第60話 地底の出会い
急襲。
不意打ち。
貫通。
血飛沫。
槍。
攻撃。
左腕。
防御。
「素人だね」
突如として街並みの残骸から飛び出して来た槍に対して、私は咄嗟に左腕を差し出した。
ガチリ。金属同士がこすれ合う厭な音が耳に響く。魂鉄の籠手が、生身の体を守ってくれたようだ。
……同時に、どこか亡者のようなうめき声も聞こえた気がするけれど、それは完全に(かんっぜんに!!!)無視してから、流れるように差し出した左腕を槍の下へと添える。
一瞬、私の肉を抉る穂先と飛び散る血飛沫を幻視したけれど、完璧にそれは幻だった。きっとユグ汁時代の
あれは本当に悪辣だった。けれど、今回の相手はそこまでじゃない。なにせ、完璧に不意打ちだったのに、気合を入れたのか知らないけど声を上げながら攻撃なんてしてきたのだから。完全に素人だ。
そんなわけで、添えた左腕を使って槍を大きく上に弾く。
「うわぁ!?」
上に大きく槍が弾かれたことに驚いたのか、襲撃者がそんな声を上げた。襲撃者は大きく態勢を崩している。だから私は、そのまま幽世小袋からおなじみとなってきた鬼刃鉈を右手で取り出し、そのまま勢いを付けて襲撃者へと――
「シュガー! 後ろだ!」
「二人ッ!?」
間一髪。攻撃に移ろうとしたその瞬間を狙いすまして来た二人目の襲撃者が、直剣を携えて斬りかかって来ていた。それを転がるようにして私は回避する。空から見ているカインさんが教えてくれてなければ、そのまま斬られていたことだろうけど……
うぎゃー! 地面が凸凹してるぅ! 回避するにしても転がらなきゃよかった!
「ふぅ……よくもやってくれたなー!」
百手蛇の灼瞳大盾構え! おらぁー! どこからでもかかってこいやー!
「……子供?」
灼瞳大盾を左手に、鬼刃鉈を右手に構えた私はそこで初めて襲撃者の姿を見た。フードに身の丈ほどのマントを羽織った二人組。胸にブローチはなし。そして、その背格好は見てわかるほどに幼い。
ふーむ、どうしようかな。これ。
「大丈夫!?」
「だ、大丈夫……ソラカが不意打ちしてくれたから攻撃はされてないよ……」
「ったく、相変わらずトロいんだから! 攻撃するときは声を出さないってあれほど言ってたでしょ! ほら、早く立ちなさい!」
姉弟か、それとも幼馴染か。声の質からして多分男女の二人組。女の子の方は勝気な雰囲気を出していて、ちょっとおどおどした男の子が引っ張られてるって感じかな。そんな二人が、助け合いながら私の前に立っている。
なんだろうかこの疎外感は。完全にあの二人の空気だ。もしかして敵役私の方だったりする? いやでも不意打ちしてきたし……ああー、でも普通だったらこう言うの攻撃しないほうがよかったりなんだったり――
「あー……ちょっといいかな!」
「……」
此方を警戒して武器を構える二人に対して、私は大きく声を張り上げて提案する。
「私、攻撃する意思ないんだけど、ここは休戦ってことで平和に行こうよ平和に……」
平和平和。無駄な争いダメ絶対。いやまあ、襲ってくるならそれでもいいんだけどさ。
それでも相手はNPC。六華ちゃん時みたいに殺し合いになったとして、倒してしまったら蘇生はされない。だから、話しが通じるなら平和的解決をした方がいいはず。ぴーすぴーす。
ただし。
「嘘をつくな!! お前らが先に仕掛けてきたんだろ!」
「……へ?」
「さっきの火球……穴の外から来たお前らの仕業じゃないのなら、他に誰が居るんだ!!」
女の子の方がそう叫ぶ。私たちの方から仕掛けてきたと。
いやいやいや。私たちから仕掛けるなんてそんなことはしない。だって別に、私はPKじゃないし、相手は魔物でもない。なのに、仕掛ける理由なんてな……火球?
