第52話 鏡写しの模造品
三週間。
それが、私がこのゲームの世界にやって来てから経過した時間だ。思い返せば長かったような気がするし、短かったような気もする。
具体的には52話24万文字ぐらい?
これが長いのか短いのかははっきりとしないけれど、一つ分かることとしては、そろそろ潮時かなということだ。
これが序章というのならば酷く冗長だし、かといって最終章かと言われれるには何もかもが始まっていなさすぎる。
この世界の秘密も、これからの出会いも、過去から地続きの因縁も。私の好奇心だって、まだまだ全然満たされてない。
なので、新たなる道を探そう思ったのが昨日のことだ。
「というわけでホラーソーン出立の巻!」
「わー!」
「にゃんにゃんだにぃ、この騒ぎようは……」
そうしてこうして、私たちはホラーソーンから次なる町へと移動することになる。私たち、三人は。
「ねぇ、ロラロちゃん」
「はい、なんですか師匠?」
はてさて、私の隣に立つロラロちゃんへと声をかけてみる。何時かに行ったシャレコンベの時のように、大きな荷物を背負った彼女は、はきはきとした声で返事をしてくれた。
そんな彼女に、私は一つの心配事を訊く。
「ロラロちゃん、私の冒険に付いてきてくれるみたいだけど……工房は大丈夫なの?」
「わかりません」
わからないらしい。えぇ……?
先日、ロラロちゃんは私の旅路についてきてくれるらしく、頼んだ大盾と一緒に私たちのところに来たばかり。
おかげでホラーソーンを出ようと思うことができたから文句はないのだけれども。本当にいいのだろうかと思わないこともない。なにせ、ハンマーを握れるようになったとはいえ、ウィズさんは未だ重度の後遺症を残した身。普通に生活できるのだろうかと心配になってしまう。
けれど、そんな心配にロラロちゃんは言う。
「あれでも一応自炊はできますし、いざとなったら魔物でも狩って生計を立てるんじゃないでしょうか?」
「え”? ウィズさん、戦えないんじゃないの?」
「ああ、いえ。お父さんは身体能力が低下してるだけで全然魔法は使えますので、鍛冶ができないだけで戦えはしますよ」
そうなのか……というか、そうだよね。別に、体が動かなくてもこの世界には魔法があるもんね。そりゃ戦えるわけだし、出会ったばかりの時の殺気だって放てるわけだ。見かけによらなさすぎるよ!
「それに……お父さんは言ってくれましたから。世界を見てこいって。お前なら、すごい鉄打ちになれる、って」
力強くそう言ったロラロちゃんは、嬉しそうに笑っていた。
見かけによらないな、ほんとうに。
「何はともあれ、ロラロちゃん」
「はい」
「付いてきてくれるんだよね?」
「もちろんです!」
ふんすと両手を握りしめて私に応えてくれるロラロちゃん。その姿のなんと愛くるしいことだろうか。まあ、これで戦う時には傍若無人の甲冑武者になるのだから、本当に見かけによらないよ。まったく。
「そういえばご主人」
「何かなハスパエールちゃん!」
ロラロちゃんとの話が終わったのを見計らったのか、今度はハスパエールちゃんが話しかけてきた。
「
「あー……ま、ハスパエールちゃんが持っててよ、ソレ」
「えー……」
コレ、或いはソレ、とは。ハスパエールちゃんが現在右手に持っている髑髏の仮面こと、『九面煉獄ガシャドクロウ』だ。
アクセサリー装備品であるこのアイテムには、たった一つのスキルが付与されている。けれど、その付与効果があまりにも特徴的すぎて、どう使おうか悩んでいた代物でもある。
ただ、どちらかといえばこれは、ハスパエールちゃんが持っていてくれた方が都合がいい気もした。そんな『九面煉獄ガシャドクロウ』のスキルはこんな感じ。
〇九面煉獄ガシャドクロウ
―ガシャドクロウが残した九枚目の仮面。その瞳は、未だ現世に残ろうとする執念を感じさせる。
追加効果
・〈
効果:装着者をゴーストにする。
装着者をゴーストにする。即ち、幽霊にするというものだ。とてもじゃないけど、お化けが苦手な私には使えない。
まあ、おかげで刃紅葉の谷では、灰汁ちゃんの不意を突いて墨犬の守りを突破してダメージを与えられたわけだし、その後に吹いた強風からもゴーストになることで物理攻撃を無効化してやり過ごせたわけで、スキルとして見れば間違いなく破格の強さを持っている。
