第62話 嘘付きのバラード


 上を見れば遠くに砂嵐が見える断崖絶壁。下を見ればかつての街並みの残骸。ここは砂国テラー。それが300メートル下へと真っ逆さまに落ちてしまった跡地である。


 国がそのまま、突如として出来上がった穴の底へと真っ逆さま。


 原因は不明。理由は不明。不明。不明。不明。不明。


 そしてこの国に関わることによって、とあるクエストが発生する。

 その名もレイドクエスト【千古不易の没落貴族】


 クエスト名が示すクエスト対象は一切不明。とはいえ、遭遇したからにはクリアするべきと好奇心センサーが赴くままに、道中で出会ったカインさんと合流した私たちは、砂国テラーを底へと引きずり込んだ大穴を取り囲む砂嵐を乗り越えたわけだけれど。


 ここに来て、私はとあることに気づいた。気づいたというか、ここに来て初めて、クエストの内容に心当たりができたというか。少なくとも、砂嵐を超えるまでは全然思いもしなかったことなのは確かだ。


 千古不易。

 地下300メートルの大穴。

 無尽蔵に吹き荒れる魔法の砂嵐。


 そう言えば、でしかないけれど。リィンカーネーションシリーズの過去作にあった砂嵐は、とある施設を守る結界だった。その施設とは、さる古代遺跡――即ち、遥か昔に存在したとされる超古代文明の遺産だ。


 過去作にて登場したその古代遺跡は、表層の――それこそ、屋根の上にある煙突の先っちょがちょっとだけ地上に露出していたような規模であり、その先っちょから下へ下へと続く迷宮は、思い出したくもない広大なダンジョンだった。


 超古代文明。リィンカーネーション世界の技術水準を遥かに超越した魔道具の宝庫にして、輪廻に還る命すら持たない殺戮兵器たちが闊歩する魔窟。


 地下に潜む、言葉通りの地獄。


 しかし、人々は超古代文明への挑戦を止めることはない。


 なぜならば、その地獄には果てしなき希望があるのだから。


 大陸北東に位置する帝国は、かつては取るに足らない小国でしかなかった。しかし、人知れず発掘された古代遺跡に眠っていた一つの技術が、小国をティファー大陸随一の帝国へと押し上げたのである。


 その技術を、人々はこう呼んだ。


 古代遺物アーティファクト、と。


 十中八九、いや、ちょっと下げて七六ぐらいの自信しかないけど、砂国テラーは古代遺物、或いは古代遺跡に関係する何か大きな地雷を踏み抜いた。


 多分、カインさんが言っていたソラカちゃんたちの隠し事の内容はそれだろう。別に人の気持ちはわからない私だけれど、状況証拠だけでなんとなく推察することはできる。


 大きな地雷。おそらくは、遺跡発掘でもしたんじゃないかな。


 そりゃそうだ。古代遺跡から発掘された魔道具しだいでは、捨てられた国とまで言われていたテラーの名誉を挽回し、更なる繁栄をもたらすことも可能。荒野の中で他国からの支援も得られず、長年苦汁を飲んできたはずのテラーの住人達としてはかつてないチャンスのはずだ。


 ただ、テラーには大災害での疲弊もある。だからおそらく王様という胡散臭い(自分を王様と名乗らせる時点でかなり胡散臭い)人物が、深くかかわっているに違いない。


 そして王様は、遺跡を採掘するリスクを知っていた。でなければ、唐突に300メートルもの大穴が足元に出来たとして、それに対応できるとは思えない。ほんの十数秒、戸惑っただけで即死である。


 あらかじめ、そういうリスクがあると知っていた、としか思えない。


 それを伝えていたか伝えていなかったかは知らないけれど、想像通りにリスクは現実となり、国一つを崩壊させる落とし穴が起動した。


 事の顛末はこんなところかな? できればその王様って人と直接話せれば、もっと確証を付けるんだけど……果たして、それが可能なのかどうか。


 ああ、それと。


 私には大きな疑問が一つある。


「カインさん」

「ん? なんだいシュガー君」

「さっきの隠し事の話なんだけど……」


 疑問。

 こっちは自信を持って言えるけれど。


 多分、カインさんも何か隠してる。


「ふぅん……端末を開けるかな?」

「気づかれないように、ね」


 フーディール君の案内に従って、生き残りの人たちが集まるらしい集落の方へと移動する道すがら、私はそれとなくカインさんに話しかけた。


 話題はもちろん、先ほどカインさんが私に囁いてきたソラカちゃんたちの隠し事について。いやはや、私には隠し事をしているなんて全くわからなかったけど、カインさんが教えてくれたおかげでさっきの推論が建てられた。


