第57話 おぉ、深い深い


「き、危機一髪だよー……」

「それはこっちのセリフに。わちしまで落ちてたら、全員で奈落に真っ逆さまだったにぃ」


 命綱一本で崖に放り出された私が救出された。いや本当に、これでハスパエールちゃんまで崖に落ちてしまっていたら、如何にロラロちゃんであっても――


「多分大丈夫だぜ」

「え?」

「なんならカインの奴が落ちても三人ぐらいなら余裕で耐えれるな」


 フルアーマーモード魔導甲冑装備中(すなわちバーサーカーモード)のロラロちゃんが、ハスパエールちゃんとの会話に入ってそう言ってくる。


 いやいやまさか。確かにガガンド族は怪力だと聞くけれど、それに私たちは比較的軽いですけれど。え、まじ?

 

「やるか?」

「え、遠慮しておこうかな……」


 サムズアップするロラロちゃん。ロラロちゃんというかロラロさん。いや本当に、魔導甲冑着てる状態だと普段のおどおどとした様子と全然違い過ぎてすごい戸惑うな……。


「んー……すごい今更なんだけど、この甲冑さんの中身は本当にロラロ君なのかい?」

「おう、そうだぜ」

「全然口調が違うが……というか、声色も若干変わってないかねぇ?」

「あぁん、疑うんじゃねぇよ」


 やはりというかなんというか、ノーマルモードのロラロちゃんからの変わりようには、流石のカインさんも驚き半分困惑半分と言った様子。彼女のアイデンティティともいえる常に薄らと浮かべている楽し気な笑みも、どこか苦笑いに見えてしまうほどだ。


 相変わらず強烈なキャラクターをしているロラロちゃんであった。


 なにはともあれ。


「とりあえずちゅうもーく!」


 気を取り直すように両手を鳴らしてから、全員の注目を集める私。とりあえず、体に結んだ縄を解きつつ……ほど……あれ!? 全然解けないこれ!?


「ご主人、注目させた後にそれはかっこ悪いにぃ……」

「ちょ、ちょっと待って、今、今解く……ああもう!」


 どうやって結んだかすらも記憶の彼方へと追いやってしまった私とみんなの繋ぐ繩だけれど、これでもかと解けないように結びを重ねているせいか全然解ける気配がしない。でも、ここで斬っちゃうとせっかくの長い縄が……仕方ないかー……。


 結局、悩んだ果てに解体ナイフで縄を切った私は、コホンと咳払いをしてから気を取り直す。


「とりあえずだけど、私たちは見事砂嵐の中心に到達しました!」

「かなりギリギリだけどにぃ……」


 ポーションを被りながらそういうハスパエールちゃんが言う通り、相当なHPを消耗しつつの強行軍ではあったけれど、だれ一人欠けることなくここまでたどり着けたのは大いに喜ぶべきことだろう。


「一先ずは落ち着けますね」

「あ、ノーマルモードに戻ってる」

「魔導甲冑は来てるとMPを消費してしまうんですよ師匠。なので、有事の際以外は脱いでいないと、いざという時に動けなくなっちゃうのです」

「そうなのですかロラロちゃん」

「そうなのですよ師匠」


 いつの間にか魔導甲冑を脱いでいたロラロちゃんは、現在小さくした(それでもロラロちゃんの身長よりも大きい)魔導甲冑を、いそいそとバッグに詰め込んでいるところだ。


 こんな小さな子が、魔導甲冑の補正ありきとはいえ私たち三人も持ち上げられるって……やっぱすげぇなガガンド族……見かけによらなすぎる!


「それにしても、台風の目とは言いますが……内部はまったくの無風ですね。最悪、内部でも若干のHP消耗があると思っていたのですが……」

「確かにねー」


 魔導甲冑をしまいながらもあたりをきょろきょろと見渡すロラロちゃんは、砂嵐を抜けた先にあった中心部が、砂埃一つない無風状態だったことに驚いていた。


「見たところこれは結界って感じだね。外から中の物を守るためのものか、中の物を外に出さないためのものかはわからないけれど」

「というか、中に入ってまでHP消耗があったら完全にアウトだったにぃ……」


 砂嵐中心部のHP消耗に関しては、危惧していなかったわけではない。けれど、その可能性が限りなく低かったので無視したまでだ。


 確か4だったかな。過去作で似たような結界を見たことがあるんだよね。しかも、それについてはカインさんも知っていた。だから、二人で相談して強行突破したわけだ。というか、こっそりとカインさんに耳打ちされるまで完璧に忘れていた私である。