なので、死んでも生き返れる加護を持つ私よりも、一度きりの命しかないハスパエールちゃんが持った方がいいと思った。
……そういえば、六華ちゃんたちどうしてるんだろ。最近街で見かけないけど、もしかしてもう先に進んでたりするんだろうか。
まあ、いいか。別に、もう二度と会えないわけじゃないし。
はてさてはてさて。そうしてこうして。
「よいしょっと」
私は、シウコアトルの大盾を背負い直して、ホラーソーンの外に続く道に向き直った。
初めてこの町に来たときは、シウコアトルの頭骨を背負って来たんだっけか。それが、今度はなんとも頼もしい大盾になって、またもや私の背中に収まっている。
〇百手蛇の灼瞳大盾
品質B レア度C
―シウコアトルの頭骨があしらわれた大盾。大きく窪んだ両眼に睨まれた敵は、戦意を失うほど委縮してしまうことだろう。
END+352(正面)
追加効果
・〈睨む蛇〉
効果:正面から受ける攻撃の速度を低下させる。
・〈百手蛇の蛇足〉
効果:盾を構えた際、吹き飛ばされにくくなる。
・〈百手蛇のジレンマ〉
効果:盾正面装甲に『熱毒』状態異常を付与する。
色々とこの町であったことを振り返ってみるけれど、ここまでの代物を出されてしまったら、工房に関する一件はハスパエールちゃんが正しかったと言わざるを得ない。まさか、二年間のブランクがあろうとも、そしてチートスキルが無かったとしても、ここまでの代物が出来上がるとは。少なくとも、私には想像できなかった。
いろんな意味で、NPCと言えど侮れないらしい。
そして思う。まだまだ私は、この世界を楽しめるのだと。
「それじゃ、シュッパーツ!」
旅立ち日和の快晴に向けて拳を振り上げて、私はホラーソーンを旅立った。
今日も私は、元気に生きている。
『ユニーククエスト【継がれる火種は仄かに明るく】をクリアしました』
『称号〈ガガンド族の友〉を手に入れました』
☆ロラロ・エルゴが仲間になった!
―――――――――――――・---・ ・-
現実世界にて、とあるビジネスホテルに泊まるある女の下に一通の電話が届いた。
もうすぐ眠る時間だというのに誰だろうか。そんな風に思いながら、女は机の上に置いていたスマートフォンを手に取って、そして表示された通話相手を見て、うげっと声を漏らしてしまう。
「おい、あたしだ」
それから、電話越しに聞こえてきた声に対して、またもやうげっとした表情をした。それでも、声だけは平静を保ちつつ、対応する。
「誰よ」
「あ? 今なんと言った
神解覇道。もう二度と聞きたくなかった名だ。そう思いつつ、女――之矛乃埜蓮は面倒くさそうにしながら、覇道の冗談交じりの言葉に返答する。
「貴方が悲しんでくれるのなら喜んで忘れたいし、そもそも私にとってあの六年間は間違いなく記憶の彼方どころか人生という地平線に陰すらも残したくないモノだったのだけれど?」
「おいおいおいおい。言うに事欠き過ぎて人間性まで欠けちまったのかよお前はよ。よほど社会人という身分が心苦しいとお見受けするが、いかがお過ごしかな我が親友」
お前ほど欠けてはいない。そんな言葉をぐっとのどの奥底に呑み込んでから、胃もたれしそうな顔で言葉を続ける埜蓮。
「あなたとこうして会話するまでは何事も順調だったわ。何事もね。少なくとも世界が滅びかけるようなこともなければ街一つが消し炭になるようなこともない平穏な時間を過ごせていたのだけれど……それで? わざわざこうして電話をかけてきた用件はなに?」
「そうだな。兵は拙速を尊ぶだ。要件は一つだけ」
いやな予感がする。
具体的に言えば、この覇道よりも一番関わりたくない奴の名前が出てくる気がする。そんな未来予知を、電話に出る前に済ませて措ければと後悔しながら、埜蓮は覇道の言葉を待った。
「無灯日葵ついてだ。あいつが事件に巻き込まれた」
懐かしさを伴ったその名前を聞きながら。
「またぁ……?」
之矛乃埜蓮は、大きな事件を予感した。
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