第61話 世界一ありがたい中立


「えーっと……つまり、貴方たちは発生したクエストをこなすためにこの穴の調査をしに来た、と」

「そう、そう! そういうこと!」

「そこで、深さを観測するための魔法が、偶然僕たちの近くに落下してしまった……と、言うことですか……」

「大正解ー!! すごいよフーディール君!!」


 砂国テラーの民と思しき二人組、ソラカちゃんとフーディール君。一足先に穴の底に降りた私を襲い掛かって来た二人だけれど、実はその行動は正当防衛で、先制攻撃をしたのは私たちだった。


 そのため、ここで二人を攻撃しようものなら私たちの方が悪者だ。なので、一旦包囲を解除するようにみんなに言った後、懇切丁寧に、誠心誠意で謝罪をしてから状況の説明をした。


「騙されちゃだめよフーディール。こういうやつらが一番信用ならないのよ」


 しかし、フーディール君の方はともかくソラカちゃんは未だ敵意むき出し。それも仕方ないことだけど、なんだか申し訳なくなってくる。


「い、いやでもソラカ」

「なによフーディール!」

「もしも僕たちのことを殺すんなら、さっきの時点で簡単に殺すことができてた。だから、事故なのは間違いないと思うよ」


 ナイスフォローフーディール君! 平和大事!


「……ふぅん」

「んにぃ……」


 なんて、とりあえずソラカちゃんを丸め込む方に私は動いているけれど、二人の様子を見ていたカインさんとハスパエールちゃんの二人が、何かを探るような目つきになっていた。


 何かに気づいたのか、はたまた怪しげな気配にでも気づいたのか。


 とはいえ、すぐに何かを言ってこないあたり、すぐに問題になるようなことではないのだろう。なので、ソラカちゃんの説得に私は注力する。


「と、とにかく! 私たちに敵意はないから、出来るなら何が起きたのか教えてくれると嬉しいんだけど……」

「……ふんっ」


 腕を組んで私と目を合わせてくれないソラカちゃん。完全に交渉決裂である。泣きそう。


「ああ、えっと……まあ、説明に関しては僕が承ります。それでいいよね、ソラカ」

「わかったわよ、好きにすればいいでしょ! 何が起きても知らないからね!」


 そう言ってずかずかとどこかへと行ってしまうソラカちゃん。そんな彼女を心配そうな目で見送りながらも、律儀にフーディール君はこの場に残ってくれた。


「気を悪くしてしまったらすいません。一応、あれでもソラカは優しい人なんです」

「まあ悪いのはこっちだからね」

「その言い方だと、私が悪いみたいに聞こえないかねシュガー君」

「ああ、ごめんごめん! とにかく事故だから! 事故!」

「はい、わかってますよ」


 先の魔法攻撃は事故。とにかく、そんなところで戦闘の件は終わらせる。それから改めて、ここで何が起きたのかを私たちはフーディール君から聞いた。


「と、言っても詳しく語れるほどのことを知っているわけではないんですけどね」


 と前置きをしてから続けられたフーディール君の話をまとめると、こんな感じだ。


 この大穴が空いたのはおおよそ一か月前。何の変哲もない日常の中で、急に都市国家全体を包み込むような大穴が開いたのだという。穴を取り囲む砂嵐はその直後に出現したのは、穴の下からでも確認できたらしい。


「それ、よく助かったね」


 その話を聞いた思ったのは、そんな感想だった。


 何しろ、ただ生活してて突然300メートルもの大穴が開いたのだ。普通ならそのまま下へと落ちて終わり。私たちみたいに気球を使って降下したわけでもなく、ただただ普通の生身の落下。ゲーム的なステータスがあったとしても、化物染みたHPとENDが無ければ地面にたたきつけられて死ぬ案件だ。


 けれど、目の前のフーディール君やソラカちゃんは生きている。


 これはなぜか。


「えと……王様の魔法のおかげです」

「王様?」

「はい。と言っても……王様というのは通り名みたいなものですね。はい。指導者ではありましたけど、砂国テラーの王族は大災害で死んでしまいましたから」


 王様の魔法が、彼らが生き残った理由なのだという。


「それは具体的にどんな魔法何だい?」

「えと、守護魔法……だったかな。落下している間に、そんな魔法を使って助けてくれたんですよ。……まあ、全員が助かったわけではないんですけどね」


 そう語るフーディール君の顔にはどこか悲しそうな影がかかっていた。流石に、人の心がわからない私にでも、この表情の意味は分かる。悲しいことが起こった時の顔だ。


「……一つ訊くにけど」

「ハイなんですか?」


 そこで、ハスパエールちゃんがフーディール君に尋ねる。


「本当に穴が空いた理由には心当たりがにゃいによね?」

「あ、は、はい。急に穴が空いた感じで、理由とかはとくには」

「ふぅん……」


 むむ、どういう意味だろうか。

 んー、わかんない。そういうミステリーな直感はないんだよね私。


「ともあれ、これで全部かな?」

「もう少し詳しい話を聞きたいようでしたら、寝泊まりしている集落の方に来てみますか?」

「案内してくれるの?」

「ええ、それぐらいならば」


 どうやら、テラーの住人の生き残りで集まって暮らしている集落があるとのこと。それもそうか。だって高さ300メートルもあるこの壁じゃあ、クライミングするのも楽じゃない。しかも砂嵐の二重の壁だ。容易に抜け出すことはできないはずだ。自然と、この穴の底に居住区ができてもおかしくない。


