第46話 切札とは即ち戦況を覆しうる決着の一つである
なんとか刃紅葉の谷の強風を乗り切った私は、一先ず残ったHPのギリギリ具合に安堵の息を漏らした。
破格のHP13429と300近いENDをもってしても、残りHP1200とは……果たして、私は瀕死になる運命にあるというのか。
いやいやしかし、ギリギリだった。灰汁ちゃんの行動阻害スキルの効果時間は五秒。強風が吹き荒れたのもぴったり五秒。けど、両者の発生には約二秒ほどのずれがあった。なので、強風の中で私が動けなかったのは実際は僅か三秒に過ぎない。
おかげで私は助かった。
動けるようになった瞬間に、私は咄嗟に風向きに合わせて体勢を整えて、こちらに舞い散る赫もみじの葉に対する被弾面積を限りなく少なくしたおかげで、鉄鼠の衣の斬撃耐性を最大限に利用できたのだ。
そうじゃなきゃ、今頃死んでリスポーンしていた。
間一髪、綱渡りのような生存劇。
「懐にしまっていた岩塩が無けりゃ即死だったぜぇ……」
「そんなことあります?」
冗談交じりにマジで懐にしまってた岩塩を取り出してそう言ったら、なんと六華ちゃんが律儀に返してくれたではないか! やはり私たちは以心伝心ということか……コホン。
ともあれ、なんとがギリギリで生存することができた私だけれど、すべてはうまくは回らない。どういうわけか六華ちゃんも生きてるし、ここに来てロンログペシミアが戻って来てしまった。
再び戻った三つ巴の戦場。けれども状況は不公平極まりない。
だからだろう。六華ちゃんが切札と思しき骨の刀を抜いたのは。
「ユニーク武器……かな?」
ユニークボスの報酬で手に入れた武器。これを私はユニーク武器と呼ぶ。私の持っていた〈九面煉獄ガシャドクロウ〉も、破格のスキルを備えていたのだ。六華ちゃんのそれがそうでない理由なんてどこにもない。
鬼が出るか蛇が出るか。ワクワクとした好奇心が止まらない。
だから私も。
「〈転化〉」
最後の切り札を披露した。
いや、これ以外にもまだお披露目できてない武器があるんだけどね。さっきのメイスだって、実験の過程で出来た玩具で本命じゃないし。だけど、頑張って作ったせっかくの武器は生憎と両手持ちだから使えない。
なので、最後の最後。本当に最後の切り札の〈転化〉でこの戦いの幕を引きとしよう。
〈転化〉の発動と同時に流れるアナウンス。
『あなたは、何を望みますか?』
そんなもの決まってる。
「ここで勝てる力!」
『承認しました』
『リィンカーネーションシステムを起動します――』
〈転化〉の効果は魂につき一つだけ。だから私がここで握るのは、まだ一度も〈転化〉していない狂闘狼の短槍。
迸る輝きはスキルの効果。武器に眠る潜在能力を引き出し、その特性を変質させる光が狂闘狼の短槍を包み込んだ。
そして一つのスキルに至る。
『スキル〈決死狂奔〉を発動しますか?』
「イエス!」
効果は不明。デメリットも不明。けれども、私は持ちうる限りのすべてのリソースをその一点だけにベットする。そして齎されるのは――
『〈決死狂奔〉が発動しました』
『現在HPの上限が134に固定されます』
「ふぁ!?」
聞こえてきた頭のおかしい効果に驚愕を禁じ得ない。急いで片手間にステータスを起動し、効果を確認してみればあら不思議。そこには頭が狂ってしまったのではないだろうかと言いたくなるようなことが書かれていた。
〇〈決死狂奔〉
効果:HPの上限を100分の1にしAGIを大幅に増加させる
なんともシンプルなデメリットと、なんともシンプルな効果だこって。なるほど、一撃受けるだけで死んでしまうオワタ式になってしまう代わりに、神速を得る。こんなもの、デメリットが大きすぎてメリットに釣り合ってない。
けれども。
「この状況じゃ最適解か」
シャレコンベの時ほどではないにしろ、強風のせいで大きくHPを削られてしまった私は比較的瀕死と言って差し支えない状況だ。しかも相手二人は一撃必殺の攻撃力を持っている。
