第58話 考える私


 先遣隊行きまーす!


「ぎゃー! 高い高い高い!! ちょっと、ハスパエールちゃん! もうちょっと! もうちょっとゆっくり降ろして! めっちゃ揺れてる!」

「注文の多いご主人だにぃ……」

「愉快でいいじゃないか」


 こちら先遣隊シュガー! およそ300メートルはある高さの崖を降るための調査中であります!


 めっちゃ風吹いてる!!


「あー……こういうのって下見た時の方が怖いんだよね……」

「無理はしなくていいからねぇ、シュガー君。とりあえず、下が見れないならすぐ近くの壁際を確認してくれ。都合よく横穴なんかがあればいいが、無くてもとりあえず壁の感じなんかを教えてくれると助かるよ!」

「頑張りますぅー!」


 ゆらゆらゆらゆら。横に揺れてぎしぎしと音を立てる縄を命綱にした私は、今のところ20メートルぐらい下までほぼ垂直の崖を下っているところだ。


 ちなみに命綱を握っているのはハスパエールちゃんとロラロちゃんの二人。カインさんは私の周囲に明かりになる炎を灯して、サポートをしてもらってる。


 しかしこれ、いつだかどこだかでロッククライミングが楽しそうだなと思ったことはあったけれど、かなりきついよこれ! 一応、似たようなことをしたことはあったけど、あの時でもここまでの高さじゃなかったし……いやすごいなロッククライマー!


 と、とにかく、言われたとおりに壁確認!


「……岩肌って感じかなー」

「まあ、それはこっちからもわかるよ。ここら辺は砂地じゃないからね」

「でもそれだと、砂嵐が起きてたこと自体がおかしくないかに?」

「あっちは魔法で話が付くよ。あそこまで大規模なモノとなると、相当なMPが必要だろうけどね」


 端末越しの三人の声を聞きながら、私はおそるおそる横にあたりを見回す。


 見た感じは岩肌。ただ、岩ってよりも固まった土って感じ。気を付けないと一気に土砂崩れを起こしそうな感じもするし、かなり固くて地震が起きても崩れそうな感じもする。


「これ、端末で映像送ったりってできないの?」

「動画や配信は無理だが写真は共有できたはずだ」

「了解」


 端末をもって写真をぽちり。落とさないように気を付けながら、端末を操作して撮った写真をカインさんの方へと送る。


「なんかわかった?」

「あたしは地質学者ってわけじゃないからわからんが……ガガンド族の意見は訊いておきたいね」


 あ、そうか。そう言えば、ガガンド族は地中に生きる種族だけあって、そういうことには詳しいんだっけか。


「どう、ロラロちゃん?」

「んー……よくわかんねぇな」


 バーサーカーモードの声が聞こえてきてびっくりしてしまったけれど、そう言えば今命綱持ってもらってるんだったっけ。というか、今もなお継続的にロラロちゃんのMPが削れてるから急がないと急がないと。


「とりあえず言えることは、ここ最近にむき出しになった地層って感じだな。前からこんな感じでしたって風じゃねぇ。それともう一つ、一年は経ってねぇなこれは」

「つまり年内に穴が開いたってこと?」

「だな。ただ、ここ数週間って感じもしねぇ。前後関係は不明だが、多分砂嵐が起きたのと同時期なんじゃぁねかな」

「ふーん……」


 ロラロちゃんの話を聞いてから考え込む私は、それから右往左往して足場になりそうなところを探しつつ、特に見つけられなかったこともあって、一度上に戻った。


 しかし、砂嵐と同タイミング、か……。


「そう言えばなんだけど、この砂嵐が魔法ってことは、つまり人工物ってことだよね?」

「少にゃくとも魔物の仕業だとは思えないに」

「ああそうか。魔物も魔法使うもんね。でも、違うと」

「大規模なユニークボスでも、ここまではやらにゃいによ」


 ハスパエールちゃんに言われるまで失念していたけれど、魔法ってことはこの砂嵐が魔物産の代物だった可能性もある。ただ、魔物の魔法ってのは大抵生態に関する生存戦略の一つ。狩りだったり生存だったりで使うもので、何の理由もなくこんな大規模な砂嵐を何十日何か月も巻き起こすようなものじゃない。


 だから、魔物の線は考えなくてもいいはずだ。


 となると、やっぱりこの砂嵐は人工物という判断でいいのかもしれない。ただ、そうなるとなんでこんな砂嵐が起きているのかがわからない。


 なんたって、この砂嵐の中心にあった砂国テラーは大穴の底へと沈んでしまっているのだ。もしもこの砂嵐の結界が、誰も外に出さないためのものだったしても、まずこの300メートルの絶壁を超えられるとは思えないし、外から中の物を守るためのものだとしても、私たちが強行突破できるぐらいに威力が低いうえ、中心にあるはずの砂国テラー守るべきものが存在しない。


 砂嵐と大穴。どちらをとっても意味不明なのに、それが二つも組み合わさっているから余計に意味がわからない。


 まあ、その辺は一先ず横に措いておいて。


「シュガー君。どうだい、下に降りれそうな感じだったかい?」

「どうかな。とりあえず、見た感じ底は即死ギミックて感じはしなかったかな。ただ、縄の長さが足りてないし、ちょうどよく縛り付けられるところもないしで、懸垂下降は無理くさい」

「登山道具でも持ってればよかったんだけどね」

「私が登山用具を作っていれば……!」


 くぅ……! アッカー山から離れるからって、しばらくは登山もしないだろうと道具の用意を怠った私の馬鹿ぁ!!