 まあ、ここまで長々と語っておいて十中七六をはずして三四の予想外へと踏み外してしまう可能性もあるので、あんまり自信が無いんだけど。


 それよりも私が気になったのは、カインさんの隠し事。私たちと合流してからここに至るまで、彼女は肝心なことを言っていないのだ。


 すなわち、なぜカインさんがテラーを目指して一人で旅をしていたのか。


 テラーと言えば、世界から捨てられたと言われるほどに何もない場所。国交もなければ戦争もない、そんな場所だ。しかも、一か月以上も前からこんな状態大穴に砂嵐ともなれば、先行したプレイヤーがいるわけでもない。


 なのにどうして、彼女はこんな場所に一人でいるのか。


 そもそも、ただの旅路ならばあの砂嵐を迂回するルートだってあったはずだ。なのに、砂嵐を前にして立往生。私たちが来るまでの二週間を、どうやってあの砂嵐を切り抜けるか考え続けていた。


 砂国テラーに、執着している。


 それがどうにも不気味で、好奇心がそそられる。


 まあ、話さなくてもいいから話してないだけかもしれないし、案外素直に訊けば教えてくれたりしてね。


 そんな風に思いつつ、私は端末の操作をして、思考会話モードからカインさんと二人っきりの秘密の通話グループにアクセスした。


 これで声を出すことなく、二人だけの会話ができる。


『それで、隠し事についてだけど……っとと』

『あの二人の隠し事についてだったねっと、悪いね言葉を重ねてしまった』


 まだまだ思考会話に慣れていないせいで、私とカインさんの言葉が重なる。それに気づいておっとっと。気を取り直して、私たちは会話を再開する。


『さて、隠し事だが……多分、彼女らはこの大穴について心当たりがあるんだろうね』

『ん、やっぱり?』

『おっと、シュガー君はもう気づいていたか。流石だな』


 もう、褒められても何にも出ないぞカインさん!


 ……まてまて。こんなおべっかにテンション上げてしまう私、ちょろすぎないか?


 まあちょろくていいか。さぁ、褒めるならどんとこい!!


『地下、大穴、砂嵐。何か思い当たることはあるかねシュガー君』

『そりゃ、リィンカネで地下と言えば古代遺跡でしょうよカインさん。それとも、タイムカプセルでも眠ってたりするのかな?』

『言い得て妙だなタイムカプセルは。広義でいえば、古代遺跡もタイプカプセルも過去の遺物を後世に残すという意味では同等かもしれないね』


 いや、全然そんなつもりで行ってないんだけどなー。なんかうまいこと言った感じになってしまった。


『ともあれ、間違いなく古代遺跡関連であることは確実だろうね』


 やはり、そこはカインさんも私と同じ意見らしい。ただし――


『となると……災害が、これで終わりじゃない可能性があるね』

『それ最悪のぱーたん。なったらなったで面白そうだけど、理不尽極まりないのはちょっとごめんだよー』


 ぱーたんたんたんぱたーんたん。


 カインさんが言ったのは、この次がある可能性だ。もしもこの大穴や砂嵐が防衛装置だとすれば、これで終わりとは思えない。なにせ、防衛装置ってのは外敵からの侵入を阻むもので、普通なら二重三重どころか、二十三十の仕掛けがほどこされてあたりまえなのだから。


 だから、考えられる最悪のパターンは。


 この大穴を超える災害が砂国テラーを襲うこと。


『そう思うと、なんだか見えてこないかい? クエストの全容が』


 クエスト。


 レイドクエスト【千古不易の没落貴族】


 千古不易。古き時から永久に変わらないもの。


 没落貴族。かつて栄光ありし一族の凋落した姿。


 かつて反映した超古代文明。


 砂の中で永久に眠り続けた古代遺跡。


 確かに、おぼろげながらもレイドクエストの全容が見えてきたような気がする。


 だけどなんだか。


 それだけじゃないような気もする。


「ご主人!」

「っ! っと、何々ハスパエールちゃん!」


 何かが引っ掛かり、そして何かが見えかけたその時、ハスパエールちゃんの声が私を現実へと引き戻した。


 ちょっとびっくりしすぎてしまったのはご愛敬だ。


「師匠。到着しましたよ」

「到着したって……ああ、そうか」


 それから、心配そうに私の顔を見上げるロラロちゃんに促されて、私は前を見た。


「ここが、砂国テラーの生き残りが居るっていう集落かー」

「その通りですシュガーさん。ここが今の僕たちの住処です」


 瓦礫の上に辛うじて立つ幾つかの家屋。しかしそれは、家と言うよりも廃材の寄せ集めと言っていいほどに不格好なもので、まさしくこの悲劇の現場の悲惨さを如実に伝えてきた。


 布と日干し煉瓦となけなしの木材。それらをなんとか紡ぎ合わせた集落が、そこにはあった。


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