第50話 継がれる火種は仄かに明るく⑤


「出来上がったみたいだな、ロラロ」

「うん。ばっちりと仕上げたよ、お父さん」


 今回のロラロちゃんの挑戦にて、一切の手助けをしない為にもウィズさんは工房を離れて、宿屋に泊まっていた。


 そんなウィズさんを呼び出した私たちは、現在工房の商品が壁に並んだ入り口で、ウィズさんに対面していた。もちろん、助手として私はロラロちゃんに同行している。


 あと、ことの発端となったことを気にしているのか、ロラロちゃんの挑戦の行く末をハスパエールちゃんも見物しに来ていた。現在彼女は、見物客らしく遠巻きで観戦中である。今度は両手に肉串を装備して、だ。なお、またもや私はもらえなかった。ぐすん。


「お披露目、と行く前に少し話をしようぜロラロ」


 さて、話を戻して親子二人の会話に。どうやら、ロラロちゃんが作った最高傑作を見る前に、少し話がしたいらしいウィズさん。


 その言葉に対して、ロラロちゃんは此方へと訊ねるような視線を送って来た。なので、私は指でマルを作り、大丈夫だよとジェスチャーを送る。


「は、はい。わかりました……えっと、何かな、お父さん?」

「相変わらずぎこちないな……まあ、それがお前らしいと言えばお前らしいのかもしれないが」


 そうして始まった親子二人の会話。


「なんつーか……無理させちまってたみたいだな」

「ううん、そんなことないよお父さん。私が、やりたいって言ったから。できもしないくせに、お父さんの技を継ぐなんて意気込んだのが全部悪かった」

「いいんだよ、そういうのは。お前はまだ子供で、俺の娘だ。少しぐらいのわがまま、言ってもいいんだよ普通は」


 はてさて、ぎこちなく始まった二人の会話がどうなるかに私は不安しかなかったけれど。やはりそこは親子、ぎこちないながらもそれとなく話せている。別に、二人の仲は険悪ってわけじゃなかったみたいだしね。


「うん、でも。甘えるのはもう終わり。今度は真正面から、ぶっ叩く。私の全身全霊で。お父さんを超えてみせる」

「いいぜ、見せてみろ。それがお前が見る、新しい工房なんだろ?」

「はいっ!!」


 さて、私の出番かな。


「それじゃあウィズさん。ちょっと失礼して……」

「ん、なんだシュガー」


 力仕事は私よりもロラロちゃんの方が向いているけれど、今からやる作業は体格上私の方が向いている。というか、すごいなウィズさんの体……ただ背の低い人間ってわけじゃなくて、ぷにぷにとした若々しい肌まで本当に子どもっぽい。凄いなガガンド族。凄いなファンタジー。というか、二人とも何歳なんだろう。なんだか幻想が壊れてしまいそうだから、訊いてないけど、滅茶苦茶気になる。


 まあ、そんな戯言は措いといて。てきぱきと手に持った“ソレ”をベルトを使ってウィズさんの右腕に装着する。肘と肩、手首が動かせるように骨を支柱にし、更には左側の脇までベルトを回してぎっちりと。


「苦しくないですかウィズさん?」

「ああ、まあ問題ないが……ロラロ。いったいこりゃなんだ」


 装着が完了した以上、脇役私は引き下がる。その行動をそれとなく見送ってから、自分に装着された“ソレ”をまじまじとウィズさんは観察した。


 ウィズさんの子供さながらの体躯の、子供でしかない右腕の、子供のようなちっちゃなおててにぴったりに合わせられた“ソレ”は、予想通りピタリと右腕に装着されている。


 その姿を形容するなら籠手。それも、肩までを覆いつくした弓籠手のようなもの。布製でもなければ、弓を引くためのものでもないこの籠手は、金属製のフレームにロンログペシミアの素材をふんだんにあしらった使ったロラロちゃんの作品。


 王国のエンチャントと帝国の技術が一体となった代物。


 そのせいで性能ばかりに注力しすぎて、見た目を拘ることができなかった無骨な籠手だ。


 これは一体何なのか。ウィズさんがロラロちゃんに訊けば、待ってましたと彼女は語る。


「え、えと……王国式付与術使用、擬製帝国術縫式魔力回路弐型魔道具『オブハンズ』……です」

「っつーことは、ただの防具じゃなくて魔道具ってことか」


 え、ウィズさん今の呪文みたいな言葉、一発で理解できたの? 私、初めて聞いた時ちんぷんかんぷんだったんだけど?


