第56話 前倣え見切り発車隊!


 鋭い日差しが差し込む荒野。しかし日差しすらも届かないほどに舞い上がる砂煙の中を私は歩く。


「うーん……これは結構不味いなぁ」


 ぺろりと手を嘗めれば、砂の味がする。うへぇ、不味ぃ。いや、別に砂の味が不味いから不味いって言ったわけじゃないんだけどさ。


 とりあえず、一旦くるりと回って引き返す。


 一寸先の視界すら確保が難しい砂嵐の中、入ってくるときに片手に体に縛り付けていた縄を手繰り寄せながら、出口を目指して歩いた。


「っと、だっしゅーつ!」

「おかえりにご主人」


 しゅるしゅるしゅる。何百メートルと伸びたロープを幽世小袋に収納しつつ、私は砂嵐の中から戻る。


「ふぃー疲れた疲れた。あ、ハスパエールちゃんちょっと抱き着いていい? それだけで疲れ吹っ飛ぶと思うからさ」

「全身砂まみれにゃのを自覚するに。汚いに。こっち来るじゃにゃいにー」

「なんだとー!」

「わっ、ほんとにこっち来るにゃにー!!!」


 とまあ、見てのとおりであるけれど。砂嵐の中はなかなかに過酷な環境だった。立っているだけで津波のような砂に全身を叩き潰されてしまい、頭から水を浴びて水浸しになるように、私の全身は砂浸しになってしまった。


「いにゃー!! いたいいたいいたい!!」

「むー……じゃりじゃりする……」


 そんなものだから、もちもちとしたハスパエールちゃんのお腹に頬ずりをしても、ざりざりとした感触しか返ってこない。残念極まりないことだ。


「その辺にしてやりなよシュガー君」

「あいあいさー!」

「うぅ……ひどい目にあったにぃ……」


 お姉さんの声にびしりと姿勢を正して敬礼をする私は、すぐにハスパエールちゃんから手を放して指示に従った。どうせならもう少しハスパエールちゃんの感触を楽しんでいたかったけれど、カインさんのお姉さん力には流石の私も太刀打ちできないのである。


 うーむ、魅力的な年上っていいよね! いやまあ、カインさんが年上かは知らないけど。でも、彼女が備えた妖艶さはもう歴戦のお姉さんだ!


「それで、砂嵐の中はどんな感じだったのかな、シュガー君」

「んとねー……」


 さて、いくつか話が戻るけれど。まず、私が単独で砂嵐の中に突入した理由は単純に、あの砂嵐は突破可能なのか、を確かめるためだ。


 何があってもいいように、優れた耐久力を持つメンバーが行った方がいいとのことで、尚且つリィンカーネーションの加護なんてチート過ぎるプレイヤー特典の特殊能力をもってる私が行くことになった。


 そんなわけで、嵐の中で遭難してもいいようにロープを体に括り付けて砂嵐の中に単身突入したわけだけど。


「まず、やっぱり視界が悪かったね。まったくもってお先真っ暗。いや、真っ暗って言うか真っ白って言うか。とにかく、戦闘どころか自分がまっすぐ歩いてるのかすらわからないぐらいだった」

「ロープの動きを見てましたけど、師匠、右に行ったり左に行ったりしてましたもんね」


 多分、大粒の砂に太陽の光が乱反射した結果だろうけれど、とてもじゃないがまともに歩けるような環境じゃなかった。しかも、強風が常に吹き荒れていて、叩きつけられるような流砂を次から次へと風に乗せて運んでくる。気分は最悪だ。


「ただ、礫とかは気にしなくてよかったかも。多分、あそこに長いこと砂嵐が滞在していたせいだと思う」

「あー、つまり。風で飛ぶような石っころはあらかたどっかに飛ばされた後ってことかね」

「たぶん」


 刃紅葉の谷の時のように、やっぱり風で飛ばされてきたものは何かと危ない。いや、あそこの赫モミジの葉っぱは別に風で飛ばされなくても危ないけれど。


 まあ、赫モミジほどではないにしろ、飛んできた物体はやっぱり危ない。物によっては体に当たればダメージになるし、頭に当たると昏倒する可能性だってある。一応、このゲームにはENDという防御力の数値があるから、その程度じゃ致命傷にはならないけど。


 これで飛んできたのがサソリだったりしたらと考えるとゾッとする。


 ただ、その心配はなさそうだ。カインさんの言う通り、この砂嵐は昼夜問わず吹き荒れ続けていて、それがもう何週間と続いてるらしい。そのせいで、石はもちろんサソリやクモのような飛んできそうなものも含めて飛んでこなかった。


「でも、強風であることには変わりないに。わちしたちが飛ばされる可能性はあるんじゃないかに?」

「そこはほら、これ。じゃじゃーん、百手蛇の灼瞳大盾!」

「あ、お父さんが作った……」


 ハスパエールちゃんの疑問ももっともなモノ。外から見ただけでも相当な強風だと思しきあの砂嵐は、下手をすれば人すら空へと吹き飛ばす大嵐だ。けれどそこは心配ご無用。なんたって私にはウィズさん制作『百手蛇の灼瞳大盾』がありますから!