火球……穴の外……空……カインさん――
『ちょっとどきな』
『どしたのカインさん』
『魔法を落としてみる』
あー!!!
「あ、え、えと……」
やっべぇどうしよう。完全にこれ、私たちの過失じゃん。
「お前たちから攻撃を仕掛けてきたんだ! 私たちを殺そうってんなら上等だ! 殺してやる!」
あらやだ攻撃的。じゃなくて!!
え、完全に敵愾心むき出しじゃんこれ! どうしよどうしよ、しかも悪いの完璧に私たちの方だし、話を聞く感じあっちが被害者側だよね! ね!
そうなると、
えっと、
こういう時は、
その……
ああもう!
「すいませんでしたぁああああああ!!!」
五点倒置の全身全霊。
見よ、これがジャポン秘伝のDO☆GE☆ZAである。
「えっ……い、いや、そんな風にして油断を誘おうって魂胆ね! ふんっ、私は油断しないわ!」
「ま、待ってよソラカ。は、話を聞いてもいいんじゃないかなって僕は思うんだけど……」
「フーディールは黙ってて!!」
「あっ……ご、ごめん……」
ああ、もうちょっと頑張ってよフーディール君! 君が頑張らないとこのまま戦わないと行けなくなっちゃう! 勇気を出すとこだよここは!
「ただでさえこんなことになってるってのに……」
ぎりりと、手に持った剣を強く握る女の子――こと、ソラカちゃんは、どこか悲痛そうな声を漏らしながら、それでも私の方へと切っ先を向けて剣を構える。
何かがあったのは確定的で、彼女がその何かによって苦しんでるのは決定的。それを事故とはいえ刺激してしまったのは間違いなく私たちで、それは覆しようもない過失。
この穴の底に砂国テラーが落ちている可能性を考慮していながら、穴の底に人がいる可能性を考えていなかった私たちの失敗である。
となると、ここで抵抗するのは、なんだか違う気が――
「動くな」
「なっ……」
そんな折、更に事態は転がった。
「抵抗するなよ? 碌なことにならねぇのは……流石にわかるよなぁ」
「もしくは、三人目にでも賭けてみるかに?」
ソラカちゃんたち二人が私に気を取られている間に、いつの間にか空から降りてきていた三人が、今度は二人を囲んでいた。
しかも、完全に戦闘態勢。
ソラカちゃんを背後から、ロラロちゃんの魔道甲冑の巨大な手がその体を覆いつくすように拘束している。そしてもう一人のフーディール君は、いとも容易くハスパエールちゃんに組み伏されてしまっていた。
更には、いつでも魔法を使えるように最後方で構えるカインさんは、魔法使いの武器である大きな杖の上に炎を漂わせていた。
うん、数え役満だぁ!
あんまりにもあんまりな状況に困惑する私。そんな私に対してハスパエールちゃんが訊いてくる。
「それで、今どういう状況に?」
こっちの声は彼女たちには聞こえていなかったのだろう。ということは、私が襲われてたから助太刀に来てくれた感じかな? でも、そのせいで話が余計にややこしくなってしまった感じがする。
だから私は、大きなため息を吐きながら言った。
「……いや、えっと本当にどうしようこれぇ……」
とりあえず、砂国テラー第一村人発見である。
―――――――――――――
砂国テラーは捨てられた国だった。
資源に乏しく、また交通上の要所とも為りえず、ただただ世界から忘れられていたその土地に都市を築いた流浪の民。彼らが求めた安息の地は、しかし同時にいずれ崩れる墓場でもあったのだ。
歴史は在れど、意味はなく。
存在すれど、空気のよう。
それでも流浪の民たちは、その場所を我らが故郷と定め、そこに村を築き上げた。それはいつしか国と言える規模となるが、それでも荒野が豊かになることはなかった。
地下水を見つけ、食料の供給を間に合わせ、家畜を飼い慣らし、数百年の歴史を積み上げた。けれども、荒野が豊かになることはなかった。
枯れ果てた土地。
荒野。
その下に何が眠るのかを知らないまま、彼らは世界から捨てられた。
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