六華ちゃんはもちろんのこと、ロンログペシミアだって馬鹿にできない一撃を放つ怪物。かすり傷だって、致命傷になりかねない。だからと言って、かすり傷で致命傷になるHPにするのはどうかと思うけど。
けれども、相手の攻撃を一度でも受ければ死ぬのなら、HPの上限が百分の一になろうと関係ない。帳消しとまではいかないけれど、デメリットたりえない。
だから、私に与えられたのはメリットだけ。
「行くよ、六華ちゃん!!」
――――――――――――――――――――
六華の秘策【髑髏武者】の初お披露目。
シュガーの切り札〈転化〉による捨て身の攻勢。
この二つは、ほぼ無傷のロンログペシミアが持つ有利をかき消すほどの力がった。
【髑髏武者】の六華が剣を振るえば、その手に持つ骨刀が蛇腹にしなり、かつての〈ブレードスラッシュ〉さながらの斬撃を可能とする。
しかし、戦場に真横に引かれた一線を動体視力一つで回避してしまうほどに、シュガーに齎されるAGIバフは極大の効果を発揮する。
それに対応するようにして無骨極まりない特大剣へと骨の刀が姿を変じ、それに対応するようにシュガーが巧みなステップでフットワークを刻み翻弄する。
それに対応するように身軽な細剣へと骨の刀はその身を削り、それに対応するようにシュガーは更なる速度をもってして片手に握られる短槍を振るった。
対応するように、対応する。対応に重ねて、対応する。
片や千変万化の無尽武者。
片や神速狂乱の快刀乱麻。
けれどけれども、この場の主役は彼女らではない。ユニークの名を冠せずとも、刃紅葉の谷の生態系の頂点に立つフィールドボスことロンログペシミアこそが、本来であればこの戦いの主役であるはずなのだ。
悉くのプレイヤーは彼の前にひれ伏し、首を垂れながらも一矢報いようと策を弄するはずなのに。
それがどうした。敵方のプレイヤー二人は互いに殺し合っていてこちらに顔を向けようとしやしない。殺意を込めて威嚇しても、殺意をもって攻撃しても、殺意を擁して殺しに行っても。
お前は邪魔だと言わんばかりにあしらわれてしまう。
ロンログペシミアの最大の武器は刃紅葉の谷の葉ですら傷一つ受けない防御力と、伸縮自在の手足を使った変幻自在の攻撃である。
その剛腕が鞭のようにしなれば、タンクと言えどただでは済まない。
だから、戦い合う二人に割って入るようにロンログペシミアは、ご自慢の剛腕を振るう。
けれど、神速狂乱はAGIに裏打ちされた動体視力と神がかり的な読みで、縦横無尽に襲い掛かってくる鞭の攻撃すべてを回避するし、無尽武者はいつの間にか二本に増えていた骨の刀を立体的に拡張することによって壁を作り出し、乱雑極まりない鞭の攻撃すべてを隔ててしまった。
それからぎろりと、彼女たちはロンログペシミアを一瞥してから、改めてお互いの方へと向き直る。まるで、ロンログペシミアは大した脅威ではないかというように。
まあ、実際。
――うきっ?
灰汁田川から始まったこの戦いの趨勢に、かの猿は一ミリたりとも影響を及ぼしていないのだから、そんな扱いをされてしまうのも仕方がないか。
灰汁田川を討ったのはハスパエールだし、そこまでの道標はここに至るまでシュガーがせっせと積み上げた伏線によるもの。
シュガーの片腕が失われたのだって、ロンログペシミアは囮にされただけで、灰汁田川と六華のコンビネーションによる不意打ちが出した成果だ。
ただし、これは。
――うきー……
あくまでも結果論でしかなく、ロンログペシミアがボスの名にふさわしくない魔物であることを示す証拠たりえない。
――ききゃっ!!
さて、いくら攻撃しても相手にされないこともあってか、じわじわと苛立ちがたまって来たロンログペシミアである。彼からしてみれば、彼女らは突如として縄張りに土足で踏み入って来た侵入者。
そして自分は、侵入してきた不埒者へ己が権威を証明するために意気揚々と向かい出た王である。
なのに、彼女らは勝手に戦ってる。
この地の王であるはずの自分のことなど無視して。
何でもないかのように。
――うきゃああああああああああ!!!
