第51話 継がれる火種は仄かに明るく⑥
ウィズ・エルゴの名はガガンド族でも知る人ぞ知る有名な名である。彼の作品は軽くしなやかで頑丈。天衣無縫とでも言おうか、まるで最初からその姿で生まれてきたかのような武具に刻まれた名工の名は、度々リィンカーネーションシリーズのテキストに出てきたことがあった。
けれども、その名を知る人間は相当コアなファンに限られる。おそらくは、現リリオン内にいるプレイヤーの中でも、その名に聞き覚えがあると思うプレイヤーはいても、それがガガンド族の名工の名であるとぴたりと言えるプレイヤーは片手で数えられるほどしかいないはずだ。
それは偏に、地下に暮らすガガンド族が滅多に地上に出ることのない稀少な種族だからに他ならない。
「ロラロ! 魔導炉の火力を上げろ!」
「はい!」
けれど、大災害はすべてを変えた。
悪い意味でも、いい意味でも。災害の文字通り、それは世界を等しく変えてしまった。
「鉄を出せ! しっかり固定してろよ!」
「はい!!」
さて、この二人はどうだろうか。
大災害によってすべてを失ったとある親子。
故郷を失い、友を失い、技を失い、立場を失った男と、何も失うことなく、しかし何も得られなかった少女。
彼らにとって、大災害とはどんなものだったのだろうか。
未だ大陸に傷痕を残す大災害は、等しくすべてに降り注いだけれども。彼らは、今となってその災厄をどう振り返るのだろうか。
「……造り直しだな。おい、魔導炉をもう一回起動しろ!」
「は、はいっ!!」
彼は皮肉気味に答えるだろう。娘と真正面から向き合えたと。
少女は苦笑いを浮かべながら答えるだろう。お父さんと同じ場所に立てたと。
それが良いことなのか悪いことなのかはわからない。
今は、まだ。
「よしっ! 仕上げをするぞ!」
「はい……!」
だから二人は槌を握る。
鉄を打て。
火花を散らせ。
意味なんて後からいくらでも刻むことができる戯言に過ぎない。
善悪なんて、良し悪しなんて、あとから勝手について回る冗談に過ぎない。
だから、今は。
「大きくなったな、ロラロ」
「小さなままだよ、お父さん」
ひたすらに、暗闇を照らす火種と成れ。
ひたすらに、鉄を打ち鍛える種火と成れ。
ただ、ひたすらに。
「おい、ロラロ」
「なに、お父さん?」
鉄打ちらしく、己を鍛え上げるのだ。
限界まで。
最後まで。
「あのベスティア族には感謝しておくんだな、ロラロ」
「わかってるよお父さん。あの人があそこで動いてくれなきゃ、私はずっと、このままだった。向き合えなかった」
「それもあるが、それ以上に。あいつは見かけによらないぞ」
「どういう意味?」
「よく見てみろ。この盾、見てくればっかりはキレーに真っ二つになってるが、重要な素材にゃ何一つ傷をつけてない。装飾品ばかりのシウコアトルの頭骨はもちろんのこと、皮も鱗もだ。相当な腕がないと無理だろう、これは。ただただ砕いた方が簡単だったろうに」
「え、でも、それって、つまり……」
「見せかけだけのデモンストレーションってわけだな。まあ、お前が作ったばかりの大盾を砕いたことには違いないが……こんなもん、俺ぐらいの腕があればすぐ直せる」
「……ははっ、敵わないなぁ……」
「敵うもんか、お前如きが。お前はまだ子供だろ? 敵わなくたって別にいいんだよ」
「こどもこどもってさ、この工房の主は私だよお父さん? 忘れたとは言わせないからね!」
「言うようになったなロラロ。が、お前が子供なことは変えようがない。違うってんなら、俺のエンチャントを真似してみろ」
「流石にそれは無理だよ……エンチャントって、理詰めでどうこうできるやつじゃないし……」
「だろうな。こればっかりは経験と勘とセンスだ。つまりお前はセンスがからっきしだったってわけだな」
「酷い……」
「悪い悪い。昔っから俺が口下手だってのは、俺の娘ならよく知ってんだろ」
「まあ、知ってるけどさ……それでももうちょっと、言い方ってもの考えてほしいかな」
「それを言うと、俺は帝国の技術ってやつがさっぱりだ。そう言う点じゃ、俺にゃセンスは全くないってわけだな」
「でも……」
「でも、俺にはこれがあるって? そりゃそうだ。そしてお前には帝国の技術がある。それでいいだろう」
「……うん、そうだね」
「シュガーって嬢ちゃんにはわけのわからない勘がある。ベスティア族の嬢ちゃんは周りをよく見る眼がある。それでいいんだ。それでな」
熱された鉄が打たれるたびに、カン、カンと甲高い音が作業場に響き渡る。試行錯誤を繰り返すたびに、その親子は言葉を重ねる。
二年間のすれ違いを埋めるように。
「思い返せば、色々と我慢させてたな」
「別に、そこまで我慢してないよお父さん」
「なら、戦う時のバーサーカーっぷりはなんなんだ。流石にあれは、なんというか、こう、良いとは言えない気がするんだが?」
「あ、あれは……そのー……ちょっとね? 楽しくなってるって言うか、興が乗ってるって言うか……その……」
「日頃のストレスのせいだな」
「うぅ……」
「まあ、実際はそうだろう。こんなところに押し込んで、二年間。鳴かず飛ばずは辛かったんじゃねぇか」
「……まあ、そう、だね。それを辛くなかったって言えば、嘘になっちゃう」
「別に嘘は悪いことじゃねぇよ。腹のうちでいがみ合ってても、人ってもんは表面上は取り繕うもんだ。それをしたほうが、頭の中で自分の得になるってわかってるから」
「そういうもんなんだ」
「そういうもんだ。……ただ、そう言うのが苦手だから、俺は一人で鉄を打ってるわけだな」
「ふふっ、お父さんらしいな」
「笑え笑え。ぶすーっとしてるよりも全然マシだ……ってのは、お前の母さんに言われた言葉だったな」
「お父さん、いつも不機嫌そうだもんね」
「目つきが悪いだけだ。……だが、あいつはそんな俺でも一緒にいてくれた」
「へぇー、やっぱり仲良かったんだ」
「どうだろなぁ……見ての通り、愛想は悪いし口下手だし、ろくに外にも出ないでずっと鉄を打ってるだけだった俺だぞ?」
「それでもきっとお母さんは愛してたと思うよ。お父さん、優しいもん」
「そうか」
「そうだよ」
確かめるように、測るように。
言葉は繰り返される。
試行錯誤を繰り返されるほどに。
槌が鉄に打ち付けられるほどに。
「そうだな、ロラロ」
その最後に。
作品の完成と共に、出来上がった代物を娘に押し付けるようにして、父は言うのだった。
「やっぱりお前にゃ工房主はまだ早い。さっさと出てくんだな」
「そうだね、お父さん。またいつか、戻ってくるよ」
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