言われるとは思っていなかったぞ私は。でも、確かに今しがたフーディール君が見せた隙――明らかに何かを隠している仕草にとっかかりにすれば、彼らが隠している秘密に迫ることができるかもしれないけれども。


「でもさー、それってリスク高くない?」


 リスクとリターンが見合ってないような気がした。ってか、ハスパエールちゃん。私がリスクの話をしたからって、目をひん剥いて驚かないの。アマノジャクだって、常にリスクばかりを冒すわけじゃないんだからまったくもう。


「あの……」

「ん? どしたのロラロちゃん」

「先程から隠し事と言っておられますけれど、何かあったのですか?」

「あー……」


 そう言えばロラロちゃん、私に近いレベルで鈍いんだったっけ。でも、これに関しては別に私も詳しくわかってるわけじゃないしなー……ということで、カインさんかハスパエールちゃんにパス!


「単純だよ。さっきの二人は何か重要なことを隠してる」

「んでもって、さっき男の方がどもったときが、それを追求できる最大のチャンスだったに。それをご主人がふいにしたから、こうしておはにゃししてるに」

「ああ、なるほど……あれ、でもそれだと喧嘩することになりません?」

「……んに?」


 ロラロちゃんは鈍い、けれども。


 どうやら、私と同じようなことを考えてくれたみたいだ。


「隠し事をするぐらいだから、当人にとってもバレたくないことですよね? それを無理矢理訊き出したとして、そうなった後、砂国テラーの人しかいない穴の底でどうするんですか」

「……あー……なるほど、そういうことかい」

「ちょっと熱くなりすぎたってことにか……」


 まあつまり、これでもしフーディール君たちの隠し事が砂国テラーの秘密に触れるようなものだったとして、それを訊き出した私たちがそのご無事である保証はない。


 そもそも、先ほどしっかりとサンドワーム以外の食料はこの穴の中にはないと確認したところである。


 ここまで来るのにホラーソーンから一週間。保存食も残り少ない。そして、ここで食料を見つけるとなると、やはりテラーの人たちからサンドワームを貰うしかないはずだ。


 それなのに、彼らの秘密を解き明かすことで敵対してしまったら? それこそ、文字通りの終わりであろう。それに、気球でいつでも帰れるから大丈夫というのも楽観視が過ぎる。


 だって、気球は便利だけれど、上昇下降には時間がかかるのだ。その間に、魔法やら飛び道具やらで襲われようモノならひとたまりもない。


 ということで、隠し事を知っておきながら追求しないことが、身を守る最善の方法だと私は判断した。


「とはいえ、その隠し事に触れないわけじゃないよ。ちょうど、この国に滞在するって言い訳で入っちゃいけない場所とやっちゃいけないことを訊き出せたからね。試さない手はないでしょ」

「相変わらず、そういうところは抜け目がないにね、ご主人」


 何はともあれ、レイドクエストクリアのための調査開始だ! 


 何事も穏便に秘密裏に。


 ある人は言っていた……バレなければ犯罪じゃないと!!!

 

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