「魔力を流したら、何が起きるんだ?」

「ひじの部分につまみがあるよね? それで出力を調整できるから、まずは出力2の状態で魔力を込めてみて」

「出力2、ね」


 肘をくの字に降り立たんで、籠手に付いた肘の部分を確認するウィズさん。ロラロちゃんの説明通り、籠手の肘には回すことができるつまみが付いていて、それが0~5までの六段階の出力を決定する。そのつまみを二つ、カチカチと進めて出力2。


 その状態で、魔力を込める。


「……何も起きないが?」


 けれども、見た目には何の変化も現れなかった。せいぜいが、キュインキュインンギギギーと、魔道具が魔道具らしい音を上げているだけで、水が出るとか輝きだすとか、そんな魔法的な効果は何もない。


 それもそうだ。その籠手の目的はそんなものじゃないのだから。


 少なくとも、ロラロちゃんは動き出した籠手が目論見道理の機能を果たしていることに気づいたらしく、にこりと笑って言うのだった。


「じゃあお父さん。作業場に行こっか」

「はぁ?」

「大丈夫だから。私に任せてよ。大丈夫。本当に、大丈夫だから……」


 困惑するウィズさんの背中に回ったロラロちゃんが、その背中を押してぐいぐいと工房の奥の方にある作業場へと連れて行く。


 こうしてみると、本当に年の近い兄妹にしか思えない。けれども二人は親子。兄妹のように近くない赤の他人。


 それでも、ロラロちゃんはウィズさんに憧れて、ウィズさんはロラロちゃんに期待した。そのすれ違いが、危うく二人を繋いでいた絆を綻ばせ掛けたけれど。


 なんとか、ここまでやってきた。


 今にも泣きだしそうな顔を隠してロラロちゃんは、ウィズさんの背後に回ってることなどわかり切っている。それでもウィズさんは、不器用らしくこれから何が起きるのかわかっていないみたいだ。


 だから、私はその二人の後についていく気にはなれなかった。


「ん? 行かなくていいのかに、ご主人?」

「別に、ここからでも作業場は見えるしね。それに、今は邪魔しないほうがいいかなって思っただけ」

「そうかにぃ」


 なので私は、はぐはぐと肉串を頬張るハスパエールちゃんの横にいすを並べて腰かけた。


「よかったね、ロラロちゃん」


 お姉さんぶって、私はそう言った。



―――――――――――――――



「ああ、なるほど……」


 作業場に置かれたハンマーを手に取った瞬間、ウィズは気付いた。


「この籠手は、外付けの筋肉ってわけか」

「うん、そう。本で読んだ帝国の魔道具。お父さんが、ハンマーを持てるために……」

「そうか」


 ハンマーを握る手を見つめるウィズ。彼は背後から聞こえてくるロラロの声を聞きながら、昔のことを思い出した。


 昔の――まだ、ロラロの母親が生きていた時代のことを。


「懐かしいな」


 そう言いながら、彼はくるりとハンマーを回し、炉の前に置かれた金床にカンと打ち付ける。カンカンと、リズミカルに。取り戻したものを確かめるように。取り戻せたものを慈しむように。


「ロラロ。お前の母さんは、生まれてすぐに死んだってわけじゃねぇ」

「うん」

「毎度毎度、危ないって言ってるくせに、あいつは赤ん坊だったお前を俺の工房に連れてきやがったんだ」

「うん……」

「んでもってお決まりのように言うんだよ。ロラロが泣き出したから来たってな。あいつが言うには、お前はどうやら金槌の音が好きだったらしい」

「うん……好き、だった……」


 仕事をするウィズの背中を見に、お決まりのように彼女は工房に来ていた。不思議なことに、カンカンと聞こえてくる槌の音を聞いたロラロは、泣き止んだ。


「お前が立つ前のことだ」


 それはもう、戻らない光景だ。


「その上、俺はハンマーを握れなくなった。未熟なお前に無理をさせなきゃいけなくなった。ははっ、そうだよな。愚かな話だ。お前は未熟なんかじゃなかったってのにな」

「違う。お父さんはすごい人だった」

「よせよ。少なくとも俺には、こんなものは作れなかった」


 そう言ったウィズは、もう一度カァンと、鉄と鉄を打ち合わせる甲高い音を鳴らした。


「調子はどう? お父さん」


 それから振り返り、涙でボロボロになったロラロの言葉に応える。


「ありがとな、ロラロ。問題ねぇぜ、欠片もねぇ」


 振り向いた先にあったロラロの涙は止まっていた。


「よぉし、じゃあ快気祝いに物を作ろう……シュガーァァァ!!」

「わわっ、な、何かなウィズさん!?」


 はてさて、打って変わって快活に叫ぶウィズは、遠巻きに自分たちの様子を見物していたシュガーを呼ぶ。まさかここで名前を呼ばれると思っていなかった彼女である。それはもうびっくり仰天の果てに飛び上がり、天井に頭をぶつけた上で呼びかけに答えた。


 そんな様子にニヤリと笑う彼は、ロラロのおかげ持てるようになったハンマーをシュガーに向けながら言う。


「そこのベスティア族が割った盾。俺がそのまま一から鍛え直してやるよ」

「え、マジですか!?」


 ぐるりと右肩を回したウィズは、快気一発目の初仕事ばかりに、シュガーへとそう言った。


「俺の娘が迷惑かけたからな。だから手伝えよ、ロラロ!」

「はい!」

 

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