「いやご主人。普通、荒野に行くのに登山道具なんて準備しないにぃ」

「何事にも備えだよハスパエールちゃん! 備えあれば憂いなし、だよ!」

「そうしようとした結果、せっかくの異次元収納アクセサリーがパンパンになって泣く泣く作ったものをギルドに流したのはどこの誰だったかにぃー……ひ”にゃ”!?」


 私のホラーソーンでのトラウマを刺激してきたハスパエールちゃんには、例に倣ってすべすべのお腹をわしゃわしゃの刑だ。うむ。やはりこのお腹の触り心地は素晴らしい。寝る時は是非とも抱き枕にしたいぐらいだ。


 ふぅ、堪能した堪能した。絶壁を命綱一本で練り歩いたせいですり減った精神も完全回復である。


「とりあえず、喫緊の課題はどうやって下まで降りるか、かな」

「あー……そうだねぇ」


 息も絶え絶えになってびくびくと体を震わせるハスパエールちゃんには触れない方向で、私の話にカインさんは返答する。


「とはいえ、懸垂下降が無理となると……グライダーとかかい?」

「いや、それも難しいと思いますよカインさん。グライダーでななめ飛行で落下したとして、底にたどり着く前に向こう側の壁に激突する未来が見ます」

「意外と近いもんねあっち」


 規格外の大穴とはいえ、向こう岸の崖までの距離は結構近い。いや、結構とはいけれど、少なくともキロ単位の距離はある。けど、壁に激突する可能性がある以上、グライダーみたいな方法で下に行くのはやめておいた方がいいだろう。


 そもそも、他のみんなは知らないけど、私にグライダーを操る技術もなければ、グラインダーを作る技術なんてないしね。


「もう普通にクライミングしちゃう?」

「わちしはそれでもいいけど……」

「無理無理無理無理無理!!!」

「私もあんまり自信ないですねー……」


 ここでカインさんが諦めたようにクライミングを提案するけれど、私は全力で首を横に振って拒否し、ロラロちゃんも自信なさげにその提案を拒否した。唯一ハスパエールちゃんだけが同意したけれど、彼女もあまり乗り気ではなそうだ。そう言えばハスパエールちゃん、シャレコンベの時はロラロちゃん片手にあの高さを飛び降りてたんだよね。やっぱり猫ってすごいな。


「穴を掘るとかはどうでしょう?」

「時間がかかりすぎる上にリスクがねぇ……あ、いやガガンド族がいるならリスクの方が問題ないのか」

「まあそれは最後の手段じゃないかな。作れないことはないけど、そこまで性能のいいスコップとかドリルみたいな掘削道具持ってないし」


 ロラロちゃんの提案は、底にたどり着くまでひたすらに穴を掘ることだったけれど、流石に高さ300メートルまでの距離を下降できる穴を掘るのは時間がかかりすぎる。けれど、すぐに降りれる手段がなければ、そうするしかないだろうということでいったん保留。


 うーん、他に意見がないとマジで穴を掘ることになりそうだなぁ。


 考える私。そう言えば考える人って、確か地獄を見てるんだったけね。ちょうど今の私みたいだ。崖際から、崖の底を見ながら考える。考える人も、どうやったらあそこに降りれるのかなんて考えていたのかな。


 なんて戯言を思いつつ、真面目に思考を巡らせる。


 降りるならやっぱり安全に降りないといけない。それに、個々人の技術が重要になるような方法じゃダメ。できるなら乗り物がいいけど、かといって横移動すると壁に激突する可能性が高い。


 うーん、なーんかここまで出かかってるんだけど……。

 大穴

 クライミング。

 縄。

 グライダー。

 向こう岸。

 穴掘り。

 300メートル。

 私。

 落下。

 ロラロちゃん。

 懸垂下降。

 ハスパエールちゃん。

 登山道具。

 カインさん。


 ……カインさん?


「…………あ」

「んに?」


 そういえば、あの素材がまだ残ってた、けど。いけるかな? 

 いや、いけるか。素材はあるし、技術もあるし。


 何よりも、カインさんがいる。


「何か思いついたにご主人」

「うん、まあ何かというか多分確実な方法は思いついたかな。あ、確実って言っても結構危ないけど……」


 砂嵐の中心は無風だけれど、穴の中には多少だけれど風がある。この影響を加味すると、ちょっとだけ不安度は上がるけれど、無しではないはずだ。


「それで、何をするつもりなんだいシュガー君」


 実現可能かどうか。実現するとして、どう準備しようかどうか。そんなあれこれを考える私を急かすように、カインさんが何を思いついたのかを訊いてくる。


 なので、私はいろんな説明を大胆にカットした言葉で、ただ完結に問いに答えた。


「熱気球作りません?」


 

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