「へぇ。その盾にはいったいどういう効果があるんだい?」

「なんとびっくり吹き飛び耐性でございますのよカインさん!」


 この盾に付与されている追加効果の一つにある〈百手蛇の蛇足〉は、名前にしては地味な吹き飛ばし耐性だった。けれど、これがかなりのものでして。このスキルがあれば、人が吹き飛んでしまいそうな強風の中でも、足裏から根っこが生えたみたいに大地にしがみ付いて離れない。


 おかげで嵐の中でも、しっかりと歩くことができたわけだ。


「でも、それって本人だけの効果なんじゃないのかい?」

「んー、そこはまだ考え中! でも、ロラロちゃんの魔導甲冑ってそこそこの重量があるし、私とロラロちゃんで二人を挟んでロープで縛れば飛ばされない……はず!」

「曖昧にぃ……一番信用ならない奴だにぃ……」


 とりあえず作戦として考えているのは、私、ハスパエールちゃん、カインさん、ロラロちゃんの順番でロープでお互いの体を繋いで移動するというもの。端の人を重しにして、真ん中の二人が飛ばされないようにする陣形である。


 ……はっ! この言い方だと私が体重重いみたいじゃん! ちゃんと食べた分、運動してますからー!! 問題ありませんー!!!!


「ああ、あと最後にだけど」

「まだ何かあるのかい」

「カインさんの予想通りだったよ」


 カインさんの予想通り。その言葉を聞いたハスパエールちゃんは、これまた一層辟易としたため息を吐きだし、ロラロちゃんもなんとも言えないような声を上げた。


 そして、カインさんは笑顔を浮かべていた。にんまりと。楽しそうに。


「あの砂嵐、魔法だった」

「まったくまったく……厄介なもんだねぇ、本当に」


 テラーを囲む砂嵐は魔法だった。


 これに関しは、まあなんとなく予想がついていた人も多いことだろう。まず、一か所に留まるという竜巻という時点で不可解なのだ。それが何日何週間も続いている。不可解が過ぎる。


 ただ、その不可解を解決する手段がこの世界には存在する。そう、魔法だ。魔法こそが、目の前の決して消えることのない砂嵐の原因だろう。


 それが分かった理由は二つ。


「方向は全然わかんなかったけど、足場が崩れてる感じは全然しなかった。削れてたりするんなら、もっとくぼみみたいになってると思ってるかなって……」

「おそらくは土魔法の派生だろうかね。砂を生成してるか、地中を動かして砂をあたりからかき集めてるか……とにかく、そんなところだろう」


 まず一つは地形の変化だ。視界が真っ白になるぐらいの砂嵐は、強風によって巻き上げられているものだ。それが何日も続いているとなれば、強風の中にある砂ははけて、その外側に積もっていくはずだ。


 なのに、そのような変化は見受けられない。不可解だ。


「あと、これが一番の鬼門だけど……あったね、スリップダメージ。しかも魔法系の」

「それが一番厄介だねー……あたしはまだPOWが高いから耐性はあるが、シュガー君やハスパエール君のような正面から戦うタイプにはきついだろう」

「一応、検証方法がENDの増減だけだからで、魔法でも物理でもない別種ダメージの可能性も捨てきれないけどねー」


 もう一つがスリップダメージ。それも、魔法系のダメージだ。あの砂嵐の中に入ると、秒間20のダメージが襲い掛かってくるのである。


 あの中でEND関係のアクセサリーを付け外してみたけれど、特にダメージに変化がなかった。だから魔法系の攻撃だと私は判断した。無論、さっき言った通り魔法じゃない可能性もある。


「とりあえず訊くけど、HPの上限値はどれくらいかな? ああ、あたしは6700だよ」

「25000ですね」

「8900にぃ」

「18000だよ」

「となると……活動可能時間は六分と少しか」


 当たり前だけれど、移動は一番HPが低い人に合わせなきゃいけない。

 この場で一番HPが低いのは、当たり前だけど後衛の魔法使いであるカインさん。そのHPは6700で、耐性を加味せず秒間20のダメージを受けるとすれば、砂嵐の中での活動可能時間は335秒。つまり5分35秒。そこにポーションによる回復を含めれば約六分半ぐらい。もちろん、これはHPを使い切らない上での計算なので、実際はもっと長く活動することもできるだろう。