 まったく、ナンバリングタイトルにあったステージを忘れているとか……リィンカーネーションファンの名折れだ。とほほ……。


 ちなみに、NPCの二人には過去に似たような代物を見たことがあるとだけ説明してある。まさか、前作でプレイしたなんて言えるわけがなかった。


「まあこの際、砂嵐の中心が無風なのはどうでもいい。問題は、この大穴じゃないか?」

「だねー」


 そう。カインさんの言う通り、問題はこの大穴だ。大穴、というのかはちょっとわからないぐらいな巨大な陥没。穴という規格にも収まらないぐらいの地形の凹み。


 少なくとも二年前までここに国があったなんて、誰も信じないだろう。


「ねぇ、カインさん。ここが砂国テラーがあった場所じゃなかったりする可能性は?」

「んー、どうだろうねぇ……。一応、ホラーソーンで見た地図の写しに従って、いくつかの地形の目印からテラーが砂嵐の中にあるって予測はしたが……はっきり言って全くわからないねぇ。一応、砂嵐を起こしてる竜巻の中心部が一つだけじゃないって言うなら、可能性はあるが……」

「ファンタジーの世界ならあり得るかもしれないけど……それなら、大規模な地殻変動とかで大穴が空いたって方が納得できるかなー」

「だろう? そもそも、こんな巨大な大穴、地図には一切記録がなかったよ」


 ということは、この大穴があった場所に砂国テラーがあったのは間違いなさそうだ。


「十中八九、砂国テラーはこの下にある」


 カインさんはそう断言した。


「となると、クエストクリアを目指すんならこの下の調査は必須かな?」

「大穴を調査するのは言いにけど、この下にどうやって行くつもりに」

「どうやってって……うん、どうやって下に行こうか」


 地盤沈下でもしたのか崩落でもしたのか、とにかくこの大穴の底を調べることが、レイドクエストなる【千古不易の没落貴族】をクリアする第一歩になることは明白なのだけれど。はいそうですかと言うには余りにも穴は広すぎるし、そこは深すぎた。


 それこそ、下を覗いてみればヒューッと谷間風が聞こえてきそうなほどに。いや、さっきから大穴を囲む砂嵐がびゅうびゅうとうるさいぐらいだけどさ。


 でも、これを降りるとなると相当な労力が必要だろう。


「シャレコンベの時みたいにはいかないよねぇ……」

「流石にこの高さはわちしも無理に」


 シャレコンベの時と同様に、この大穴も底が見えないほどに深い。けれど、シャレコンベの時とは状況が全く違う。だってあっちは、光源が岩壁に露出した鉱石や苔が出す光だけで、そこまで遠くまで届く光じゃない。だから、そこが見えなかっただけだ。


 それに対してこちらは太陽の光が届いている。この世界の太陽がどれほど遠いかはわからないし、砂嵐のせいで大幅にその光が制限されていることは確かだけど。


 それでも、シャレコンベの時と比にならないくらいには、この大穴の底は深い。魔導甲冑をクッションにしたとしても、生き残れるとは思わないほうがいいだろう。


「ちょっとどきな」

「どしたのカインさん」

「魔法を落としてみる」


 崖際から頭を出して大穴を覗く私の後ろから、カインさんが右手に炎を灯しながら登場した。言われたとおりにすぐさま崖際から私がどけば、入れ替わるようにしてカインさんが崖際に足をかける。


 そして、天高く炎を掲げて魔法を発動した。


「〈炎天火〉」


 巨大な炎が空へと飛んで、球体となった炎が下へと落ちていく。


 下へ。


 下へ。


 下へ。


 下へ――


 ――ボンッ。


 と、最後の最後には爆発した。


 いや、爆発したにはしたけれど、音は聞こえてこなかった。爆発したような光だけが、真下の暗闇から見えただけだ。


 それを確認してから、くるりとカインさんは振り返る。


「今のは着弾と同時に爆発する魔法でね。つまり、今爆発したところが底ってわけだが……最低でも300メートルはあるね」


 300メートル。


 距離にしてみればなんてことはない数字だけれど。


 高さにしてみれば身の毛もよだつ数字である。


 なんたってあの東京スカイツリーが634メートルだ。その半分。確か、中腹にある展望デッキの高さが350メートルだったかな。あそこから、地上に降りるような感覚だ。


 とてもじゃないけど――


「――ワクワクするね」

「ははっ。あんた、気が狂ってるねシュガー」


 楽しそうだと笑みを浮かべたら、今度は苦笑いを浮かべるカインさん。それどころか、苦笑いを浮かべがらも楽し気な彼女に狂ってるとまで言われてしまった。


 まあ。


「よく言われる」


 昔も、友達によく言われたものだ。


『流石は我らが“模造品”だ。根本から狂ってやがる。お前ぐらいだよ。この神解覇道でもとことん征服できねぇ人間は。誇れよ、無灯日葵。大いにな』


 気が狂ってるだとか、なんだとか。

 そんなことを言っていた彼女は、今何をしているんだろう。


 なんとなく、昔が恋しくなったような気がした。

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