 私たちの目的はレイドクエスト【千古不易の没落貴族】のクリアだ。そのためには、やっぱり情報収集は欠かせない。というか、未だにクエストの全容が見えないんだよね。砂国テラーが砂嵐の中にあると知って出現したクエストだから、この国が関わってることは確定なんだけど……。


「ちょっとフーディール! そいつらをみんなのところに連れてくつもり!?」


 と、そこで少し向こうの方で隠れて私たちの方を見ていたソラカちゃんが、そんなことを言いながら登場した。


 口ではあんなことを言っていたソラカちゃんだったけど、やっぱりフーディール君のことが心配だったようで、いつでも出てこられるように剣を片手に控えていたらしい。


「信じられない! こんなに怪しい奴を連れて行けるわけないでしょ!」

「でも、だからって放っておくこともできないでしょ」

「放っておけばいいのよ!」


 ぷんすかぷんすこ。頭ごなしに私たちを信用できないと罵るソラカちゃん。彼女が起こる理由もわかるけれど、ここまで言われるとさすがの私も怒っちゃうかなー?


「シュガー君」

「ん?」

「ここは私に任せなさい」


 そんなとき、カインさんが私の肩に手をポンと置いてから、私たちを代表するようにソラカちゃんの前に出た。


「やあ、ソラカ君。私はカイン。しがない魔法使いだ」

「……なによ」

「どうやら私のしたことが原因で揉めてしまってるみたいだからね――」


 フーディール君との言い合いに割って入ってきたカインさんに、ソラカちゃんは敵対的な視線を向ける。牙を剥いた猛獣のような視線だ。こちらを警戒してか、未だ剣も持ってる。ただ、彼女の視線をどこ吹く風で受け流したカインさんは、徐に彼女の手を取った。


 その動作はあまりにも自然体過ぎて、ソラカちゃんは反応に遅れる。何か……多分合気道かな。そこら辺の武術を齧っているであろう動きだ。経験上、ああいう人は強い。


 そんな風にカインさんが取ったソラカちゃんの手は、ちょうど剣を持っている利き腕の方。それを取って、剣を取って、そして、ソラカちゃんに握られたままの剣の切っ先で、カインさんは自分の腹を貫いた。


 自分の腹を貫いた?


「え……?」

「ちょ、何やってんのカインさん!?」


 あまりにも唐突な奇行には、流石の私もびっくり仰天。あのソラカちゃんですら、目を丸くして言葉を失ってしまっている。


 そんな行為を、カインさんはこう説明した。


「これでお相子だよ。あんたたちが死にかけたって言うんなら、そんな魔法を使った私が死にかければ気が晴れるだろう?」


 いや、確かにそうかもしれないけど……ほら、ソラカちゃん絶句してる! めっちゃ絶句してる!


「わ、わかった……わよ……す、好きにすればいいじゃない!!」


 ああ、なんかソラカちゃんのわたしたちのことを見る目がめっちゃ変人を見る感じになってるじゃん! どうしてくれんのさカインさん!


「ご主人は変人によ?」

「師匠は変人ですね」


 なんで!?


「とまあともかく、なんであろうとこれにて解決ってことで」


 腹から血を流しながら、笑顔でカインさんはそう言っていた。うぅむ、おかしいのは私なんだろうか。いや、まあいいや。


 とりあえず、ポーションを渡しておこう。蘇生の奴。


「カインさんカインさん。これ。一応、死んでも使える奴だから」

「ああ、気が利くねシュガー君。ありがとう」


 どれだけHPが減ったのはかしらないけど、手持ちで一番いいポーションをカインさんに渡す。ただ、その際に彼女が私にそっと近づいて、耳元に囁いてきた。


「あの二人、何か隠してるよ」

「……何かって?」

「それは後で。とにかく、気を付けることだね」


 そんな不安なことを言って、彼女は受け取ったポーションを飲みながら後方へと下がった。


 隠してること。


 ふむ、隠してることか。


 リリオンの地下と言えばお決まりのあれがあるけど……まさかねぇ……。


 何はともあれ、フーディール君の案内で、私たちはテラーの生き残りが暮らすという集落へと赴くのだった。


 

 

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