第49話 継がれる火種は仄かに明るく④
「こう、作業風景を見られながら作業をするというのも緊張しますね……」
「勉強になりますよ師匠!」
「し、師匠!? 冗談はやめてくださいよ!」
はてさて右手をくっつけてから工房に帰って来た私は、ロラロちゃんの作業を見学していた。
というか、どうして私は相も変わらず私のことを師匠と呼んでくれるのだろうか。
いや、私としてはちっちゃな美少女にお師匠様と呼ばれるこれ以上ない夢をかなえることができているのでわが生涯に一片の悔い無し!!
「師匠は師匠です。少なくとも、私は師匠に学びたいと思ったことがありました。だから、師匠は師匠なんです」
「ちなみに、その学びたいことって?」
「……ひ、秘密、です」
うごー!! 気になるうがー!!
けれども少女の秘密を解き明かそうだなんて無粋な真似をできないキモオタであった。ちゃんちゃん。
「ちなみに、今って何やってるの?」
話を戻して作業について。現在、ロラロちゃんは先代エルゴ鍛冶工房の工房主であったお父さんを超えるために、己が全霊の技術をもってしたモノづくりの真っ最中である。
それはもうすごいものができるんだろうなと、生産職初心者にして凄惨職な私は思う。
だからこそ私は、今見ている作業風景を自分の血肉と変えるために、例え相手が自分よりもちっちゃな女の子であろうと、教えを乞う覚悟なのだ。
「エンチャントです」
さて、工房主ロラロちゃんは、作業の邪魔でしかない私の質問に、嫌な顔一つせずに答えてくれる。もう大好きロラロちゃん! 作業中じゃなかったらハグしてた!
「とりあえず、試作品ではありますけどフレームができましたので、魔力回路を取り付ける前にエンチャントを施そうかと」
エンチャントとは、現在私がいるグランデグラン王国が誇る魔法技術の一つだ。
ロラロちゃんが得意とする魔道具技術は帝国の技術だけれど、今ロラロちゃんがやっているのは王国の技術だ。
似ているようで全く違う二つの技術を融合させる。それが、ロラロちゃんが今から行おうとしている技であるらしい。
「エンチャントは魔法の効果自体を素材に付与するものです。これで『軽量化』『耐久力増加』『炎熱耐性』など後々から素材の特性を追加することができるのです」
「ほへー……結構便利な技なんだね」
「便利ではありますけど。素材との相性もありますから簡単とは言い切ません」
そう言いながら、もそもそと詠唱のような文言をロラロちゃんが呟いたかと思えば、魔法のエフェクトが発動したようにロラロちゃんの手元にあるフレームが淡く輝く。
「それに、大きな問題が一つあります」
「というと?」
「エンチャントは魔力を付与するのですが、素材そのものの魔力伝導性によってエンチャント上限が決まるのです。また、エンチャントをし過ぎると、今度は魔道具用の魔力回路を搭載する余裕がなくなってしまいます」
「意外とかつかつそうだね」
「なので、素材選びからしっかりと吟味して、必要なエンチャントを減らす必要があるんですね」
ああ、なるほど。軽いとか柔軟とか耐性とか、大枠の特性があったとして。それを踏まえた上でほしい特性を、あとからエンチャントで追加すると言った感じなのだろう。それ以外にも、元ある特性をより伸ばしたり、弱点を補ったり、と。
「っと、こんな感じですかね」
「どういう感じにしたの?」
「マレド合金という『耐食性』に優れた合金に、『軽量化』のエンチャントを付与しました。あとはここに、師匠に取って来てもらった素材を組み合わせて、魔力に合わせた動作をしてくれる回路を組めば……完成ですね」
完成したのがこちらの品となります。なんて、料理番組みたいなことにはならず、完成品を拝むまでに一時間ほどの時間が経過した。
「魔力回路の術式が終わりました~……」
「この回路があると何ができるの?」
「魔力回路に魔力を通して、魔道具が事前に設定された動きをするようになるんですよ」
さて、次は魔力回路。つまりは、帝国の技術だ。
こちらはファンタジーチックなエンチャントとは一転して、まるで電子回路のような緻密さを持つ科学的な分野である。魔法魔力が科学的かは一考の余地があるかもしれないけれど。
ともかく、魔力回路は魔道具を作るうえで欠かせない要素である。
魔道具は魔力を流せば効果が発揮される。そのために必要なのが魔力回路だ。この回路を伝って魔力が動作部分に流れることで、魔法的な効果が発揮される。
例えばそれは光だったり、水だったり、火だったり。そう言った魔道具たちが、現代世界さながらの技術となってリィンカーネーションの街並みを彩っているのだ。
「ここに師匠に取って来てもらったロンログペシミアの素材が入ってますよね? それを、この部分から魔力を流すと……」
「おお、伸縮してる!?」
「ロンログペシミアは風船猿の異名通りに、体表が伸縮自在の特殊な素材になってます。筋肉はその特性がより顕著で、死後も魔力を流すことで強力な牽引力を発揮するわけですね」
びよんびよんとゴムのように伸びるロンログペシミアの素材をどう使おうか悩んでいた私だけれど、こうも面白いものを見せられると創作意欲が沸き立つ沸き立つ。
ちなみに私はスリンガーとか面白そうだなと思ってんだけど、もっと面白いものが作れそうだな。
「というわけで完成しました試作品第一号!」
「いぇーい!」
ぱちぱちぱち~! と、完成を祝う私だけど、これはまだ試作品。書いた設計図が正しいかどうかを確かめるための試作品だ。
「あ、もちろんだけど被検体は私がやるからね! ロラロちゃんには無茶させないよ!」
「え、で、でも……何が起きるかわかりませんし……危ないですよ?」
「だからだよロラロちゃん! お姉さんに任せなさい!」
小説だろうがゲームだろうが何だろうが、作り立てのものは不具合がつきものだ。それをできる限り正すためには、確認と試行試作を地道に繰り返していくしかない。
本番で、致命的な失敗が起こらないためにも――
「ってぎゃぁああああ!?!?!?!」
「師匠!?」
はてさて。さっそくできた試験品だったけれど、その結果は散々なモノだった。結果だけを伝えれば、私のようやく先っぽがつながったばかりの右腕が、あらぬ方向へと捻じ曲げられてボキボキボキとグロテスクな音を立ててへし折れた。
こんなもの、商品として出せるわけがない。けれども――
「……す、すいません。師匠……でも、修正点が見つかりましたので。師匠は一度教会に行って治療を。もちろんお代は私が出します……その間に、私は今見つかった修正点を治しておきますから」
「おーけー……!! その努力、お姉さんも頑張っちゃうよ!」
試行錯誤の繰り返し。
まっすぐ前を向いたロラロちゃんは、一つの失敗じゃ挫けない。彼女は狩らなず失敗から問題点を見つけ出し、ひとつ残らず修正し尽くし、父親を超えようとするその逸品を生み出そうと奮起した。
だから、私も。
その努力に応える。
そうした方が、いいと思ったから。
繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し――――――
そして試行、36回目。
「よしっ!」
「師匠! これって……」
「うん、問題ないよロラロちゃん!」
ようやくそれは、完成した。
あれから一週間も時間を費やしてしまったけれど。それでも、ロラロちゃんは作り上げたのだ。
ウィズさんを超える作品を。
ロラロちゃんの最高傑作を。
あとは、ウィズさんに認めてもらうだけだ。
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