リリオンに登場するあらゆる魔物には通りなと呼べる別名がある。
ゴブリンはその体表の緑色を特徴とした『緑小鬼』という別名が。シウコアトルには『百手蛇』、ガシャドクロウには『八面武者』というように、その魔物の容姿や特徴を示した通り名が。
ここで一つ、このロンログペシミアという魔物の通り名を書き記そう。
刃紅葉の谷のフィールドボス『ロンログペシミア』
その通り名は『風船猿』
風船とは、ご存じの通り空気を入れれば膨らむアイテムだ。そして、そのアイテムの名を冠するロンログペシミアは、文字通り風船のように膨らんだ。
それは、彼の怒りが頂点に達した合図である。
人ほどの身長しかなかったはずのロンログペシミアの体は、空気を吸って何倍にも巨大化し、見上げるほどの巨体へと蓑笠のような体を膨らませている。
その異様な光景には、流石の二人も戦いの手を止めてしまう。
二人を見下ろすロンログペシミアの顔は、どこか得意気な表情をしていた。まるで「見たか小娘共。これがこの地の王の実力也ぞ」とでものたまっているかのように。
事実、この威容にして異様こそがロンログペシミアが刃紅葉の谷の王である所以。最大最悪の攻撃の前触れである。
その攻撃とは空気。
それは口から吸った空気を、放屁と同時に放出することで嵐の如き風を起こす大技。そして、ここは刃紅葉の谷。一陣の風が人殺しの凶器となりかねない悪辣な土地。
そこで起こされる大嵐は、文字通りの必殺技となってプレイヤーたちに襲い掛かることだろう。
刃紅葉の谷の生物すべてが恐れる赫もみじの葉を、範囲殲滅兵器として利用する。まさしく、他の魔物とは一線を画す、規格外の技だ。
けれども。
「やはり、貴方の仕業でしたか」
「ま、予想は簡単だったよね」
忘れてはいけないのは、ロンログペシミアの前に立つ二人もまた、規格外のプレイヤーであることだ。
ロンログペシミアが刃紅葉の谷に生息する規格外の魔物が故に、この土地の王となって君臨しているのだとすれば。
彼女たち二人は、プレイヤーの中でも規格外にあたる怪物。
それらは決してロンログペシミアが弱いという理由にはなりえないけれど、六華とシュガーがロンログペシミアに降る理由にもなりえない。
二人の相手など。
ロンログペシミアでは力不足なのだ。
「〈狂骨〉」
千変万化の無尽武者が、一本となった骨刀を強く握る。すると、地の底から湧き出てきたようなおどろおどろしいオーラが刀身に巻き付いた。
「先程の強風。あれが貴方の仕業であると仮定することはたやすいことでした。なにせ、墨絵の大波によって貴方が攫われていった方向から、かの強風は吹き付けて来たのですから」
六華は語る。
先ほどの戦場に吹いた一陣の風は、このロンログペシミアが起こしたものだと。
「なので、死んでください。ほどほどに死んでください。できるだけ死んでください。なるべく死んでください。せめて死んでください。最低限死んでください。――死んでください」
それから彼女は、骨の刀の切っ先を、下から上へと斬り上げた。同時に、纏わりついていたオーラが解けるように刀から離れ、それは斬撃となって風船のように膨れ上がったロンログペシミアの体を縦に切り裂いた。
「やはり、血は出ますね」
おかしな話だ。
ロンログペシミアの表皮は赫もみじの葉に切り裂かれないほど強靭だというのに、どうしてこの攻撃で血しぶきが上がるのか。切れ味でいえば、六華の攻撃なんて赫もみじの葉の足元にも及ばないというのに。
「答えは密度。そうだよね、六華ちゃん」
「おそらくは、ですけども」
その理由は、伸縮自在なロンログペシミアの体にある。
「手足の攻撃は驚くほどの速度で伸縮を繰り返してる。恐るべきパワー。恐ろしき筋肉。おそらく、ロンログペシミアはこれらの筋肉を一点に圧縮することによって、一時的な硬化を手にし、赫もみじの葉を防いでいるのだと推測されます」
「逆に、内臓とか脳とかの重要器官がある頭や体は、蓑笠みたいな硬い体毛で保護してて、伸縮自在な手足は肌むき出しなんだよね?」
答え合わせをするように語る二人は、つい先ほどまで殺し合っていたはず。なのに、今この瞬間だけは、まるで最初から仲間だったかのように語らい合っている。
「つまり、ロンログペシミアの弱点は一つ!」
「風船状態。即ち、伸長した表皮は著しく防御力が下がります。そこを狙ってカウンターをする。それが、最も有効な攻略方法でしょう」
そこまで答え合わせが終わったところで、ロンログペシミアの膨れ上がった体は内側からぷしゅーっと、空気が漏れだした。しかしその空気は、嵐を起こすには余りにも細やかで、髪を揺らす程度のそよ風となって霧散していく。
「大技にはデメリットが付きまとうものです。私の〈ブレードスラッシュ〉がそうであるように。だからこそ、どんなに相手に眼中にされずとも、軽々に使ってはならないのです」
その言葉を最後に、ロンログペシミアの体は崩れ落ちた。
『フィールドボスを討伐しました』
そのアナウンスが、ロンログペシミアの死を確実なものとする。
と、同時に。
「ロンログペシミアの素材はすべてあなたに譲ります。なので、ここら辺で手打ちにしてくれないでしょうか?」
骨刀を鞘に納めて放り捨てた六華は、両手を上げて降服するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます