第59話 下へ参りマース!
「熱気球っつーとあれかい? あの、風船みたいに空に飛んでく」
「そうそうそれそれ。風向きに多少左右されるけど、あれならゆっくりと下降することができるよね」
「まあ確かに、出来るとは思うけどねぇ……」
布で作った風船に空気を送り込んで、中の空気を温めることで風船の中と外で気圧差を空を飛ぶ乗り物。それが熱気球だ。
そしてちょうど私の幽世小袋の中にはこんな素材があった。
「じゃっじゃーん、ロンログペシミアの皮!」
「おお、あの猿の皮か。というか、よく倒せたね」
「まあこれは貰いモノだったりするんだけどねー」
ホラーソーンから砂国テラーまでの道のり上必ず通らなければならない刃紅葉の谷。私か取り出したのは、そこのフィールドボスのロンログペシミアの皮だ。
そしてロンログペシミアの二つ名は『風船猿』。
そう、風船だ。
「二つ名の通り、皮の状態でも結構伸縮性在でさこれ。何に使うか迷った結果、いい感じの思いつかなかったから死蔵してたんだけど……いやはや取っておくもんだねぇ」
ラッキーラッキーと適当に幽世小袋の中に詰め込んでいたロンログペシミアの皮を取り出す私。魔力を使えば伸縮自在のその皮は何かと汎用性が高そうなのだけれど、生憎と私には有効活用するアイデアが思いつかなかったのだ。ちょっともったいない。
それから続いて、次に糸を取り出す。
ちなみにこっちの糸も魔物謹製の代物で、なんとこちらも刃紅葉の谷で遭遇した蜘蛛こと、ヨロイツムギの糸で編まれたものだ。
ちなみにこれは私が作った物じゃなくて、市販していたもの。強度が高いから人気な品だそうだ。これを針に通してチクチクチク――
「あ、やばい!」
「どうしたにご主人?」
「これ時間結構かかりそうだからロラロちゃんも手伝って!」
「は、はい。わかりました師匠!」
そんな風に救援も呼んで裁縫し終えれば、ちょうど円形に伸ばされたロンログペシミアの皮が出来上がった。あとはこれの四隅にさっきまで私が命綱として使っていたロープを通して――
「見ての通り風船部分完成!」
「おー。意外と作れるもんだねぇ」
見た目ばかりは、地面に落ちた落下傘。けれど、ロンログペシミアの皮は二つ名の通り風船のように膨らむから、魔法で中に風を送れば気球の上部分として使える球皮部分の完成である。
ちなみに私は風魔法が使えない。なので、事前に風魔法が使えると聞いていたロラロちゃんに全てお任せだ!
「風魔法を任されるのは問題ないのですが……これ、足場はどうするんですか師匠」
「うむ、よくぞ聞いてくれたロラロちゃん!」
風船を膨らませる役を担ってくれるロラロちゃんは、ぐにぐにとロンログペシミアの皮の伸縮性を確認しつつ、もっともな疑問を訊いてきた。
足場はどうするのか。
確かに、球皮はこうして手元の素材を使って作れたけれど、足場部分はどうにもならない。なにせ、私の幽世小袋のちっちゃなお口には入場制限があるので、そこまで大きな素材が入らないのだ。
そのため、四人が乗れるような足場になる素材は、残念なことに私の手持ちには存在しない。しかも、この荒野には代用できるような木はない。っていうか、そんなものはとっくの昔に砂嵐で吹き飛ばされたか、穴の中に落っこちてしまっている。
じゃあどうするか。
答えは簡単だ。
「ロラロちゃーん!」
「は、はい……えと、なんでしょうか師匠?」
「魔導甲冑貸ーして♡」
「え”……」
表面こそ凸凹だけれど、展開した魔導甲冑は二メートル強の大きさがあり、横幅もそれなりだ。その四肢に紐を括り付ければ、即席の気球の完成である!
「ってことで、熱源役をお願いできるかなカインさん」
「それはいいけど……本当にいいのかいロラロ君」
「い、一応は。代用品で賄うのは、仕事でもよくやりますしね……気持ちはちょっと複雑ですけど」
「貸してくれてありがとね、ロラロちゃん! 大好きー!」
そんなわけで、即席熱気球は見事に宙に浮かび、それから熱量を調整して崖の外側――すなわち、穴の中へと潜っていくのであった。
――――――――――
「むぅ……同程度の熱量を保つってのも、結構気を遣うもんだねぇ」
さて、そんなわけで穴の中。現在、300メートルの高さを下降中の私たちは、器用にうつぶせになった魔導甲冑の背中に乗って空中浮遊の旅を楽しんでいた。
「ご主人、顔が真っ青にぃ」
「そ、そそそそそんなことないでしょハスパエールちゃん!」
「落ち着いてください師匠。ちょっと揺れて吐き気が……」
「私の背中に吐かないでよロラロちゃん!?」
楽しんでるかなこれ?
私?
私は楽しんでるよ。
うん。
ソラノタビタノシイトッテモ。
ちなみに、乗り物酔いで吐きそうになっているロラロちゃんが、なぜ私の背中に居るのかと言えば、現在彼女が私に縛り付けられているからである。やはり、二メートル超の魔道甲冑と言えど、そして私たちが女性だらけの集団だったとしても、この程度の大きさのものに四人も乗るのはかなりの難易度だった。
畳一畳に乗ってるところを想像してくれるとわかりやすいかな。二メートルと少しはあるとはいえ、やっぱり魔道甲冑は鎧だからしっかりと足場に出来るところって限られてるんだよね。
そんなわけで現在、ちっちゃなロラロちゃんは大盾の代わりにお姉さんこと私の背中に縛り付けられている。なお、大盾はお腹の方で抱えている。
しかし、彼女が乗り物酔いするタイプなのは完全に想定外だった。速く……速くそこについてくれ!!
「しかしシュガー君」
「なにかなカインさん」
熱気球の高度を調整してくれているカインさんが、ふと私に話しかけてきた。高所に居ることを忘れるような面白い話を期待して、くるりとそちらへと私は振り返る。
「こんな風船を用意できるのなら、それこそ落下傘にでもしてぱーっと降りた方が簡単じゃなかったかい?」
「まあ、確かにその方が降りるスピードも速いけどねー」
カインさんの言う通り、降りるだけなら球皮に使ってるロンログペシミアの皮を落下傘にして降りるだけで十分だ。さっきの調査でも、底に即死要素はないとわかっているのだから、憚る必要はない。
ただ、落下傘は落ちることしかできない。
「帰りにも使えた方がいいじゃん」
熱気球なら、クエストが終わった後も帰り道に使えるから、私は熱気球を提案したのだ。そんな風に言ってみれば、カインさんは呆れたような表情をしてこう言った。
「……帰りもあたしを当てにしてくれるのは嬉しいが、そこまで期待しないでくれよ」
言われて初めて気づいたけれど、確かにこの先でカインさんに何かがあって死に戻りでもしようものなら、熱気球は使えなくなってしまう。うむ、迂闊だな私。
つい最近に、裏切られた挙句に背後から斬り付けられているというのに。或いは、この先に何が待ち受けているとも知らないのに。
どちらにしても迂闊だけれど。その時はその時だ。少なくとも、このクエストにおける私が思う最良の結末は、この四人で生き残ることなのだから。
だから、問題はない。
「大丈夫ですよ。大丈夫。何があったとしても、私が盾になるから。カインさんが死ぬときは、私が死んだ後だよ」
「そりゃ、大いに助かるね。それじゃあ、後衛としてド派手に援護をするとしましょうか」
そんな風に笑い合いながらも、気球は穴の底を目指して下っていく。しばらくすれば、目的地はすぐそこに迫っていた。
ここまでこれば、高さもあんまり気にならない。というわけで先遣隊、行かせてもらいまーす!
あ、ロラロちゃんは一旦気球に降ろすね。
「というわけで先陣いっきまーす!」
「元気なご主人だにぃ……」
安全確認のために気球から飛び降りた私は、見事な五点接地で衝撃を吸収し落下ダメージを無効化する。
ごろごろごろごろ。転がりながら体勢を立て直して、ぴょんと倒立の要領で地面を跳ねて、そのまま両足で着地した。
10点、10点、10点。ん~、オールパーフェクトッ! ビューティフ~~~!
「さて、地面の底に着いたわけですけども」
着地と同時にあたりを見回す。思ったよりも明るいのは、大穴の上から光が届いているからかな。上から見た時は全然見えなかったというのに不思議なことだ。
そんな光に照らされた穴の底は、やはりというかなんというか、街並みが広がっていた。それも、ただの街並みではない。建物の土砂崩れとでも言おうか、日干し煉瓦のような材質の家屋がいくつも倒壊した感じ積み重なった場所が地面となって、穴の底を構成している。
それは私やカインさんが予想していた通り、上にあったものが落ちてきたのを連想させるような光景だった。
おそらくはこの建物たちが、砂国テラーの残骸。ということは、テラーの住人たちはもう――
と、そんな時だった。
「てやっ!!」
「なぬぅ!?」
甲高い声と共に、槍が襲い掛かって来た。
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