第48話 優先事項程すれ違うものもない
「たのもー!!」
ホラーソーンから帰還後、背のういっぱいに入れた素材をさっそくエルゴ第二鍛冶工房に届けに来た私は、力一杯に声を上げて工房の門を叩いた。
素材を背のうに入れてるのは、そろそろ幽世小袋の中身が限界だからだ。今まで適当に入れてきたこともあってか、或いは武器とかそう言うのもホイホイと入れてることもあって、流石の流石に限界らしい。新しい収納装備が欲しくなるところ。
閑話休題。
私はかなりしっかりめに音を立ててドアを叩いたけれど、いっこうに中から返事は帰ってこない。
おかしいな、と思いつつももう一度ドアをノック。中ではロラロちゃんが作業しているはず。今も工房の煙突は黙々と煙を排出し続けているし、中に人がいることは間違いない。
「まさか……」
脳裏に過るいやな予感。
「ロラロちゃん!?」
急いで扉をぶち壊して中に入る私だ。というか、前にも勢いよく開けていたせいか、蝶番がかなり脆くなっていた。可哀そうなことをしたな、なんて思ったけれど、それでも私は扉を蹴り破った。
もちろん、私が後できっちり直しておくけれど。今はそれどころではない。
「大丈夫!?」
扉なんていくらでも直せるけれど。ロラロちゃんは一人だけ。これでもし、工房の中でロラロちゃんが一人で倒れていたなんてことが起きたら――
と、そこまで想像したところで、予想だにしなかったことが起きた。
どーんと。
あるいはドォオオオンと。
轟音が鳴り響いたかと思えば、あんまりにも唐突に工房の奥が爆発したのである。
「ロラロちゃん!?」
いやなにしてるのロラロちゃん!?
しかも爆発はかなりの威力。それこそ工房の壁が吹き飛ぶほどで、開けてしまった天井から空が見える。そんなもんだから、入り口にも石やら道具やらもふもふとした毛だるまやらなにやらが飛んできた。
毛だるま?
「うぅ……やっちゃった……」
「あ、ロラロちゃん」
「わわぁ!? し、師匠なんでここに!?」
近くに転がって来た毛だるまはロラロちゃんだった。動きやすいよう作業服に彼女のトレードマークのくるくるヘアを後ろで縛ったお仕事スタイルのロラロちゃんは、私を見るたびに飛び起きてわたわたとする。
「こ、これ、は……ですね!」
「もしかして変な合金をしちゃったとか?」
「まあそれもあるんですけど……」
以前、私もやったことがあるのだけれど。なんだか知らないが合金を試しに作ってたら爆発したんだよね。いやー危なかった危なかった。あの時咄嗟に爆発しかけてた合金を幽世小袋の中に入れてなければ、借りていた工房が更地になる所だったよ。マジで。
余談だけど、幽世小袋の中は時間が止まってるみたいで、中に入れた食べ物の消費期限だったりが進まない。おかげで、時限爆弾と化した合金も処理できた。
ちなみに、刃紅葉の谷で灰汁ちゃんの高波を打ち消したあれは、そんな爆発する合金を使った玩具だ。幽世小袋の中から取り出した瞬間に起爆するため使い勝手なんてものはなく、威力だけが取り柄の文字通り爆弾兵器。作ってからあと後調べてみたら、どうやらあの合金こそが結晶爆弾の素材となるらしいことを後から知った私だった。
閑話休題。
「ちょっとエンチャントの方法を間違えてしまって……暴走した魔力を抑えつけようとした、こう……ボンッと」
「ぼんっと、爆発しちゃったわけか」
「はい……」
申し訳なさそうにするロラロちゃんは、恥じるように俯いてしまう。そんな姿も可愛らしいのずるくないかな、なんて考えつつ、私は改めてはじけ飛んだ工房の壁と天井の一部を見た。
「ぼんっていう割には結構派手に爆発してるねぇ……」
ぼんっ、なんて擬音で表せる度を越してるようにしか思えない。
「まあ、この程度なら土魔法で補修できるので……後で建築士の方に補強してもらう必要こそありますけど」
しかし、ほぼ半壊クラスのダメージすらも、魔法の一言ちちんぷいぷいで直せてしまうらしいのだから驚きだ。ロラロちゃん曰く、修復が簡単にできるよう、基礎の方に修復補助の魔法が仕込まれているのだとかなんだとか。
中には自動修復まで兼ね備えたものもあるらしく、なんだか建築にも興味が出てきてしまった私だった。
「便利だねぇ、魔法。もうこうなったらゼロから魔法だけで鎧とか武器とかも作れるんじゃないの?」
「あるにはありますけど……拡張性がないので術士さんの応急装備程度にしか使われてませんね」
適当に言ってみたけれどあるにはあるらしい。ただし、拡張性がないと。
ここでいう拡張性とは、先ほどロラロちゃんが口走ったエンチャントのことだ。他にも転生武器だったり、魔力回路だったり、なんだったり。まあそう言った改造要素が使えなくなってしまうとなれば、やはりゼロから魔法で作った武器防具の価値は低いのだろう。
「まあとにかく、ロラロちゃんが無事みたいでよかったよかった」
「あはは……工房は、まあ無事とはいいがたい状態ですけれどね」
何はともあれ、爆発したにしては軽微な被害で安心した私だ。っとと。そうだそうだ。完全に気を取られていたけれど、素材を渡しに来たんだった――
「師匠!? ど、どうしたんですかその手は!?」
「え、ああこれ? 切れちゃった」
そんな風に横に措いていた背のうに手を伸ばしたところで、伸ばしていないほうの手を見たロラロちゃんがびっくりするような声を上げた。
まあそれもそうか。六華ちゃんに切り取られた右手、ちょん切れたまんまだし。ちなみに、肝心の切れた右手の方は、ロンログペシミアの素材と一緒に背のうの中に入ってる。
余談でしかないけど、自分の右手を背のうに入れてるときに、ハスパエールちゃんにはうげっとサイコパスでも見るような眼をされてしまった。けどほら、よくあるファンタジーモノだと切れた先があれば治せることもあるらしじゃん? だから、一応持っておいた方がいいかなーって。
「え、なんで……大丈夫なんですかこれ!? 元に戻るんですかこれ!?」
「さぁ?」
「さぁって……ああ、私が同行していれば……」
思ったよりもロラロちゃんが慌ててる。なんだろう。この満ち足りた感じは。やっぱり美少女に心配されるというのは人を殺すことのできる程のエネルギーを持っているようだ――っと、危ない危ない。思考が危険な方に走っていた。
「ご主人がまたぞろ馬鹿にゃことをやっただけにぃー」
「あ……は、ハスパエールさん……」
さて、ロラロちゃんが心配してくれるという処方箋を受け取っていると、私の背後からハスパエールちゃんが現れた。
両手にアイスクリームを持ちながら。しかも、豪勢に違う味のアイスクリーム六段重ねである。両手合わせて十二種類のカラフルなアイスが花束のようにハスパエールちゃんの両手を彩っている。
ってか、これ買ってたから登場が遅れたのかハスパエールちゃん……。
「……にゃんだにぃ。別に、これは自分で稼いだお金で買ったものだから文句を言われる筋合いはにゃいにぃ!」
「いや、おいしそうだな~って」
「あげにゃいにぃ!!」
もらえないらしい。ぐすん。あとで私も買お。
「それよりも」
大口を開けてアイスクリームをぺろりと一瞬で平らげてしまったハスパエールちゃんは、手に付いたアイスクリームを猫のように舐めながら言う。
「仕事はちゃんとしてるみたいだにぃ、ちみっこいの」
そう言いながら、ハスパエールちゃんは爆発で崩れた壁の方を見た。
「にゃにを作ろうとしてるのかは知らにゃけど……手を抜いてにゃいってんにゃら、いいんじゃにゃいかにぃ」
「ハスパエールさん……!」
なんだか不思議な感じがした。
つくづく私はハスパエールちゃんが猫みたいな女の子だとは思っていたけれども、やはりそれは対して人に興味がなさそうだという感想から来るものだ。
孤高というか、一人気質というか。孤立ではなく、気に入って一人でいるような雰囲気の彼女だ。
だから私には、ロラロちゃんと向き合って、ロラロちゃんのことを見ているハスパエールちゃんが、なんだか不思議に思えた。
そうしてやっぱり思うんだ。私は人の心がわからないと。
思えば、ロラロちゃんが気にしていることを真っ先に見抜いたのは、ハスパエールちゃんの方だった。
まあ、それを気にする私ではないけれど。なんだか、二人の方が仲良しな感じがしてちょっとやきもち。
なんて思っていると、ふと昔のことを思い出した。
『人間みたいじゃねぇか、無灯日葵』
中高時代の友達に言われた言葉だ。
結局、その言葉の意味も私はわからなかったな。
「あ、えと、その手は……」
「とりあえず教会行ってみようかなって思ってる。確か、医療関係も教会行けば大丈夫なんだよね?」
「そうですけど……とりあえず、私のことはいいですから! 早く治してもらってきてください!」
なにはともあれ、ロラロちゃんのお願いで教会で治療を受けることになった私は、追い出されるように工房を後にした。
ちなみに普通に右手はくっついた。
治療代は高くついたけど。
それでも、無い所から生やすよりは何百倍も安く済んだ。
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