 けれど、あの砂嵐の中に何があるのかを、私たちは知らない。砂国テラーに何が起きているのかも分からないまま、死にかけの状態で台風の目とも呼べる砂嵐の中心に飛び込むのは文字通り自殺行為でしかない。


 けれどカインさんは言った。


「賭けに使うには十分だねぇ」



――――――――――――――――――――



『ま、まともに目が明けられにゃいにー!』

『ハスパエールちゃん、口開けると砂入ってくるからできるだけ閉じてて!』

『ロラロ君のおかげであたしは意外と楽だねぇ』

『とりあえず進むぞコラァ!!』


 端末の通信機能を使いながら会話する私たちは、全員を縄で繋いで電車ごっこでもするようにして、砂嵐の中を突き進んでいた。


 というかすごいねこれ。耳に端末を当ててなくても会話できるし、なんなら口を開かずとも念じるだけで会話できてしまう。下手をしたら頭の中の言葉が漏れてしまいそうだ。きゃあえっち!


『きゃあえっち!』

『頭の声が漏れてるにぃ、ご主人』

『え、人の頭の中を除くなんて……ハスパエールちゃんのえっち~!!』

『り、理不尽にぃ……』


 そんな風に、先も見えない白の中を進んでいく。


『あ、ずれたね。右に10度方向修正』

『右に10度!』

『あいあいさー!』


 一応、バイザーっぽいものは即席で作ってみたけれど、それほど意味がなかったので、完全に勘で進んでいる私だ。ただし、その道筋はもちろん間違いに満ちているわけで、それを正しく前へと進めてくれるのが、カインさんとロラロちゃんのお仕事。


 先頭を進むのは私。主に異常があった時に対応する係。そして、後方に立つ二人がコントローラーで私を操作するがごとく、方位磁針を使って正しい方角へと導いてくれる。


 特にロラロちゃんの魔道甲冑は完全密閉で、この砂嵐の中でも視界を確保できる唯一のメンバーだ。もちろん、確保できたからと言って舞い散る砂嵐のせいで数メートル先も見渡せないことには変わりないけれど。


 ただ、それは裏を返せば数メートル先までなら見えるということ。というわけで、ロラロちゃんの鎧に縛り付けるような形で密着しているカインさんと二人掛かりで、方位磁針を見てもらっているのだ。


『カインさん、HPは!』

『POWがしっかり働いてくれてるから、思ったよりも余裕はありそうだよ! この感じなら十分は持ってくれるんじゃないかね!』

『それは重畳!』


 最もHPが低いカインさんであるけれど、予想正しくスリップダメージが魔法由来のダメージであったおかげでダメージ軽減が行われていて、HPが尽きてしまうまで余裕がある(らしい!)。こうなってくると、むしろ魔法耐性のないハスパエールちゃんの方が心配になってしまうけれど、そこはもう頑張ってもらうしかない。


『半分を切ったよ!』

『わちしもかなりヤバいにぃ……!』


 背後からポーションを被る音が聞こえてくる。やっぱり、カインさんよりもハスパエールちゃんの方が先に限界に近い様子。


 それでも、なんとか。


 前に、前に。


『あとちょっとー!!』


 全身全霊の強行軍。


 あと少しと思いながらの延長戦。


 ゴールテープはまだかまだかと、一歩先へと踏み込んでいく。


 そして。


 遂に。


「抜けっ……たぁー!?!?!?」


 遂に砂嵐は晴れた。


 同時に、私の体が下へと落ちる。おかげで私に繋がれていた紐がピンと伸びて、何かが起きたことが後方にいるみんなにすぐ伝わった。


『んにっ!?』

『どうした!?』

『何かあったみたいだねぇ……とりあえず、あたしたちも外に出てみるか』


 砂嵐は晴れ、ようやく私たちは砂嵐の中心部。いわば台風の目となる場所にたどり着いた。しかし、そこにあったのは。


「危っ……ちょ、ハスパエールちゃぁん! すぐそこ!! 気を付けてー!!」

「これ、完璧にロラロを最後尾にしてなかったら全員真っ逆さまだったにぃ……」


 ぶらんと宙に揺れる私は、まるで吊るされているかのような姿だ。そんな風にして、私は砂嵐の中を見た。


 砂嵐の中にあった、かつて『見捨てられた国』と呼ばれた砂国テラーの姿。


 を、見られると思っていたのに。


 そこには、何もなかった。


「さて、これはどういうことかねぇ……」


 砂嵐の中にあったのは穴だった。


 巨大な、それはもう飛び切り巨大な穴。


 東京ドーム何個分なんて言葉で例えられそうなほどに大きな穴がぽっかりと、砂嵐の中心の地面は空いていたのだった。

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